九話 カレヴリア城の朝

 翌日、エリスは外の声で目が覚めた。(子供の声?)昨日ディーナに城に関わる人々を紹介された時に、子供はいなかったはずだ。そっと窓の鎧戸を開ける。朝の光がさっと差し込み、思わず目を細める。一面の雪も相まって、ひどく眩しく感じた。


 見ると、城の敷地内で子供たちが走り回っている。服装からすると、貴族ではなく領民のようだ。一人がエリスの視線に気が付き、何やら他の子どもたちに大きな声で伝えている。無邪気に手を振る子供たちに、エリスもぎこちなく手を振る。しばらく様子を眺めていると、母親らしき人たちがやってきて、どこかへ戻っていった。(町と城は出入りが自由なの?でも、そもそも城下町なんてあったかしら…)エリスは気になって、外套を羽織ると部屋を抜け出した。


 ノスモルの朝はやはり冷えるようで、吐く息もわずかに白い。使用人がエリスを見て驚いた顔をした。「このような早い時間から、どうなさったのですか?」城内の掃除を担当しているらしい、男性の使用人だった。「外に人がいて、気になったので…」好奇心に任せた行動をしていしまったことに気が付き、エリスは思わず顔を赤らめた(これでは子供と同じだわ)。


「もしや外にいた領民たちのことでしょうか?遠方からいらっしゃった方は珍しいと驚かれることが多いのですが、冬はこの城の敷地内で生活しているのですよ」「えっ、領民と領主が一緒に暮らしているの?」使用人の男性の言う通りに驚いてしまい、また恥ずかしくなる。「ええ。冬は寒くて資源も限られておりますので、冬の間は近隣の領民たちに敷地内の建物へ移動してもらうのですよ。」「…そうなの。寒い場所ならではね」


 使用人の男性は微笑み、「詳しい歴史は存じませんが、城の書庫をお調べいただければわかるかもしれません」と部屋の場所を教えてくれた。「有難う。領主殿のお許しがいただけるのなら行ってみたいわ」エリスは礼を言うと部屋に戻ることにした。城の中はまだ使用人が働くばかりで、邪魔になってしまいそうだったから。


「昨日は雪が降り続いて外で遊べなかったから、あの子たちも走りたくて仕方なかったのね」朝食の時間に朝の出来事を話すと、ディーナは楽しそうに微笑んだ。「ちょうど今日はお城の中を案内してから、皆さんにも会っていただこうと思っていたの」朝食のテーブルにフロウの姿はない。聞くと、近隣の村が倒木の被害を受けており、その対応に向かったらしい。「彼はいつも先頭に立って働くのです。決して演説や統治が優れているわけではありませんが、その姿が何よりも領民たちの信頼を得ているのでしょう」「俺もついていきたかったなあ。ついぐっすり寝込んでしまって」ロベルトが残念そうにいい、皆が笑う。


「クニグリーク卿、領主殿はおりませんが、城所属の軍団は控えておりますので、よろしければお話しになってください。彼らもノスモル以外の話を聞くことはありませんから、きっと良い学びになりますわ」ディーナはエリス達が困らないように、隅々まで配慮を尽くしている。(私がこの役を引き受けていくのね…)相手の気持ちを読みとって行動するということが苦手なエリスには、気が重い仕事になりそうだ。


 領主の奥方の仕事は、一般的に城の管理だ。使用人の管理と人事、城に出入りする商人たちの把握、城の維持、家計の管理など、社交の場では優雅に振舞っている彼女たちも、大なり小なり頭を痛めて日々過ごしている。優秀な使用人が付いてくれていればその負担は小さく、現にパリョータではゼストとイズが中心になって動くことで、夫人が不在だったリグランタ家を支えていた。カレヴリア城の使用人たちとゼストやイズがどう関わっていくのかということも、エリスの今後に大きく影響するだろう。


「ではエリス様、後ほどルドルフがお部屋まで迎えに上がりますので、ゆっくり城内をご覧になってくださいね」ディーナはゆっくり立ち上がり、侍女に支えられながら食堂を出ていった。「エリス、領主殿と話はできたのか?」ロベルトが小声で聞いてくる。「ええ。世間話のようなものだけど」「俺も昨日色々聞いたけど、あまり答えてもらえなかったな」「初めて会ったのだから、そんなものよ。皆がパリョータの貴族みたいな人たちばかりではないでしょう」「例えに棘がある気がするんだが…」「事実を言っただけよ」エリスは表情を変えることなく食事を進めているので、ロベルトは冗談かどうか判断ができず、会話はそれきりになった。


 ノスモルまでの旅で少し距離が縮まった気もするが、考えてみればエリスと自分は元々敵対している関係なのだ。(そういえば、父上からの言葉を忘れてたな…)ロベルトは出立前日のことを思い出していた。

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