十一話 執事とメイド長

 エリスを迎えに来たルドルフは、見るからに緊張した面持ちだった。「エリスお嬢様、城内をご案内させていただきます!」あまりに勢いよく礼をしたので、イズがぽかんとしている。


「えーと、ルドルフさんでしたかな?」ゼストがにこやかにルドルフに声をかける。「は、はい、ルドルフと申します!」「お若いのにこのお城の執事を務められているのですな」安心させるようなゼストの顔を見て、ルドルフも少しずつ本来の様子を取り戻していくようで、少し雰囲気に落ち着きが出てきた。


「先代の執事であった私の叔父が、高齢で職を辞することになりましたので、私が引き継いだのです」今度は丁寧に頭を下げた。

「ゼストさんは長く執事を務めていらっしゃると聞いておりますので、是非教えを請いたいと思っております」「ええ、もちろん喜んで。…ではお嬢様、参りましょう」ゼストがエリスを促す。


「上の階は普段は使っておりませんので、大変冷え込みます。皆様、こちらの外套をお召しになってください」ルドルフが持ってきた毛皮はずしりと重いが、寒さを全く感じさせない。撫でるとごわついた感触がある。狩猟で得た獣のものだろうか。「ご婦人がお使いになる装飾用の毛皮ではないので、着心地はあまりよくないのですが、温かさは抜群です」全体的に古めかしい城内の階段を上がっていく。


 ルドルフが先導し、エリス、イズ、ゼストと続く。エリスの部屋は二階にあるが、三階は広々としており、ドラクセル家の当主を中心に各地の諸侯達を集めて会議を行うらしい。「ノスモルの領地は五つに分けられており、それぞれ小領主と呼ばれております。以前は季節ごとに皆で集まり会議を行っていたのですが、今の領主様になってからは、冬は行われていません」「確かに、この雪の中で集まるのも大変そうね」


 数段高い場所に厳めしい椅子があり、集まった人々を見下ろすような形になっている。椅子の後ろにはドラクセル家の大きな旗が飾られており、熊が剣をくわえている意匠は椅子や部屋の作りと併せて、来た者に威厳を感じさせるだろう。


「この広間は領主様たちの集まりに使われていますが、こちらの部屋は領民の訴えの判決を決めたり、統治に関する話し合いに使われております。主に領主様と官僚達が使用しますね」そのあともいくつか小さな会議用の部屋や控えの部屋を紹介され、二階に降りる。


「三階はエリスお嬢様がお使いになることはほとんどないと思うので、本当にお見せするだけになってしまいましたが、二階より下は生活に関する場所ですので、パリョータでの暮らしと重なるところも多いかと思います」「使わないというのはどういうことかしら?」「ええと、領主様や官僚を率いているドラクセル家の方々はお使いになりますが、ディーナ様をはじめとした女性の皆様は立ち入られることはありません」エリスは眉根を寄せ、考え込む表情になったが「そう。じゃあ二階の案内をお願い」と答えた。


 二階は主に居住している者たちの生活に関連する部屋が多く、一階は食堂や使用人たちの仕事部屋、寝室があった。「外は、雪がなければお庭や畑もお見せできたのですが…」「春のお楽しみ、というわけですな」ゼストが冗談めかしていると「エリスお嬢様、お茶のご用意ができております。ルドルフ、領主様のお戻りが近いですからお迎えの準備を」よく通る声が後ろから聞こえた。


 音もなく現れたのは、見るからに上級職だとわかる雰囲気を放つ女性…使用人たちを統括するメイド長、シプリナだった。「シプリナさん、有難うございます!ではエリスお嬢様、どうぞごゆっくりお過ごしください」ルドルフは一礼して下がった。


 城の管理をするにあたってシプリナとの関係は重要だが、エリスに良い印象はないようで、どこか刺々しい。給仕用のメイドに小声で指示を出すと、シプリナはもうここに用はないとばかりに足早に去っていった。


 暖かな部屋に入ると、茶と菓子が用意されており、給仕のメイドが静かにポットから茶を注いでくれた。不思議な良い香りのする茶で、飲むと体の中がほんのり温まるようだった。「広いお城でしたねえ、迷ってしまいそうですよ」「本当に。歴史の重みが感じられるわ」雑談を交わしつつも、エリスはルドルフの言葉が引っかかっていた。


(はっきりとはわからないけど、少し厄介なことになりそうね)この予感は的中し、後に様々な場面でエリスの前に困難が立ちはだかることになるのだった。

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