第59話 ルールを破っても勝てばいいのさ



!! ははっ!! 彼を見つけられたのか!! 期待以上の成果じゃないか!!」

 浅黒い肌の大男、金城直美が大声で笑った。

「兵吾くんを負かしたのは佐々木蒼くんなんだろう!? ならば、ははっ!! 彼は王社長にとっても私にとってもかたきそのものだ!!」


 筋骨隆々の大男。

 その傍で腕を胴体に沿わせた蛇王ルキが、上目遣いに金城を見ながら囁いた。


「ねぇーぇ、金城さぁん? もうとっくに辞めた佐々木蒼の居場所を知って、どうするのぉ……?」


 金城直美は白い歯を剥いて笑った。



「ははっ!! 無論、!!」



 蛇王ルキは少しだけ目を大きくした。

「……ふ……ぅーん…………?」

 唖然と開いた口を、遅れて口角を上げる。


「ははっ、もしかして信じたかな!? 勿論、冗談だとも!! 現代日本で人殺しだなんて、するはずがないだろう!? ははははっ!!」


 ──冗談に聞こえねーんだよ、クソが。


 蛇王ルキは表情の歪みを悟られまいと顔を強張らせた。


 手前の顔を鏡で見てみろ。

 手前の噂に耳を傾けてみろ。

 どれだけ殺しが似合うと思ってるんだ?


「しかし、ははっ、蛇王くん!! いま、随分と悲しそうだったなあ!?」

 金城直美が、ぎろり、と眼球をルキに近づける。

 蛇王ルキは息を呑んだ。

「今もまだ、佐々木蒼に思い入れがあるのかな!?」


「はは、そんなこと──」

 ルキが言い切るよりも前だった。



 ばしんッ、と衝撃が走った。

 ルキの目に火花が散る。

 顔面を大きくらせてルキはよろめいた。



 ぽたた、と。

 アスファルトに赤い点が散った。



「めっ!! だぞ、蛇王くん!! ははっ、なに、簡単なお仕置きだよ!! ははははっ!!」


 金城直美が放ったのは『でこぴん』だった。

 太くて硬い中指がルキの鼻先を捉えたのだ。

 顔を押さえて呻くルキを見て、金城は大声で笑っていた。


「は、はは…………」

 蛇王ルキは鼻血が滴る鼻を押さえてくぐもった笑いを鳴らす。


 ──こいつ、自分の馬鹿力を知らないのか?


 痛みに耐える。この暴力にも慣れ始めている自分がいた。

 初めは、事務所でお尻を思いきりビンタされたんだ。

 この前は、首を締められたっけ。

 このままいけば自分は何をされるんだろう?


「ゆめゆめ忘れるなよ!! 今の君は私と王社長無しでは生きられない身なんだからな!! ははっ!! いつまでも佐々木蒼を思っていてはいけないぞ!!」



 ──悔しいけれど金城の言う通りだ。



 いまの自分はこいつ無しでは生きていけない。

 金城直美は今やオーロラ・プロダクションの全権を握っているから。

 金城直美主催の『交流会』では、各界の有力者が集まってを受けている。ルキも何度も参加させられていた。そのせいか、大きな案件も獲得しだしている。


 醜悪だ。

 だけど。


 ──弱くて……反則技を使わないと生きていけない自分が……嫌いだ……

 ──強くなりたい……マトモになりたいのに……依存先がないと生きていけない……


 悲痛な過去の自分の声がリフレインするかのようだった。

 実家の環境が終わっている自分は、オーロラをクビになったら行く宛が無い。

 あの人に助け出してもらった『広場』に、また堕ちるわけにはいかない──


「……もー、分かってるよぉ。ルキちゃんはぁ、あんなガリガリで青臭い男の子よりぃ、金城さんみたいな強いおじさまの方が好みだよぉ……?♡」


「ははっ!! オーロラのタレントたちはみんな可愛いなっ!! 媚びられるのは気持ちがいい!!」

 金城直美は、ルキの半裸の上半身を抱き寄せたまま歩き出した。

「さて!! 佐々木くんは調べた限り、実に勤勉な若者なようだな!! 努力家で!! 真面目で!! 人情派!! ははっ!! そんな彼が積み上げてきたものが、この私に難なく台無しにされるなんて、本当に可哀想だ!! むごいなあ!!」


「佐々木は手強いよぉ、大丈夫ぅ……?」


「問題無いとも!! ははっ!! 勝つためなら何でもやる!! それが私のモットーだ!!」


「なんでも……ね…………」


 そう。ルキだって、だ。


 生きるためならなんだってやってきた。

 越えちゃいけない線だって越えてきた。

 認めたくなかっただけで、自分はとっくに闇の住人なのだ。


 強者に媚びる。

 助けを求める資格なんてない。

 佐々木蒼にも打ち明けられていない『闇』が、ルキにはあるから──


「何でもやる覚悟の者に、正しい事しかできない者は勝てないとも!!」

 真っ白い歯を浅黒い影に浮き立てて、大男は凶暴に笑った。

「ルールを破ってでも、勝てばいいのさ!! はははははははっ!!」





 闇が、V-DREAMERSブイ・ドリーマーズに迫ったのは、それから1週間後のことだった。





「佐々木さん……! こ、これ……っ……!」


 夜。高山愛里朱の事務所。

 チームの外交担当。穏やかな茶色の髪をボブにしたビジネスウーマン・斎藤操ソウちゃんが青ざめてPCを指差す。


「…………ふむ…………」

 紫色の魔女っ娘──もとい魔女姿で仕事をしていた俺も、さすがに神妙になって画面を凝視した。

「……これは、真剣に参ったね」



 Twitterが荒れていた。

 他ならぬ、で。




『【悲報】底辺VTuber事務所さん、人気事務所から人気VTuberを引き抜いてしまう。仁義なき戦い勃発か。』


『【事務所クラッシャー】芸能界最大手事務所の元マネージャー、退職時にVTuberを大量引き抜き?』

『【堕ちる】炎上系Vライバーの雷神ヴァオ、オーロラで勝てないから弱小事務所に天下りwwww』

『クソすぎ #vdreamers #高山愛里朱 #佐々木蒼』

『【ダサい】人気Vライバー雷神ヴァオさん、いつのまにか競合に引き抜かれていた模様wwwwwww』

『【拡散希望】社長特定! 株式会社V-DREAMERSの代表はIris Alice Takayama Irish。日本名、高山愛里朱で確定! #vdreamers』

『#Vライバー引き抜き男 #雷神ヴァオ #佐々木蒼』

『#高山愛里朱を許すな』

『#高山愛里朱を許すな』

『#佐々木蒼を許すな』

『#佐々木蒼を許すな』

『#佐々木蒼を許すな』

『#佐々木蒼 #女装 #可愛くない』




「……いや、俺の女装はさすがに可愛いだろ」


「そこに反応してる場合じゃない……!!」


 ソウちゃんが項垂れて叫んだ。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 佐々木P、そんな反応で大丈夫か?

(ちゃんと真面目に受け止めてますが本能で反射しているだけなのでご安心ください。)


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