第65話 恐怖と緊張の違い①



「礼服なんて何年ぶりだよ……」


 雷神ヴァオとの作戦会議から3日が経過した。


 俺は鏡に向き合って、白いブロード生地のシャツに腕を通す。

 自宅で黒のタキシードに着替えていた。

 コスプレ以外で蝶ネクタイを締めるのは久しぶりだ。 


 今日は俺がルキやヴァオと話してから、初めて「交流会」が開催される日だ。

 ヴァオは俺との約束の通りのチケットを入手してくれた。


 蛇王ルキがヤケになって何をする気にせよ、「交流会」絡みであれば今日が初めての機会となる。

 救出するなら、ここが最後のチャンスだろう。


「…………」

 俺は鏡に顔を近づけて、撫でつけた髪をチェックする。

 ほとんど特殊メイクに近い化粧も顔に施していた。


 俺は窓からまだ青い空を仰ぎ、今日の勝利条件を思いながら目を細めた。



 ──今日の勝利条件は大きく2つだ。



 1つは、蛇王じゃおうルキの救出。

 手段はおそらく強行しかない。交流会に潜入して、腕づくで引っ張ってきて、叱る。それだけだ。


 もう1つは、金城かなしろ直美なおみの撃破。

 敵があらゆるルール違反を辞さない闇の住人である以上、俺個人での対処は不可能だ。

 動かない警察を、それでも何とか動かして、金城にカチ当てる必要がある。金城の言い逃れも、警察の見て見ぬ振りも許さない確たる証拠を俺が揃えて、公権力にきっちり金城を潰してもらう。そのための作戦を完遂するしかない。


「アニメっぽいっちゃあ、ぽい展開だけど、好みじゃないなあ……」


 俺はタキシードのジャケットの位置を直しながら、苦笑した。

 俺が好きなのは、もっとこう、脳死で無限に癒しを摂取できる美少女アニメとかであって、サスペンスはちょっと重すぎるんだけれども。


「……さて、やるか」

 俺は革靴を鳴らして玄関を出た。

 行動を開始する。





 夜。

 7月後半になった今、もう夜風も蒸し暑い。

 指定された駅に到着して、指定された連絡先に電話すると、そこそこにいかにもな黒服が迎えに来た。


「お待ちしておりました」

 そう慇懃に頭を下げてくるが、面構えを見るにコイツも堅気ではないだろう。形ばかりの礼儀が胡散臭い。


 伏せられていた「交流会」の会場は、東京都をわずかに出たエリアにある一軒家だった。


 知りたくもないノウハウだったが、余所者にバレる危険性を排除するために、ホテルだの旅館だのアパートだのではなく、誰ぞの別荘、私有地を選んでいるようだ。

 黒服に案内されて、庭を通り、広くて綺麗な玄関から家の中へと入る。


「いらっしゃいませ」

 そこには、案内役とは別の黒服がいた。


 スーツの上からでも分かる筋肉の持ち主で、目つきにも人を圧す気迫がある。

 この交流会の門番ゲートキーパーなのだろう。


「身分を確認させて頂きます。お名刺を2枚と、身分証明書を」


「…………」

 俺は言われた通りにする。

 もちろん見せるのは雷神ヴァオに用意してもらったものだ。


 身分証明書である運転免許証は、チケットの本来の持ち主のものであるため顔写真もあるが、俺は自他共に認める変装の(?)達人オタクである。

 普通なら最大のハードルだが、ここでバレる可能性は、まず無い──


「……確かに。ようこそいらっしゃいました、轟木とどろきさま」

 果たして、門番ゲートキーパーは俺を全く疑わずに一礼した。

「安全のため、電子機器は全て私どもで預からせて頂いています。こちらの机へお出しください。その後、金属探知機を使用いたします。恐れ入りますがご協力を」


 犯罪行為をしておきながら何が「安全のために」だよ。


「……………………」


 内心で顔をしかめながら、俺はスマートフォンを机に置く。

 ついでにイアホンも。


「……確かに」

 金属探知機を俺の全身に走らせて門番ゲートキーパーは頷いた。


 ふむ、と俺は息をつく。

 思った通り、警備は厳重だ。


 これで『録音』『撮影』『外部への救援要請』が封じられたことになる。

 『交流会』の様子をリアルタイムで流出させることは不可能になったわけだ。


 ──なら、内部から扉を開けるしかない。

 ──金城直美を白日のもとに引き摺りだす方法は、ひとつしかない──


「こちらへどうぞ、轟木さま。足元にご注意を」


 門番ゲートキーパーが玄関の奥を示した。

 俺は、会場の根幹へと潜入していく。





 会場の間取りは3LDKの二階建てなようだった。


 通されたのは一階のリビングだ。

 ドアを開けると、そこは──この部屋だけで俺のアパートよりぜんぜん広いが──ごく普通の富裕層の居間という様相だった。


 異常なのは集まっている人種の、空気というべきか…………。


「いらっしゃいませ轟木さま。よろしければ混ざってお寛ぎください」

 給仕を担当しているらしいサングラスの黒服が俺に部屋を示してきた。


 大きなL字型のソファに、数名のドレス姿の女性たちがくつろいでいる。

 その服装は、兵吾ひょうご逸平いっぺいの件で訪れたキャバクラにいた女の子たちに近い。煌びやかに光る生地で胴体を包み、腕や肩、胸元や脚を、大胆に見せている。色気もそうだが、健康さや肢体美が目立つ。

 ソフトドリンクやお酒を片手に座っている様子は、女子会、宅飲みといった風情だが、その面持ちは異様に緊張していた。


 そして、もう片方の人種たち。

 リビングの隅に並んでいるのは、上等な生地のスーツを着た男たちだった。

 十名ほどの男たちで、中年以上の者もいれば、二十代と思しき若い者もいた。

 各々が、男同士で何やら語り合っていたり、酒を片手に佇んでいたり、ドレスの女性を捕まえて談笑していたりしているが、全員、

 妙にギラついていて、いかにも女性を頭の中で裸に剥こうと見定めているような、脂っ濃い視線だ。


 前者が。後者がだろう。


 そして彼女ら彼らの中に2名、見覚えのある人物がいた。


「……っ…………」

 俺は感情を押し殺す。


 一人は、ソファに悠々と腰かけている蛇王ルキだ。

 チャイナドレス調の衣装に身を包み、胸の谷間と、組んだ足を優雅に見せつけている。美しいが、俺にはどこか背伸びをしているように見える。


 そしてもう一人。

 写真でしか見たことがなかったが、あまりにも存在感のある男だった。


 広すぎる肩幅の、筋骨隆々の……ゴーレムのような大男がいた。

 壮年に相応な皺があれど、老いを感じさせない日焼けした浅黒い肌。闇に開いた異界の入り口のような真っ白い歯。まばたきの機能を失くしたかのような、まんまるに見開かれた眼球が室内を見渡している。

 間違いない。

 金城直美だ。

 芸能界の闇の体現者。俺が打倒すべき相手──



 ぎろり、と金城直美の目玉が俺を見た。


 ニッ! とその皮張った口角が強く上がる。



「っ…………!」

 俺は危うく動揺に目を逸らすところだった。

 大丈夫だ。焦るな。

 今日の俺は、彼に招待を受けた選ばれし者の一人なのだ。おのれに利益をもたらす存在に恐怖するのは不自然だ。

 バレたら、ただじゃ済まない。

 だが大丈夫だ。バレやしない。

 俺は、努めて、笑顔を返した。

 金城直美は笑顔のまま、俺をじっと見つめてから、ぐんっ! と大きな動きで他へ視線を流す。


 俺は堂々と前を見ている。

 大丈夫だ。バレない。動揺を出すな。絶対に大丈夫だ──




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 今回もお読みいただきありがとうございます。


 全く無関係ですが「第38話 無限の労働」のコメント欄がいよいよ完成寸前になってきて、私、ドキドキしています。。。


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