第70話 闇と光



 その後も数名の黒服と遭遇したが、各個撃破に成功した。


「ぐあっ! なんだこいつ!? 女のくせに……………………アッ────!」


「くそっ! なぜか見た目よりパワーあるぞ! 気をつけ……アッ────!」


「畜生! どこが合気だ卑怯者! 思いっきりボクシ…………アッ────!」


「よし! コスプレ合気最強っ!!」

 俺はシュッシュッとシャドー合気をしながら突き進む。

 女だと思って油断している敵のジョー合気こぶしを食らわせ転倒ダウンを奪い、すかさず金的にトドメを刺す。この戦法で一対一の黒服は相手にならない。


「外道だぁ……」


「ああそうだなルキ! タレントを食い物にするなんてこいつらは外道だ!」


 喧嘩が怖いのかな? 若干引いたような蛇王ルキの呟きに応えながら、俺たちは最初にいた地点に戻ってきた。つまりはリビングへと。

 廊下を駆けて、扉を開けた。そして。



 ──目の前に分厚い胸板で立ち塞がっていたのは「」そのものだった。



「ははっ!! 君が佐々木蒼くんだったのか!! まったくしてやられた!! 」



 リビングに立った状態で、その男は待ち構えていた。

 浅黒い肌。筋骨隆々の肉体。

 爛々と飛び出た眼球と、ぎらぎらと光る白い歯を剥きだした仮面のような笑顔。


 交流会の主催者、金城かなしろ直美なおみだ。


「……っ……」

 とんでもない存在感に俺の背後で蛇王ルキが息を飲む。

 さて、最後の難関だ。

 不思議なことに恐ろしさよりも怒りが勝った。俺は冷ややかに口を開く。


「金城。そこをどけよ」


「ははっ!! それはできないな!! 此処でのことを口外されるわけにはいかない!!」

 金城直美はギロリと俺の背後のルキを見た。

「おお!! 蛇王くん!! そんなところで何をしているんだい!! ははっ!! はやく佐々木くんを捕まえたまえ!!」


「……命令しないで。もうお前とは組まない。ルキちゃんは、佐々木っちを選んだから……」


「ははっ!! また裏切りか!! 君は本当にどうしようもない子だなあ!!」


「……っ……」


「そうやって裏切りに裏切りを重ねて!! 『もう二度と、もう二度と』と!! 更生を誓っては失敗して今があるんだろう!? いい加減に学習したまえ!! 君は!! クズなんだ!! 生きているだけで周りに大迷惑をかける異常者なんだよ!!」


「ルキ。聞かなくていい。こんなやつの言葉は──」


「ははっ!! 君がマトモになるのは不可能だ!!」

 金城が悪魔のように歯を剥いて笑う。

「だが安心したまえ!! !! クズにはクズなりに使われ道があるものだ!!」


「黙れ!!」

 俺は叫んだ。

 自分でも驚くほどの声量が出る。

「ベラベラとのたまってくれるが……何様なんだお前? お前に他人の価値を決める権利があるのか? 少なくとも蛇王ルキはオーロラ・プロダクションの序列二位ナンバー・ツーのVライバーだ。ルキの評価は彼女のリスナーたちが担保してくれている。お前みたいな部外者が、好き勝手否定していいタレントじゃないんだよ」


「ははっ!! 私は一応、オーロラの責任者なんだがなあ!!」

 金城が大きく腕を広げて笑った。

「なるほど蛇王くん!! 君はそうしてまた優しい言葉のするほうへ逃げるわけだ!! 卑怯でクズだなあ!! ははははっ!!」


「お前の話は聞きたくない。俺はルキを連れて帰る。そこをどけよ」


「どかないとも!! だが是非、どかせに来たまえ!! 力で我を通すんだ!! この空間にルールは無いのだからな!!」


 ふぅ、と俺は息を吐く。ここが土壇場だ。


 俺にはコスプレ合気があるが、俺の正体に気づいた巨漢に通用する目は薄い。正面突破は非常に困難だ。

 かといって、通信機器が無いから応援も求められない。警察への通報は不可能だ。

 だが、証拠は揃っている。

 金城の罪。ルール違反。「交流会」の会場には、売春防止法違反や強要罪の証拠が山のようにある。法を呼び込めさえすれば、国がこいつを潰してくれるだろう。


 だから、俺の勝利条件は『扉を開けること』。

 初めから変わらない。内側からの禁忌の解放だ。

 それさえできれば『あの策』を────俺の最後の策を、起爆できる。


 ……結局、いちか、ばちかか。


「いくぞ。ルキ。玄関まで辿り着いて、扉を開けるんだ」


「う、うん……。でも……金城をどうするの……?」


 俺は笑った。男の子なら一度は現実で言ってみたい台詞を言えるわけだ。まあ、勝てはしないが──



「こいつは、俺が倒す!」



 俺は手を胸に前に構えて金城に距離を詰める。頼む。……!


「ははっ!!」

 金城直美は堂々と腕を腰にあてたまま、一切動かなかった。くそ、じゃない。


「ちっ──!」

 俺は舌打ちをしながら、助走の勢いを乗せた女装合気殴打パンチを放つ。拳は金城の顎に当たるが、びくともしない。まるでゴム製の柱でも殴ったみたいだ。


 ニッ! と金城直美は白い歯を剥き出すと、俺の肩と胴を掴んだ。押し倒される。そう思ったが違った──


「ふんッ!!」

 金城直美は楽々と俺の身体を持ち上げると、部屋の隅にある食器棚へ俺を思い切り投げつけた。


「うお──っ!?」

 仰天している間もなく、俺は背中から食器棚に叩きつけられる。ガラスが割れ、大きな音を立てて複数の食器が砕け散ったのが分かった。まるで背後から車に轢かれたかのような衝撃に、目の前が白黒と明滅する。

 床に墜落して俺は呻いた。

 俺の視界に、ズン、と大きな靴下が踏み下ろされる。


「ははっ!!」

 金城直美は俺の首を片手で掴み、締め付けながら宙へ持ち上げた。


「ちょ……おい……殺す気か……っ!?」


「ははっ!! もちろん!! 殺す気だとも!!」

 金城直美はギラギラと光る両目で俺を見つめて大笑いする。

「私がルールを守る人間に見えたかい!? ははっ!! 一度しかない人生だ!! 恥は掻き捨て!! 悪行はヤリ捨て!! そうだろう!?」


「……っ、お前……狂ってるぞ……っ!」


「ははっ!! 佐々木くんこそ大概に狂っている!! なぜ君はそこまで他人に優しくあろうとするんだい!!」

 ぎりぎりと俺の首を締め付けながら金城が叫んだ。

「君はキングスで何を体験したんだ!? 崩壊していた事務所のために身を粉にして働いて!! タレントの人生のために己を捧げて!! ははっ!! そうして簡単に解雇クビになった!! それだけだろう!?」


 金城が再び俺を放り投げた。

 今度はリビングの真ん中。そこにあるテーブルに俺は叩きつけられる。

「──がッ…………!」

 テーブルの上で俺は口を大きくあけて喘いだ。肺から空気が絞り出されて息ができない。


「他人に遠慮して何になった!? 金は貯まったか!? 夢は叶ったか!? ははっ!! 結局のところ君は誰を幸せにできたんだ!?」

 金城直美がやってくる。今度は両手で俺の首を持ち上げて締め出した。

 本気で俺を縊死いしさせようとしているのが伝わってくる。

「世の一般人たちは皆そうだ!! 常識に捕らわれ、利他、利他、利他と!! 一度きりの人生を他人に遠慮して生きている!! ははっ!! 勿体なくて仕方が無い!!」


 俺の意識が遠のいた時だった。がしゃん、と金城直美の側頭でガラスが砕けた。


「金城ぉっ! こっちだっ!!」

 蛇王ルキが叫んでいた。

 彼女が投げつけたコップが飛んできて金城の頭にぶつかったのだった。

 ギロリ、と金城の眼球がルキへと向く。


「ははっ!! 元気でよろしい!! でも邪魔だぞ蛇王くん!!」

 金城が俺の首から手を離し、手近な椅子を掴むとルキへ放り投げた。

 悲鳴をあげて身を屈めたルキを掠めて、椅子は壁に衝突して壊れて落ちる。


「……っ、おらぁ……ッ!」

 その隙に俺は金城に殴りかかる。ぺちん、と俺の拳は情けない音を立てて金城の胴体に止められた。駄目だ。効かない。

「はぁ……はぁ……っ……優しくするのは、なんでも何も…………っ、タレントを支えるのが俺たちの仕事だろうが…………!」


「だから!! 支えられていないだろう、と指摘しているんだよ!! 手段を選ぶあまりに目的を成し遂げられていない!! 君は!! 私に負けるじゃないか!!」


 金城直美が俺に拳を放った。

 俺は胴体にそれをもらって後ろに倒れ込んだ。くそ。今のは、──


「私は傍若無人を推奨する!!」

 金城直美は笑いながら俺との距離を詰めてくる。

「暴言のほうが我を通せるものだ!! 暴力のほうが他人を好きに動かせるものだ!! 私のように!! この世は我儘な人間のほうが勝つようにできているのさ!!」


 俺はふらふらと立ち上がった。

 視界が赤い。脳も揺れている。身体が限界を迎えているのが分かった。もう、これが最後だ。ここで、終わる。

 だけど、ここで負けるわけにはいかない。

 闇から光へ。

 ルキの人生はこれからなんだ。


「佐々木くんの潜入は見事だった!! 表の世界ならばまかり通っただろうが、ここは芸能界の闇!! 裏の世界だ!! ご覧の通り!! 勝つのは私だ!!」


 違う。

 画面の裏の世界は、こんな汚いものじゃない。

 俺が憧れた、二次元の舞台裏は、もっともっと輝いているはずだ。


ッ!! それがこの世の『真理』だ!!! はははははははははははは!!!!」

 金城直美の拳が飛ぶ。大きく振りかぶられた、全体重の乗った渾身の一撃だ。俺の心臓を狙った一撃。ああ、これを──



 ──これを、待っていた。



 俺は金城のパンチの手首に掌を添えた。

 金城の怪力と全体重。凶悪な質量を殺さないように


 そう、俺は本気で習ったのだ。

 獅紀チサトの実家は本当の道場。

 そこに通って、叩きこまれた。


 ──覚えられた技は結局ひとつだけ。

 ──大ぶりの一撃しかいなせないけれど。


「……ルールを破っても勝てばいい、だって?」

 ぐん、と俺は体重を前に移動させ金城の懐に滑り込む。

 俺の背中が敵の胸板と接し、俺は、金城直美の拳と力を日本刀のように大上段へ振りかぶるかたちとなる。

「『ルールを守らないと負ける』って、悪ガキに教えてやるのが大人だろうがぁっ!!!」


 次の瞬間、金城直美の巨体が浮いた。


 『四方しほうげ』。回転によって相手の力をいなして飛ばす、合気道の基本技だそうだ。

 リビングのテーブルに頭頂からその巨体が落下する。俺の技は拙いけれど、金城の体重のせいで莫大な衝撃があった。木製のテーブルは大きな音をあげて真っ二つに割れ、金城の身体は宙で激しく振動し、破片ともども全身を床へ叩きつけられる。


「──ッッッ!?!?」


 金城直美の目が今度こそ本当に飛び出たように見えた。白い歯を剥いた口が大きく開かれ、硬直する。

 だが、分かる。

 化け物のこいつには大して効いていない。


「ルキ! 今だ!!」

 俺は必死になって叫んだ。

「扉を開けろ────っ!!」


 頷いた蛇王ルキが、リビングを駆け抜けた。

 廊下に飛び出し、そのまま一気に、玄関の鍵を開いて扉を開けた。


「──………………え………………?」

 蛇王ルキが、驚いて息を飲んだのが分かる。


 驚くのも無理はない。

 闇をよく知った彼女にとって、そこに見えた景色は、あり得ないものなはずだ。


 だって、『彼ら』がこの件で動くはずはないのだ。


 『彼ら』は闇を把握しているのに動けない。

 なぜかといえば、

 芸能界の闇は深い。

 手を突っ込むには手間もかかるし、覚悟と時間が要る。

 『彼ら』が捜査と摘発に、踏ん切る理由はない──


「よく見ろ金城。『闇』がどうだの、強い気でいるんじゃねえ。ほんとに歯止めがきかないのは『光』だろ」


 はやくも起き上がり始めている金城直美に俺は告げた。


 蛇王ルキが見たのは、正義の味方。

 青と紺の見慣れたユニフォーム。

 日常生活で一般人が触れられる、最大にして究極の公共暴力機関──


「これが光の力だ! ばーか!」



 四人の警察官がやって来ていた。

 ぼろぼろのガウン姿の蛇王ルキに目をとめて、はっとしたように駆けてくる。



 床に這いつくばったままその景色を眺めて、金城直美が魂の抜けたような笑い声をあげた。

「ははっ!! ははっ、はは、ははは……? これは……さすがに非道ひどいんじゃないか、佐々木くん…………」


「あなた、大丈夫ですか!」

「お前らァ! 何をしているッ!!」

「動かないでください! 通報を受けて来ました! 売春容疑だ!」

「こちら山吹。応援願います──」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 交流会、これにて決着です。

 脱出の出口に立った彼らがどうなるのか、もう少しだけお付き合いくださいませ。

 蛇王ルキ編のエンディングもまもなくです。


 そして少し執筆に力を使いましたので、明日の更新はもしかするとお休みかもしれません……!

 もしそうなってもご容赦頂けますと幸いです。。。


 執筆の励みになりますので、

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