三話 太陽の娘

 ハナがリヴと共に屋敷に現れたのは、昼食を済ませて一息ついた頃だった。ゼストに案内されて、どことなく緊張した面持ちで応接間に入ってきた二人の姿を見て、エリスはクスリと笑った。


「ごきげんよう。何度もいらっしゃっているでしょうに、どうしたのかしら?」ソファーに掛けるように促す。ハナは落ち着いた黄色のドレスと、同じ色の小さな花を髪に飾っている。服装な控えめながらも、華やかさを感じるのは本人が持つ雰囲気なのだろう。「太陽の娘」と巷で呼ばれている理由がよくわかる。エリスとはまるで正反対の呼び名で、お互いの人気も察せられるというものだった。


「お時間をいただき、感謝いたします」ハナは一礼し、ソファーに座る。リヴも軽く礼をして、ハナに倣った。「今日はどういったご用向きでしょう?」「実は、お渡ししたいものがあるんです」ハナはゼストに持たせていた布の包みを受け取る。小綺麗な布で包まれていた中にあったのは、美しい紅玉だった。


「これは、私の父が異国より買い取った不思議な玉なのです」紅玉はハナの手の中に納まる程の大きさで、外の光を受けて艶やかに輝いている。「これはただの玉ではなく、火で温めることで、その熱が消えるまでの間、遠く離れている相手と話ができるのです。私は、まだエリス様から学びたいことがたくさんあって…」


ハナの言葉は続き、エリスは眉根を寄せている。(考え込んでいるな)リヴは幼少期に二人で遊びを考える時によくみた表情だと、少しおかしくなった。エリスはハナの言葉が終わると、イズが淹れてくれた茶を飲み、静かにカップを置く。その表情はいつもの無表情に戻っている。考えがまとまったようだ。


「貴女は、自分がどのような立場にいるかわかっているのですか?」


 その視線は鋭くハナに刺さっている。「貴女は私に異を唱え、リグラント家を拒否して新しい統治を進めようとしている。そのような人が、なぜ私に教えを乞うのです?私を追放しながら、私と裏で通じていると知られたら、貴女は容易に裏切り者の烙印を押され、領主の地位を狙っている他の貴族たちに引きずり降ろされてしまうでしょう」


 ハナはエリスの鋭い視線を受けても怯まなかった。その強い眼差しは、リヴが何度も屋敷で見た姿だった。例え政治経験が長い父やエルが相手でも、ハナは違和感に対してはっきりと疑問を呈し、時には反論してきた。彼女の中には信念がしっかりと通っているようだった。それがどのようなものなのかリヴには想像もつかなかったが、人を無理にねじ伏せるのではなく、気が付いたら賛同させているというハナの言動は興味深かった。


 ハナはエリスの言葉を受け止めるように間を置くと「勿論、そのように思われることはわかっています。ただ、エリス様にパリョータの未来のために力をお借りしたいのです」「パリョータの…未来?ノスモルにいる私に何ができるのかしら?」思わぬ言葉に、エリスはわずかに首を傾げた。


「エリス様はご自身がノスモルへ追放されたとお考えかもしれませんが、私はノスモルに発展の可能性を感じているのです。あの地は確かに現状では開拓が進んでいないために資源も少なく、貧しいです。ですが、それは私たちが培ってきた知識や技術を伝えることによって変わるかもしれない。今この地は平和ですが、いつ戦乱に巻き込まれるかわかりません。北の地と同盟し、北の地が発展していくことは、その事態への備えでもあるのです」興奮のあまり身を乗り出していることに気が付いたハナは、パッと頬を赤くして、肩を縮こめてソファーにおさまった。リヴが思わず吹き出し、慌てて茶を飲んでごまかした。


 エリスはハナのくるくる変わる表情や動作をじっと見つめている。(この場での勢いで付けた理由にも聞こえるけど…)流刑と考えるより、わずかに希望が持てるハナの言葉に乗る方が、自分のために良いと思えた。


「成程、貴女のお考えはよくわかりました。そもそも、パリョータで貴女の立場が悪くなっても、私には関係のないことでしたね」紅玉を手に取る。ハナが握りしめていたせいか、ほんのり温かい。「この紅玉の仕組みはよくわかりませんけれど、これでノスモルとパリョータの情報を伝えあっていくということですか?」「はい、そう、その通りです!」「私も貴女に領主の仕事をまとめた書類を渡したかったことですし、せっかくの機会ですから、この紅玉の使い方と今後のことを話していきましょうか」ハナがキラキラと目を輝かせながら何度もうなずく姿は子供のようで、エリスは苦笑する。(全く、こちらは楽しい気分でいられるどころではないのに…)。


 リヴは面白いものを見るように二人を眺めていたが「リヴ、貴方もここに来ているのですから、意見を言うようにね」とエリスに釘を刺される。ハナも「そうだね、たまにはリヴの意見も聞きたいな」と無邪気に笑った。「俺、あんまりそういう話はなあ…」「皆様、茶菓子をお持ちしました」イズが焼き菓子を運んできた。「イズさん有難う!さ、さ、まずは菓子を先にいただこう!」「リヴ、貴方相変わらずお調子者ね…」


 エリスは呆れた表情になり、ハナは楽しそうにニコニコしている。こうして、パリョータでの最後のお茶会が過ぎていった。

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