第58話 脳が破壊される!!
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──現在。
「まぁ……ウン……あのままじゃルキちゃんも身が保たなかったからぁ……」
回想から醒めたらしい蛇王ルキが遠い目で呟いた。
「はは。ま、気を病まずに健康がいちばんだよな!」
俺は笑顔で言った。黒歴史は流してあげるに限るよな。
「うんうん。健康・健全がイチバン、だよねぇ……♡」
蛇王ルキが、何度目かわからないが、座る俺に跨ってきた。
興奮したような艶かしい表情で見下ろしてくる。
シースルーのジャケットをするりと下ろされると半裸の上半身が夜闇に映える。
チロリと赤い舌をだして唇を湿らせた。
「ねーぇ……♡ せっかく二人っきりなんだからさぁ……、ルキちゃん、佐々木っちにもっと甘えたいなぁ……♡ だめぇ……っ……?」
「あ、はは……」
俺は呆れ半分、困惑半分で苦笑する。
ルキがエロゲ脳なのはもともとだが、こんなに積極的だったか……?
「ル、ルキ……それはさすがに…………」
ごとんっ! と強めの音が生活スペースからした。俺は肩を跳ねさせる。
「ダメに決まってんでしょお……? 人様ん家でさぁ〜〜〜〜?」
恐ろしい笑顔の高山愛里朱が撮影スペースの扉をあけて佇んでいた。
「あ、愛里朱……! あれ、チサトは…………?」
「んっ!」
びしり、と親指を下に倒して愛里朱が示した床には、敷かれたタオルケットの上に沈黙した獅紀チサトが転がっていた。
え? まさか……さっきの「ごとんっ」って音、もしかしてチサトが落とされた音……?
「お水飲ませて
「ち、違うぞ社長……!? 俺は無実だ! タレントに手を出してなんかないからな!?」
「えー……? 佐々木っち、さっきまでルキちゃんのこと、大好きだったって言ってたくせにぃ……?♡」
「だ・か・ら、それはタレントとしてだって言っただろうが!?」
「へーぇ? 職場の撮影スペースで愛を紡ぐとは……佐々木さんも大胆ですねえ?」
「もうやだ今日! なんにも制御できない! 脳が破壊される!! 最高にVTuber事務所やってる感あるうっ!! 助けてーっ!!」
そんなこんなで。
暫くわちゃわちゃとやっていた俺たちは、やがて眠りにつくことになった。
「佐々木っち……今日はルキちゃんが添い寝してあげるねぇ……♡」
そう迫るルキだったが、
「アンタは
と妙な気迫で叫んだ愛里朱社長に阻止されていた。
獅紀チサトは気絶したように床に潰れていて、
こうして波乱の『開闢アリス登録者10万人記念祝賀会!』はお開きとなったのだった。
▼
そして翌朝。
「──ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした……ッ!」
健やかな朝日のなか。
獅紀チサトの深々とした土下座から1日が始まる。
「切腹でも斬首でも謹んでお受けする覚悟です。どうぞ御沙汰を」
黒髪を後ろでスポーティにまとめた化粧っけのない高校生のような少女は、真っ赤に赤面して頭を床に擦り付けていた。
「生きろ……」俺は言う。
「チサトちゃん悪くないよ。ぎりぎり悪くないよ」愛里朱も頷いた。
「っていうか、なんで獅紀さんがここに……?」ソウちゃんが困惑する。
「二日酔いで脳が破壊されそうでーす……」ウタちゃんがクラクラとふらつく。
「ぷふふ……♡」多くが初対面の蛇王ルキが口に手をあてて笑う。
「……でだ。まとめると、ルキは本当にただ面白がって俺に会いに来たってことでいいんだな?」
「そーでーすっ♡」
「はぁ……。まあ、何も言わずに出ていった俺も悪かったよ……。ふんぎりが付かなかったが、ぼちぼちオーロラのみんなにも退職の挨拶くらいしないとなあ……」
頭を抱える俺をニヤニヤと笑いながら、ルキは靴を履いて三和土に降り立つ。
ぺこぺこと恥ずかしそうに頭を下げる獅紀チサトも、彼女に続いた。
「……なあ、ルキ」
「んー?」
「本当に、俺に用はないんだよな?」
帰り際。俺の問いかけに、玄関の扉を締めかけていた蛇王ルキが振り向いた。
グリーンのアイシャドウの入った目で俺をまっすぐに見つめる。
やがて、チロリと赤い舌をだして彼女は笑った。
「ぷふふ……。なーにぃ佐々木っちぃ……? 本当は、なにか期待しちゃってた……?♡」
「からかうなよ。……何も無いならいいよ。気をつけて帰れよ」
そしてルキは、悪戯好きな猫のようにも狡猾な蛇のようにも感じられる笑顔で目を細めた。
扉が閉じる間際、ドアの隙間で彼女が囁く。
「……佐々木っちは優しいね。それじゃあね♡ 大好き!」
扉が閉まる。
佇む俺を、高山愛里朱が身をかがめて覗き込んできた。
「どしたの、佐々木さん?」
「……いや。なんでもないよ」
久しぶりに会ったルキの異様な距離感か、表情の感触からか。
何に違和感を覚えたのか、俺は自分でもわからなかった。
▽
「すみませんッ、すみませーんッ! おねーさん、ちょっとイイっすかぁ?」
帰り道だった。
獅紀チサトと別れて駅に歩いていると、軽薄そうな若者に声をかけられた。
「ヘヘ、おねーさんすっごい美人だったから声かけちゃった。いま暇? 俺、今日遊ぶ相手探してんだよね」
ナンパだ。
いかにもなチャラ男な小汚い格好ではなく、眼鏡で塩顔な綺麗め風の男だった。
面倒臭い。人混みを避けて路地裏を選んだことが仇となったみたい。
「すみません。急いでるので」
「えーッ、なにー彼氏ー? あ、分かった。デートでしょー」
先へ進もうとしたら長身で前に回り込んでくる。
足で進路を塞ぎ、キノコみたいな髪型をした顔をぐいと近づけてきた。
「そんなの忘れてさァ、お茶してこーよ。どうせつまんない用事っしょ? 俺のほうが絶対楽しませられっから」
──ああ、くだらねー。
即物的で刹那的。快楽のことしか考えない馬鹿。
まるで自分を見ているようで腹が立つ。
蹴りでも叩き込んで、さっさと行こうか。そう思った直後だった。
がしり、と。
綺麗め風ナンパ男の両肩を背後から大きな手が掴んだ。
「痛っ! んだよ! おい誰……──」
振り向いた男が、目を見開いて固まった。
ナンパ男の肩に指をめり込ませる浅黒い手。
筋骨隆々の肉体に、金のネックレス。
爛々と飛び出た眼球と、ぎらぎらと光る白い歯を剥きだした仮面のような笑顔。
「ははっ!! 若いってのはいいなあ!!」
浅黒い壮年の大男が大声で笑った。
「下半身ばかりに集中しているから、脳みそに血が足りてない!! ははっ!! だから警戒心がなくて、すぐに死んでしまう!!」
「ひっ……」
怯えた声をあげてナンパ男が逃げていった。
さようなら、暇で安全な小者くん。
こんにちは、闇の危険な住人さん。
「ははっ!! 予定より長い滞在だったじゃないか蛇王くん!!」
ぎろり、と大男の眼球が蛇王ルキを見た。
太い腕をルキの肩へ回してぐいと自分に引き寄せる。
「収穫はあったと思っていいのかな!? ははっ!! もしそうなら私は嬉しいんだがね!!」
──闇。暴力。理不尽で比類無き力。
この男は、芸能界の暗部で「闇」の扱いに最も長けてきた人間だ。
そして蛇王ルキにとって、佐々木蒼に代わる新しいよすがでもある。
「ぷふふ……。いーっぱい有りましたよぉ、成果……♡」
蛇王ルキが誘うような表情で大男の胸板に指を這わせた。
蛇のような双眸を細め、チロリと赤い舌を出して笑う。
「佐々木蒼はVドリにいました。他にも貴重でヤバい情報がたぁーっぷり……。ルキちゃん、貴方の役に立てたら嬉しいなぁ…………金城直美さん?♡」
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今回もお読みいただきありがとうございます。
脳が粉々に破壊されないように、優しいものを見たり想像して脳を守りましょう。
もしお忘れの方は第30話をお読みいただければ思い出してみてくださいね。
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