第69話 ちょっと本気で習ったからね?



「ふぅっ!」

 俺は鋭く息を吐く。


 肝を冷やしたが、ここまでは想定の100倍順調に、作戦コトを運べていた。


 俺が殴り飛ばしたハゲ親父は悲鳴をあげながら床へ転がった。もたもたと上半身を起こして、化け物を見るような目で俺を見る。


「な、なんなんだ君はっ!? 女の力じゃないぞっ! き、君は女の子じゃないのかっ!?」


 反撃をさせないために、俺は渾身の力でハゲ親父の股間を蹴り潰した。

「うるせー! お前が女の子になるんだよ!!」


「アッ─────────────────!」


 ハゲ親父は泡を吹いて沈黙する。よし。一人撃破ワンダウンだ。


「よっしゃあルキ! さっさと脱出するぞ!」


 茶色いウィッグに大きな偽乳をつけた女装コス姿で、蛇王ルキを振り向いた。

 久しぶりにVライバーの衣装ではなく、リアルの人を模した女装をしたが、どんなコスプレでも俺は可愛くなってしまう。困ったものだ。


「佐々木っち……どうして…………」


「どうしてお前を助けるのか、か? どうしても何も、俺は一度もブレてないからな!?」

 俺はルキをまっすぐに見つめながら彼女の手を掴んだ。

「言っただろ? 、ってな!」


「でも……ウチは犯罪者なんだよ……? それに……佐々木っちの新しい居場所を……Vドリをめちゃくちゃにした…………」


「かもな。だが、それ以前にルキは、俺の大切なVライバーだ」

 ルキが息を飲んだ。俺は続ける。

「存在自体が尊い二次元の向こう側の住人なんだよ。クソみたいな現実とは俺が戦ってやる。教え子のお前は、黙って大人に助けられてろ」


 俺は、俯く蛇王ルキの手をひいて部屋から飛び出した。

 後には、痙攣している太ったVIPおやじと、唖然として座り込んだピンク髪の地下アイドルだけが残される。



 ──さあ。ここからが第二ラウンド。正念場だ。



 俺は今日まで、この「交流会」を攻略するためのあらゆる策を講じてきた。

 それらの策が、うまく機能するのを祈るしかない。





 俺の策。

 それは例えば、今朝から始まっていた。

「礼服なんて何年ぶりだよ」と苦笑しながらタキシードに着替えた時からだ。

 俺は窓からまだ青い空を仰ぎ、今日の勝利条件を確認しながら正装を終えると、明るいうちに外出した。


 ──夜の「交流会」にむけて、昼間から俺は何をしていたのか?


 まず向かった先は雷神ヴァオの知り合いの事務所だった。

「必要となりャア、アタシの昔の手下どもも使えるぜェ……?」。ヴァオがそう提案した時に名の挙がったグループの拠点だ。


 制服姿のコスプレに異様にこだわっている暴露系YouTuberグループ『すっぱ抜きサラリーマンズ』。


 俺の作戦に必要不可欠な彼らに協力をとりつけるには、正装タキシードで訪れるしかなかった。


 そして夕方になる。タキシードの着こなしを気に入られ、『すっぱ抜きサラリーマンズ』に協力を快諾してもらった後、俺は自宅に戻って女装コスにとりかかった。


 ヴァオは約束の通りのチケットを入手してくれた。

 すなわち


 フリーランスの配信者であるさいモチーフ系VTuber「轟木とどろきライノ」に「交流会」の正体を教えて、あわや巻き込まれそうだった彼女から、チケットと身分証明証をヴァオは手に入れてくれていた。

 轟木ライノの中の人の容姿に合わせ、俺は女装したわけだ。


 ──そして、潜入は面白いほど上手くいった。


「ようこそいらっしゃいました、轟木さま」

 黒服は俺を疑わずに会場へ通した。電子機器は没収されたが、そんなのは想定内。

 録音や配信による流出なんて、そもそもプランになかった。


 ヒヤヒヤしたのは、迫力満点の金城直美の目力。

 それから、説明中の金城に、黒服がなにやら耳打ちをした時だ。


「どうやら招かれざる客がいるようだ!!」


 勘づかれたのかと気が気でなかったが、金城が告げたのは、予想外の内容だった。


!! ははっ!! その間にVIP!!」


 ──────マジかよ。


 俺は思わず絶句した。、と。


 だって俺はVIP側じゃなくてタレント側にまぎれていたのだ。

 VIPを検査しても俺は見つからない。

 むしろVIPの検査に人手が割かれることで、ルキに接触するハードルがぐっと低くなる。


 神様が味方したのか。

 いや、あるいは…………ルキは俺の変装に気づいていたのではないか?

「いいこと教えてあげるねぇ……VIP側に佐々木蒼が紛れてるよぉ……?♡」

 例えばそんな具合に嘘を伝えて、敵を撹乱してくれたのではないだろうか。

 蛇王ルキが、黒服に何かを耳打ちしていた気もする。

 もしも本当にそうだったとすれば、ルキは、やはり本心では、こんなことはしたくないのだ。

 それは、とても嬉しいことだった。





 そして今に至る。

 俺とルキはぐんぐんと廊下を進み、階段へ向かう。


「ま、待って、佐々木っち……! 逃げるって言っても……! この先には黒服がたくさんいるんだよ……!? それに……バケモノの金城もいる! どうする気!?」


「ああ、それも……────」


 言っているそばから、黒服が立ちはだかってきた。

「ん? お前ら、部屋はどうした? 止まれ!」


 俺は舌打ちしながら、緊張に負けずに敵を睨んだ。

「────それも、前に言っただろ?」


 そう、俺は学習済みなのだ。

 『広場』のボス、たまごっち氏とのいざこざで。

 Vライバーのマネージメントをするには、喧嘩まで強くないといけないと。


 俺は胴の前で構えをとる。

 ふぅ、と呼吸を整えると、数日前の高山愛里朱のスタジオでのルキとの会話が、脳裏に蘇ってきた。


 ──俺、あれからちょっと本気で習ったからね?

 ──当時の噂を聞いたチサトやご家族から、寄ってたかって『合気道』習わされたりさ。


 ──そっか。チサトちゃんのご実家、ガチの道場だっけ。


 ──うん。叩きこまれたもん、合気の極意を。『激流を制するは静水』……ってね……


 ──いや佐々木っち、それたぶん合気道じゃないよ……? 世紀末だよ?



 カッ、と俺は目を見開いた。



「おい! ビッチどもは部屋に戻りやがれ!」

 苛立った黒服が乱暴に俺に手を伸ばしてくる。その動きは、とても遅く見えた。


「ふっ────」

 ぐん、と俺は体重を前に移動させた。黒服の懐に滑り込み、彼の眼前に左のてのひらをつきつける。


「なっ…………!」

 息を飲む黒服に俺は狙いを定めた。


 ──いまこそ、獅紀しき家直伝の修行の成果を見せるとき。

 ──激流を制するは静水。いざ、尋常に──



「うおおおおおじゅうよくごうを制すッ!! 死ねッ、合気殴打パンチッ!!!!」



 鋭く放たれた俺の右ストレートが、黒服のジョーを激しく打ち抜いた。

「がはッ……!?」

 大きく脳を揺さぶられた黒服は、チカチカと視界を明滅させて壁にぶつかる。そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「て、てめ…………」


 俺は駄目押しで、おっぴろげになった黒服の股間を思いきり踏みつける。


「フンッ!!!」


「アッ────────────────!!」

 黒服は〆られる鶏のような声をあげて白目を剥いた。はい。二人撃破ツーダウンね。


「えええええええええええええええええッ!?」


「……ふん。俺の合気道を見たか……」


「合気道じゃない……!! ぜ、ぜんぜん違う!! 柔がなんだって!? めっちゃ剛だったよ!?」

 蛇王ルキが愕然と叫んだ。

「ただのパンチじゃん! ボクシングだ!!」


「がはははははは! 野郎めっ、女だと思って油断したなあ!? さぁ、逃げるぞ! ルキ!!」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 いよいよ決着が近いです。

 潜入時から、佐々木蒼の服装は女装でした。

 二度おいしければ冥利に尽きますので、よろしければ、ぜひ読み返してみてください。

 本職の作家さん達の叙述トリックには遠く及びませんが、こういう仕掛けが好きなのです。。。


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