八話 ノスモルの夜

 その晩は城内の人間の紹介も兼ねて、簡単な食事会が行われた。城の広さの割に使用人たちの数は少なく、領主の親族もフロウとディーナを中心に親族が数人いる程度だった。


「父上と母上は、数年前の冬に揃って病で亡くなっているのです」とディーナが寂しげに言った。「そのようなご状況で領地を統治するのは、心身ともにご苦労が絶えなかったでしょう?」「その日をこなすことばかりで必死でした」エリスとディーナが話している横で、フロウはロベルトの問いかけに最低限の答えを返していた。ロベルトはフロウの戦いぶりに感銘を受けたらしく、興味津々といった様子だ。


「領主殿、当面エリスさんにはこの城とノスモルのことを学んでいただくということでよろしいですね?領主殿も勿論加わるのですよ」「わかった」フロウは淡々と答え、肉を口に運ぶ。ノスモルの料理は肉や根菜の料理が多く、長期保存ができる食材が多用されているようだ。エリスの見知らぬ食材もあり、興味深い。(こういう観点から得られるものもあるかもしれない。ハナに聞いてみましょう)こういう場でも、統治につながることばかり考えてしまうのだった。


 食事会の後、エリスは改めてフロウの部屋を訪ね、扉を叩く。「領主殿、入ってもよろしいでしょうか」「構わない」初めて見るフロウの自室は想像通り簡素なもので、手入れのされている武具とベッド、書類のほとんどない広い机がすべてだった。


「掛けてくれ」「はい」椅子に掛け、エリスはフロウと向き合う。二人とも表情の動きが少ないので、はた目からは、人形が向き合っているように見えるだろう。二人きりになるのは初めてだが、フロウから何かを話す様子もなく、エリスはどうしたものかと話題を考える。「…ここに来るまで、随分かかっただろう」「そうですね、執事のゼストが旅程を無理なく組んでくれたので、長いとは感じなかったのですけれど」フロウが口を開くとは思わず、エリスは内心驚いていた。


「今日は、怖い思いをさせたな。なかなかあの群れが見つからず、貴公が来る前に仕留めることができていなかったせいだ」「いえ…。いつもあのように狩りをされているのですか?」「冬は餌が減るから、獣も他の季節より凶暴になる。領民が襲われることも多い。領内を回るには人数が足りなくなるから、俺も参加している」「そうなのですね…」ぽつぽつと会話が続く。気の利いた言葉で盛り上がることもなく、事実だけが交わされる会話は単調だが、裏を読み、先を考えて発言しなくてはという緊張が不要なのは悪くない。


 自分でも意外だったが、エリスはこの単調な会話を楽しんでいた。フロウも表情は変わらないが、会話は途切れることなく続き、気が付くと結構な時間が過ぎていた。「遅くまで有難うございました。そろそろ失礼しますね」エリスが立ち上がると、フロウは頷き、そっと扉を開けてくれた。「では、また明日」「ええ、お休みなさい」


 部屋の前ではイズが不安げに立っていた。「お嬢様…!」「どうしたの?貴女も疲れているのに、待っていてくれたの?」イズは何だかもじもじしている。「あの…領主様のお部屋からずっとエリス様が戻られていないと知って、眠れなくなってしまって」「まるでイズが子供みたいね。私は領主殿と楽しくお話ししていただけよ。…じゃあこれから私の部屋でお茶でも飲みましょうか」「いえ、そんな、もう遅いですよ」「今更遠慮するような関係じゃないでしょう、イズらしくないわ」エリスはクスリと笑い、イズは恥ずかしさからか背を丸めている。いつもの気丈でしっかり者のイズとは大違いだった。


 色々なことが起きた一日だったが、楽しい気持ちに満たされて眠りにつけることは幸福だとエリスは思った。こうしてノスモルで過ごす初めての夜は過ぎていった。


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