第62話 無修正



「……佐々木っち。ウチさぁ、佐々木っちに教えたより、ずっとずっとなんだ」


 画像の送信を終えて、ルキは電話ボックスにもたれた。

 夜の闇が目に心地よい。

 自分の肌のぬくもりで温まった受話器に声を続ける。


「昔さ、ウチのアパートで『自撮り界隈』の話したの覚えてる? 制服の胸元をはだけさせた写真を投稿してチヤホヤされた話。あれ、相当マイルドな表現。実際にUPしてたのは……ってか、売ってたのは、ご覧の通りの


 当時撮影した大量の画像に『既読』がつけられたのを見て、一線を超えまくったポージングの肌色の大量送信ばくだんが無事に着弾したことを知る。


「知らんけどさ、未成年だったウチが、金貰ってこんなんバラ撒いてたんだから……まぁ犯罪だよね。万引きとかもたくさんした。金無かったから。誘われたら恐喝もどきもやった。最悪なのは、あー、運び屋とかかな。中身知らされずにモノを人まで届けるおつかい。やばいでしょ?」


 佐々木蒼は何も言わない。

 

 弁論面でも精神面でも人徳的にも、歯が立たなかった佐々木蒼の、狼狽と困惑と罪悪感が、こんどは手に取るように分かった。

 可愛い。

 そして、虚しい。


「家族に問題があるって言ったよね。あれも穏便すぎる言い方。不仲とかそんなレベルじゃなくて、父親はとっくにいない。母親はアダルトチャットレディやっててさ、お互いに包丁向け合うこともしょっちゅう。切りつけたことも、逆もあったけど、ぷはは、あのまま死人が出てたらどうなってたんだろうな」


 肌をかすめ合う殺意の刀子を思い出しながらルキは笑う。


「ウチはさ、犯罪者なんだよ」


 沈黙する佐々木蒼に蛇王ルキは言った。


「ファッションな悪い子じゃない。だから、これは本物の悪人の所業。佐々木っちは優しいから、黒幕がぜんぶ悪くて、ウチは命令を聞いただけだと思ってるかもしれないけど、そんなことない。ウチもしっかり悪人で、ウチもしっかり…………佐々木蒼をたおす気でいる」


『…………ああ、分かった。だが、待て、ルキ──』


「ぷふふ。敵に『待て』は無いでしょ」


 やっと声を出した佐々木の台詞があまりに情けなくてルキは笑った。


「ま、そういうこと。通達は以上。こっから先は敵同士だ。正々堂々殺し合おうよ」


 公衆電話の表示に目をやると、テレホンカードの残り度数がもう切れる。

 金の切れ目。縁の切れ目だ。


「それじゃあね。佐々木っち」





 受話器が置かれる音がする。

 俺は椅子に深くもたれた。


「……………………」


 ふぅ。

 ま、話を聞いてやったが、大したことなかったな?


 俺はこういう対応は慣れているんだ。

 蛇王ルキは、まあ、黒幕から「俺の心を折れ」とミッションを受けて電話してきたんだろうけど、あれこれと御託を並べられたり、あんな写真まで爆撃してきたりされても、俺は別にぜんぜん気にしなかった。

 うん、ぜんぜん平常心保ててるし? なんでルキにあそこまで言わせちゃったんだろうとか、どうやったら彼女を傷つけずに済んだんだろうとか、流石に俺のほうが先に言い過ぎたなとか、売り言葉に買い言葉でぶちまけちゃったのがいけなかったなとか、戻れるなら電話の始まりまで戻りたいなとか、ぜんぜん思ってないし? 仮にも元担当Vライバーの裸っていうか、それ以上を見てしまったことだって不可抗力だからぜんぜん気にしてないし、ただ自分のことが心底嫌なだけっていうか、ほんとなんで俺って決めるべきときにちゃんと決めきれなくて人を傷つけてしまうんだろうっていうか、もうむりなので、辞めようかなぁこの仕事。


「…………しんどぉい」


 俺は椅子にうなだれた。

 ばっちり折れていた。

 俺は、罪悪感に弱い。ていうか、人に傷つけられて被害者になるよりも、人を傷つける加害者になってしまうことのほうが、良識ある人間だったら遥かにメンタルに来ない? 俺だけ?


 ピンロンロロン♪

 ピンロンロロン♪


「ふぇ……?」


 俺の8枚の業務用モニターのうち一枚から、呼び出し音が鳴った。

 なんだ?

 ルキか?

 もしダメ押しの追撃をかまそうってんならアレだぞ、俺、ほんとに再起不能になっちゃうかもだぞ?


 そう思ったが違った。


 呼び出し音が鳴ったのは、リモートワーク用のバーチャル・オフィス・サービスだった。


 3Dモデルをインポートすることで、実際に3D空間のオフィスを歩き回りながら、仕事仲間のアバターに話しかけられるサービスだ。

 コミュニケーションが不足しがちなリモートワーク期間に重宝された代物で、かつてオーロラ・プロダクションでも和寺部長が導入していたのだ。その時に俺は気に入り、V-DREAMERSでも、『最初の所属者』が加入したタイミングで利用を再開していた。

 俺を呼び出した『彼女』が、語りかけてくる。



『おいおい佐々木蒼ォ! ひっでェ面ァしてやがンなァ!?』



 バーチャルオフィスの俺のアバターの目の前だった。

 ほとばしる稲光いなびかりを纏いながら豪快に笑う少女が仁王立ちしている。

 黒メッシュの入った稲妻色のショートヘア。爛々らんらんと電気を伴って光る四白眼よんぱくがん

 大きく前を開かせたインバネス・コートを肩から羽織っていて、胸部に虎柄の布を巻き、腰蓑で下腹部だけを隠した過激な容姿。


『いやァーーまったく、ひでェ連中だよなァ? 人様の弱みを握って、愉快げにするなんてよォ。人間のやる事じゃねェ。やっちゃあいけねェ。マジマジの鬼畜の所業だよなァ? そりゃあお前みてェに、しょぼくれたツラになンのも無理ねェよ!!』


 雷を纏う少女は、俺のアバターの肩に手を回し、ウンウンと頷きながら朗々と言った。

 どの口が……と思うが言わない。頭がくたびれだしていた。疲れちゃった。


『さて佐々木ィ、こんな時はどうすンだァ?』


 雷少女が、切れ長の目でニヤリと画面越しに俺を見る。


『この前の「開闢アリス登録者10万人記念祝賀会」で、鍬原くわはらがお前に言ったはずだぜェ? ってよォ! この雷神ヴァオ様は、いつだってお前の味方だぜェ!?』


 元・暴露系にして、オーロラ・プロダクションの元・序列三位ナンバー・スリー

 チャンネル登録者数58万人の


 雷神ヴァオが、牙を剥いて高らかに笑った。


『さァ、反撃開始といこうぜッ!! お相手さんの流儀に則って、で!! 勝負してやろうじゃねーか!! クッハハハハァッ!!!!』




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 あっちもこっちもヤベー奴ばかりです。

 賑やかでいいですね。


 ちなみに雷神ヴァオが言っている「鍬原くわはら」というのは、彼女の中の人です。演技のできない獅紀チサトみたいな子もいれば、逆もいるということで……。


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る