第61話 ねぇねぇ、いまどんな気持ち?
▽
「ぷふふぅ♡ ねーぇ佐々木っちぃ、テレホンカードってまだ使えたんだね。びっくりしちゃった♡」
『ルキ! お前……!』
夜の公園。公衆電話だった。
受話器の向こうの佐々木蒼の驚嘆を味わいながら、蛇王ルキはチロリと赤い舌をだして微笑んだ。
──ははっ!! 蛇王くんに任務を与えてもいいかな!!
ルキの記憶の中で金城直美が大声で笑う。
──SNS上での佐々木蒼は虫の息だ!! だから、ははっ!! ここで確実にトドメを刺したい!!
──そこを、彼の弟子である君に任せたい!! ははっ!! 君が、彼の心を折ってきてくれないかな!!
蛇王ルキの任務は『自分が敵だ』と佐々木蒼に宣言して、彼の心を折ることだった。
「ねぇねぇ、いまどんな気持ち……? まんまとルキちゃん達に出し抜かれて気分はどう?」
『…………はぁ……。いきなり電話してきて、なに格好つけてるんだよお前ぇ……』
電話の向こうで佐々木蒼がへにゃへにゃと溜息をついて項垂れたのが分かる。
疲労の中にもタレントへの見え方を気にする余裕が感じられた。
『思いっきり迷惑してるよ……。ちゃんと大打撃だ』
「そっかぁ……よかったぁ♡ これで新生オーロラ・プロダクションのライバルは消えてくれそうだね?」
『そんな簡単にいかないよ。まだ手はある』
「ふぅん? でも佐々木っち、悲しくないの?」
ルキは目を細めた。
「自分が身体を張って助けた女の子に売られてさ。今回もまた事務所運営に失敗する気持ちはどうなの? いい加減、向いてない事が分かったんじゃない?」
オーロラの解雇。
佐々木にとってこの事ほどの後悔は無い。
この事ほどの恥は無い。
この事ほどのトラウマは無い、はずだ。
「さっさとさぁ……辞めちゃったら楽なんじゃないのぉ……?♡ ぷっははははははっ!!」
『…………』
受話器の奥で佐々木が黙る。
どんな表情をしているんだろう。
読めない。
この辺で、切ってしまったほうがいいかも──
『……で?』
佐々木が言った。
『お前は無事なのか? いまどこにいるんだ?』
「…………ぷ、ははは! ルキちゃんが心配? こんな時まで、佐々木っちは保護者面するんだぁ?」
『そりゃそうだ。あ、別に元マネージャーだからじゃないぞ。単に、お前の思考回路が見え見えで不安なだけだ』
「きゃ、恥ずかちぃっ……♡ ルキちゃんの何がぁ……見え見え、なのぉ…………?♡」
『例えば、いまお前が、こっちに見えないのに腕で体を抱いてくねくねしてんだろうなってコトとか』
ぶふっとルキは吹き出した。正解で草──
『あとは、お前が俺を折ってこいって言われてるんだろうなってこととか』
蛇王ルキの顔からヘラヘラ笑いが消える。
『あとは、お前の幼稚な自罰願望とかな』
「…………………………あ?」
思わず素の声を溢した。
『ルキの根底にあるのは、いつだって罪悪感だ』
佐々木蒼は冷徹な口調で続ける。
喉元に迫った殺気めいた感覚に、ぞくり、とルキは寒気を覚えた。
『家庭の問題で周囲から孤立してしまい、不良のコミュニティに加入するしかなかったことを、お前は過剰に恥じているな。だからお前は常に身を売るようなパフォーマンスに舵を切りがちだ。自分を持ち崩して、
「ちょっと、なにを…………」
『そして堕落した自分をさらに嫌いになるから、より強烈な『罰』や『破滅』を求める。まるで中毒性のオーバードーズみたいにな』
──実家にちょっとした問題があってね……
──友達とかぜんぜんできなくて…………。いじめられもしないくらい空気だったよ……。
蛇王ルキの脳裏に、かつて佐々木蒼に吐露した弱みが反響する。
佐々木の言葉は的確に──あまりにも正確にルキの弱さを言い当てた。
──弱くて…………反則技を使わないと生きていけない自分が……嫌いだ…………
──強くなりたい……マトモになりたいのに…………依存先がないと生きていけない…………
「────黙……ってよ……っ……」
『そして今もだ。罰を求める依存先が曖昧になったから、適当な黒幕の手下になって、わざと言いなりになってるんだろ。こんな、わざわざ俺に激怒されるために下らない電話をする程度には、蛇王ルキは自分を罰したいんだ』
「うるせぇ…………っ…………!!」
『違うのか? 蛇王ルキ。いや、
「……ッ…………!」
本当の名前を呼ばれて、蛇王ルキは狼狽えた。
まるで剥き出しの食道に手をかけられたような、痺れを感じる。
しかしルキは歯を軋らせて無理矢理に笑った。
売った喧嘩だ。敵が応じてくるなら、
「……ぷ、ははは…………ッ!! どうしたのぉ佐々木っち? 今日はずいぶん饒舌に分かったような口を利くじゃん……!?」
『嫌だろ? なんせ嫌がらせだからな。これは憂さ晴らしだし、返り討ちだし、お仕置きだ』
佐々木蒼は淡々と続けてくる。
ひゅっ、と喉が鳴った。
蛇王ルキの笑みが怖気に凍る。
『へらへらしたけどさ、俺、普通に怒ってるよ。アリスやヴァオ、真剣に努力してるタレント達の人生を、お前らにルールの外側から
声だけで佐々木蒼はルキの目に視線を合わせてくる。
『ルキ。黒幕は誰なんだ?』
はぁっ、と鋭く息を吐いて蛇王ルキは電話ボックスの壁にもたれた。
揺れる視界で天井を仰ぎ見る。
首筋から流れた汗が胸元を伝ってチューブトップに吸われるのが分かる。
──勝てねえ。
佐々木蒼はルキの性格を、来歴を、現状を、心を理解している。弱点を容易く剥き出されるし、無防備なそれをなぞって「ここだ」と確認させられる。
飴と鞭だって達人的だ。正当な怒りを振るって裸のこちらを打ち据えてくるし、それでも、本心からこちらを助けたいと伝えてくれる。
痛くて甘い。
こんなんじゃあ、ウチがメンヘラじゃなくてもメンヘラになっちゃうよ、佐々木っち。
彼は優しい。
彼は誠実だ。
彼は献身的だ。
だから、こうも言える。
「ぷははは……。佐々木っち、ウチを舐めすぎだよ。いや……逆か。ウチを買い被りすぎ。ウチに甘すぎだ」
彼は甘すぎる。
佐々木っち。
あんたが知らない闇が、悪が、疵が、穢れがあるんだよ。
これを知ったら優しくなんてできないよ。
あんたは甘いから、救いようのないウチを救おうとしちゃうから、最後は身を滅ぼすんだよ。
「今から誰にも言えないルキちゃんの秘密を教えてあげるね? ……佐々木っち」
▼
「……秘密?」
ふぅ、と。
複数のモニターを前にした椅子の上で俺は息をついた。
蛇王ルキの煽りをいなしてみたが、黒幕の情報を得ないことには反撃ができない。
ルキを落ち着かせるためにも、もう少し話を聞いてみるべきか。
ヴーッ。ヴーッ。
「ん?」
音がした。
手の中のスマホからだ。
スマホをスピーカーモードにして離してみれば、ルキから大量の──10枚、20枚じゃ済まない枚数の写真が送りつけられてくる。その通知が見えた。
「……おいおい。口喧嘩で勝てないからって、まさか
俺は通知をタップし、画像群を開く。
そして──
「ば────」
目に飛び込んできた画像に──
俺は口を押さえて、目を逸らした。
「ルキ、お前ぇ…………ッ!!」
──────────────────────
今回もお読みいただきありがとうございます。
ねぇねぇ、いまどんな気持ち?
いい煽りですよね。
やや過激で辛い展開が続きますが、現実のV業界はこんなに露骨な喧嘩はないです。
あくまでフィクション、されどドラマとして……ぜひ蛇王ルキと佐々木蒼の行き着く先を見届けてあげてください。
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