第60話 電話の向こうから聞こえたのは
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「真面目に見てくださいッ! Vドリの正体が晒されてるんですよ!? 佐々木さんだって実名がぁっ!」
「わーっ!! 分かってるって!! これでも真剣に焦ってるから!!」
「本当にもう……どうなってるんです、これ……!? 漏洩した情報は少なくとも3つ。しかも……いずれも悪質に歪曲されてます……!」
ビジネススーツ姿の若い女性。小さな丸顔に、特徴的な泣きぼくろのある女の子、
彼女の言う通りだ。
「うーん……。歪んだ情報その1。高山愛里朱はVライバー事務所を営んでおり、雷神ヴァオを『引き抜いた』……つまり不当な交渉の上でオーロラ・プロダクションから移籍させた件」
俺は画面に目を流しながら要点をさらう。
「歪んだ情報その2。その引き抜きを先導したのは佐々木蒼である。自身の立場を利用し、退職時にタレントを唆して競合への手土産とした件、ってところか」
前者については、ヴァオはキングスを王社長側から解雇されたのだし、退職時の契約書に競業避止義務は無かったから責められる道理はない。後者についても同じ。俺は無計画に解雇されただけだ。
どちらも絶妙に曲げられた情報ということになる。
しかし、半分は真実であるところが厄介だ。
──そして、俺が最も重く受け止めているのは3つ目だった。
『【速報】話題の底辺V事務所社長、まさかの人気声優アイリス・アイリッシュだった!』
『【拡散希望】株式会社V-DREAMERSの代表=Iris Alice Takayama Irish=高山愛里朱=VTuberの開闢アリス=人気声優アイリス・アイリッシュで確定!【名前多すぎ】』
『【衝撃】Vライバー開闢アリスさん、正体は失踪した人気声優アイリス・アイリッシュ!』
「あー、ちくしょう…………」
俺は拳を握りしめた。
これは最悪だった。
開闢アリス=アイリス・アイリッシュという情報は奥の手だったのだ。
アリス自身が隠したがっていたし、仮にバラすとしても本来は最高にポジティブでセンセーショナルな吉報になるはずだったのだ。
それが、Vドリが『引き抜き』の汚名を被るタイミングで、あたかも真犯人の名前のように晒されてしまった。
プロデューサーとして……痛恨の極みだ。
事実、開闢アリスのチャンネルの視聴数は激減。
チャンネル登録者はむしろ上がっていたが、炎上を見に来た野次馬やアンチがほとんどだろう。
Vドリの成長は、事実上、ストップした。
正直、このまま潰れてもおかしくない。
「ひどい炎上……。こ、これ、どうなるんです……?」
「……落ち着いてソウちゃん。開闢アリスと雷神ヴァオのTwitterの様子はどう?」
「リプライとDMでパンク状態ですよ……! 批判と質問が7割、擁護が3割です」
ふむ、と俺は思案する。
「……声明を急がないとなあ」
早急に立て直さなくてはいけない。
このままでは、いろいろな団体と契約も難しくなる。君子危うきに近寄らず。燃えている連中と絡みたい組織は少ないからだ。
案件もイベント出演も遠ざかる。
当然、直近の目標としていたメイベルの『庭園遊戯』へも──
「……そもそもどうして情報が割れたんですー?」
相変わらずピンクのもこもこのジェラピケパジャマを着たエンジニア娘・
「ウタ……そんなの、決まってるでしょ……!」
ソウちゃんがややヒステリックにウタちゃんを睨んで言った。
「このタイミングで……しかも、実物を見ないと断言できない高山と佐々木さんの正体の情報まで漏れてるんだ。言いたくない……言いたくないけど……! どう考えても犯人は蛇王ルキだよ……!!」
「ソウちゃん」
「違うっていうんですか、佐々木さんっ……!」
ソウちゃんが珍しくネガティヴな感情を露わにした。
「彼女の意志か事務所の意志かは知らない……! でも、あいつはこっちの上り調子を挫きにきたんだ……! ライバルを蹴落とすつもりで!」
俺は深呼吸をした。
「……犯人の追及は後だ。今は出てしまった情報への対応を急ごう」
とはいえかなり厳しい局面だ。
いま世間は俺たちを『平和なV界隈を脅かした愚かな犯罪者たち』くらいに思い始めているだろう。
対応を間違えば火に油だし、対応の遅れは容疑者から被告への移行を意味する。
「すまない、愛里朱! 今日は帰って自宅で対策を練らせてくれ!」
俺は生活スペースでPCに向き合っていた高山愛里朱に言った。
「今夜の配信は中止にしよう。アリスとヴァオ、それから事務所から出す第一報の告知文については電車の中から送るよ」
「うん、オッケー! あ、開闢アリスからの第一報は出しておいたから大丈夫だよ!」
「え」
俺は、ぽかん、としてスマホを確認する。
確かに当たり障りのない……かつ開闢アリスのブランドを毀損しないテイストの『正式な声明までしばらくお待ちください』の旨がポストされていた。
速度が命の炎上対応で、この丁寧さの対応がもうされているのは大きい。
「うお、さすが……。…………っていうか愛里朱、やけに明るいな……?」
「あはは、わたしが何年芸能界いると思ってるの?」
目元でピースを作ってにっこりと可愛らしい笑顔をした高山愛里朱が言った。
「炎上! 憶測! 誹謗中傷! ぜーんぶ慣れっこだよ! それに今回も佐々木さんが解決してくれるんでしょ? 信じてるから大丈夫ぶいっ!」
「あはは……。まったく、頼もしいよ……」
俺は苦笑しながら、キャリーバッグを持って玄関に手をかけた。
「それじゃあ行ってくる! みんな、またオンラインでな!」
▼
夜の電車に乗っているあいだ、スマホに通知は鳴り止まなかった。
開闢アリスのアカウント、雷神ヴァオのアカウント、Vドリのアカウント。立場上全ての権限を持っている俺のスマホは批判と追及と質問でパンクしていた。
炎上は本当に心を燃やす。
ファンとライバーのためだけを思ってやってきた全ての活動が、世の中から「最低だ」「ひどいやつだ」と批判される気持ち。クラス全員から一瞬にして狂人扱いされて嫌われる感覚とでも例えようか。
しかたなく通知をオフにする。
脳裏に木霊するのはソウちゃんの声だ。
──このタイミングで……しかも、実物を見ないと断言できない高山と佐々木さんの正体の情報まで漏れてるんだ……
──言いたくない……言いたくないけど……! どう考えても犯人は蛇王ルキだよ……!!
もちろん、俺もそう思う。
だが、これは本当に彼女の意思なのか?
何か事情があるとしか思えない。
▼
「……よし」
家に到着する頃には、雷神ヴァオと高山愛里朱宛に声明文は届けておいた。
これでわずかながら時間を稼げるはずだ。
モニターまみれの暗い自室の電気をつけ、家具の中でこれだけはと思いきって投資したエルゴヒューマンのオフィスチェアに腰掛ける。
「まずは炎上の状況……世間の反応の具合からリスト化するか」
背伸びをひとつして、作業を開始しようとした。その時だった。
ヴーッ、と。スマホが振動した。
視線を下ろせば『公衆電話』からの着信だった。
「……………………」
一抹の嫌な予感を抱きながら、俺は緑色の通話ボタンを押す。
耳元にスマホを運び、口を開いた。
「はい、佐々木で──」
『いえーい! 佐々木っち、聞こえるーぅ?♡』
電話の向こうから聞こえたのは蛇王ルキの声だった。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
脳破壊……
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