第64話 腐葉土



『ななッ……なんでだよォッ!? アタシに頼れよォッ!!』


「逆に聞くけど証拠はあるの? 連中の不正な営業の?」


 身体を起こした雷神ヴァオが、ぐっと牙を噛み締めて俺を睨んだ。

『ンなもん……ッ、どーとでもなンだろうがッ!! ヤッてるこたァ確実なんだッ! コトを荒立てりゃア蛇王のバカも参加できなくなる! だろッ!?』


「らしくないな。証拠のない告発の効果は一時的だよ。それに、ヴァオの配信で『交流会』が延期されても、またいつか違う犠牲者が出るだけだ」


『お前……まさか…………、連中を本当に倒そうなんて思ってねェよなァ……ッ?』

 雷神ヴァオが真剣な眼差しで俺を睨んでくる。

『……敵はノンフィクションのアウトローだぜェ? 都市伝説にしか出てこねェような暴力屋サンらも大勢絡んでンだッ。お前お得意のだの、だの、真っ当な搦め手で、どーこーできるレベルはとっくに超えてんだぞッ?』


「ヴァオ。金城直美の『交流会』に潜入する方法はあるかな?」


『だァーーッ……!! 聞けよッ、話を……ッ…………!』

 ヴァオは項垂れる。

 周囲の稲妻たちも勢いを失い、雨雲に退化した。

『……「交流会」のチケットにァ、側のタレント枠と、側のVIP枠があるそうだァ。タレントマネージャー向けのVIP枠チケットも探しゃァ有るだろうぜ。……つーか、ヴァオ様のツテで強請りゃァ、どのチケットだって手に入る……』


 VIP向けのチケット。タレントマネージャー向けの枠で潜入できそうだな。

 幸い俺は、一張羅のスーツもタキシードも持っている。

 俺の正装はあくまで「コスプレ」だが、明らかに許されない場面に対応するケースのために、渋々と男性用のフォーマルスーツも揃えているのだ。せちがらいね。


「ありがとう。助かるよ」


『……潜入して、どォする気だァ?』

 ヴァオが、じろりと俺を見る。

『なんか仕掛ける気ならよォ……潜入なら鍬原くわはらだって出来るし……必要となりャア、アタシの昔の手下どもも使えるぜェ……? ホラッ、佐々木ィ、覚えてるかッ?  制服姿のコスプレにこだわってる暴露系YouTuberグループの『すっぱ抜きサラリーマンズ』ッ! あとは、暴露配信は必ず沖縄の木の上で生配信するスタイルの『がじゅまるたかし』とか──』


「ヴァオの友達はイロモノ揃いだな……。嬉しい申し出だけど、やっぱりこの件に暴露系は起用できないよ。少なくとも、誰かが金城たちの悪行の確固たる証拠を掴むまではね」

 俺は首を振った。

「それに、潜入の目的はルキを助けることだ。他の誰かには任せられない」


『ぐ、ぬぬぬ……ッ、ア、アタシはなァッ! お前をガチで心配してやってんだよォッ……! 口に出すのも嫌だがよォ……、佐々木ィ……お前……無事じゃ済まないぜ……? 自分の安全も、ちゃんと考えてあるか……?』


「もちろんだ。いま、俺がVドリから消えるわけにはいかないからね」

 作戦を練りながら応答しつつ俺はヴァオを見て問うた。

「もうひとついいかな。この件、なんで警察は把握しているのに踏み込まない?」


『クハッ……ンな胸糞悪ィこと、言わせンじゃねェよッ……』

 胸糞悪いことを暴いたり、暴露したりすることが本業なくせに、雷神ヴァオは牙を軋らせて首を振った。

だッ。佐々木蒼にゃア釈迦に説法かもしれねェが、アタシはもっと格上の雷神だから教えてやるよッ。芸能界の闇ってェのはァ、根深ェんだッ! ずゥっと昔から……それこそ戦後からあるし、当時は闇でもなンでもなかった。そういうもンだと受け入れられていた風習のヒトツだッたのさァ。だからよォ、手を突っ込むにゃア手間もかかるし、世論やお偉いサンらの反対もあるし、なンから被害者達すら望んでねェケースだッてあンだッ。覚悟と時間が要るッ。踏ん切る理由がねェのさッ!』


「腐ってるな」


『あァ。腐葉土として機能しているくらいになァ。この悪習は、もう一部の人間どもにとって、日常なんだよッ』


 腐葉土とは言い得て妙だ。

 腐っているが、有り難がられてすらいる、風景の一部。

 大勢が目にしているが、誰もそこに死体があると気が付かない。


「OK。なんにせよ、まずはルキを助ける。金城直美も順番に除去しよう」

 俺は立ち上がる。

「さて。ヴァオ、いまから頼むことを手配してもらっていいかな?」





 夜の公園。

 佐々木蒼との通話を終えた蛇王ルキは、夜風の中を歩いていた。


 胸元と腹を大きく露出したチューブトップ姿。

 肌を透けさせるシースルーのジャケット。

 我ながら挑発的な格好だけど、あくまで好きで着ていた服。

 これが本当の意味でそうなるなんて、皮肉というか、必然というか。


「……ふぅ…………。あーぁ、最後の一線。いつかの誰かのために、一応、守り通してたんだけどなぁ…………」


 心を決めてルキはスマートフォンから金城直美に電話をかけた。

 数回のコール。やがて通話が繋がる。


「……こんばんはぁ、金城さん♡ 佐々木蒼の対応、終わったよぉ!」


 ごろごろと喉を鳴らしてやる。瞳だけは冷静に夜を見つめながら、ルキは言った。


「ねぇ金城さぁん。お願いがあるんだけどぉ……。こんどの『交流会』、またウチも出ていーぃ? いままで恥ずかしくて、こんなこと言えなかったんだけどぉ…………」


 ──さようなら、佐々木っち。

 ──これは決別。

 ──最後の一線まで捨ててしまおう。

 ──あなたの目の届かないところまでウチは堕ちるよ。


「次の『交流会』ではウチも参加したいなぁ♡ VIPの皆さん、優しくしてくれるぅ……?」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 蛇王ルキ編、佐々木蒼とルキ・金城の決戦が近づいています。

 何もかもを幸せに導くことは可能なのでしょうか。


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