第66話 恐怖と緊張の違い②



 ──緊張、しないな。


 蛇王ルキは、酎ハイを片手に「緊張」について考えていた。


 ソファの周囲に腰掛けてソワソワしている女の子たちも、向こうでVIP達と談笑している子たちも、みんな緊張しているようだけれど、ルキは平気だった。


 だって、緊張っていうのは……「恥」の予報だ。


 みんなの前で失敗しちゃわないかな、だとか。

 もうすぐ出番なのにどうしたらいいか分からない、だとか。

 来るべき未来その時を、尊厳プライドとか面子メンツを傷つけずに終えられるか、それが不安だから人は緊張する。

 損なう対象が心身か、それとも尊厳か。それが恐怖と緊張の違い。


 緊張知らずは「恥知らず」。

 だから、ルキは、もう緊張しない。緊張、できなかった。だって、身を持ち崩すことそれ自体が……尊厳も体面も全て捨て去ってしまうこと自体が、ルキの目的なのだから。


 ──はみんな緊張していて、は緊張していないな。


 ルキは会場にいる連中を順に眺めていた。その時だった。



「────あ」


 見つけてしまった。



 リビングの隅だった。

 そこに並んでいる、上等な生地のスーツを着た男たち。

 十名ほどの男たちで、中年以上の者もいれば、二十代と思しき若い者もいる。各々が、ドレスの女の子を捕まえて談笑していたり、酒を片手に佇んでいたり、男同士で何やら語り合っている。

 その中に、『彼』の存在を見つけてしまった。



 ──さすがだな。こんなところまで来てくれちゃったんだ。



 ルキは喉の奥で、切なさと、嬉しさと、悲しさが混ざるのを感じた。


 どうやって紛れ込んだかは知らないが、『彼』のことだ。

 ツテを使い、やるだけやって算段をつけてきたんだろう。

 きっと、金城直美を打ちのめして、ウチを連れ戻すために。



 ──でも残念。ウチにきづかれちゃったね、



 佐々木蒼。

 自分の恩人であり、特別な人物。

 金城直美にとって最も警戒すべき敵であり、いまの自分にとってもそう。

 そんな佐々木蒼『彼』がリビングの隅に紛れていた。


「……………………」

 蛇王ルキは目を瞑った。


 ──彼のことを黒服にひとこと伝えれば、事は済む。

 ──彼はすぐに連れて行かれて、きっと、二度と帰ってこない。


 ずっと彼を見つめてきたから、変装なんて関係なく気づけてしまった。

 そのくらいに、自分は佐々木蒼を想ってきたんだ。


 ──ルキ、もう一度、選んでくれ。

 ──Vライバーを続けるために、変わりたいか? 変わりたくないか?


 佐々木蒼の言葉がルキのなかに響く。

 いま、自分はまた選ぶべきなのだ。


 変わるか。変わらないか。

 佐々木蒼か。金城直美か。

 光か。闇か。


 ──なにを、今更。

 ──黒服に、教えるべきだ。

 ──たったそれだけで、金城直美と自分にとっての最大の敵は、あっけなく消えるのだから──


 …………。

 …………。


 ……あーぁ。

 ……迷わせてくれちゃって。



 ──悪い人だな、佐々木っち。



「……蛇王さま。お飲み物のおかわりはいかがですか」


 間が悪く、給仕係のサングラスの黒服がルキの傍にやってきた。



 はぁ、とルキは嘆息した。


 巡り合わせが噛み合っちゃった。


 こうなったら、もう、選択肢はないな。


「……飲み物はいらない。ねーぇ、それよりぃ……ウチからいいコト教えてあげよっか♡」


 ルキは立ち上がって黒服の耳元に声をふきかけた。


「っ……。何です?」

 困惑する黒服に、ルキはグリーンのアイシャドウに彩られた両目を細めて、チロリと赤い舌をだして耳打ちする。


「それはねぇ────────」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 本当は1話ぶんで書ききりたかった内容を文字量の都合で2話に分けたので、少し短めで失礼します。


 あと……「第38話 無限の労働」のコメント欄が、ついに完成しました!!!

 とても嬉しいです! 完成したからなんだよ、というところまで含めて!! 本当になんだったんだあの流れ!?


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです!


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