第56話 それたぶん合気道じゃないよ……?



「佐・々・木・っちぃーーっ!!! 固まるなぁーーーーっ!!」


「ぐおっ!?」


 ──現在。高山愛里朱スタジオ。

 胸元と腹を大きく露出したチューブトップ姿の若い女子。その上からシースルーのジャケットを羽織ったウルフカットのギャルこと蛇王じゃおうルキが俺の肩を掴んで揺さぶった。


「なに黄昏たそがれてんだァーーっ!? ルキちゃんが訊いてるんですけどっ!? どうしてルキちゃんを見捨てて出ていったんだよぉーーっ!?」


「あばばばばばばばばごめごめごめすごめんなさいいいいいいい」

 俺は震度ルキのヤバ地震に耐えながらなんとか言葉を絞り出す。

「ごめんごめんごめん、ごめんって!! 俺だっていきなり解雇クビになって心の整理がつかなかったんだよっ! 通告されてから辞めるまでは、退職が知れたらパニックになるからって緘口令かんこうれいも敷かれてたし……! 言うに言えなかったの! あと心が折れてたから見捨てるとか見捨てないとか考える余裕なかったの!!」


 ばん、とルキが床を叩いた。

「答えになってなァァい!!」


「なってるくなァァァい!?」


 蛇王ルキが鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけて叫んだ。

「だって佐々木さん、ルキちゃんの面倒、一生見るって言ってくれたじゃん!!」


「言って無ッ…………あ、近いこと言ったな……」


「言っただろぉ!? 依存先の話をした時にぃ!!」


 言ったのだった。

 まさに先程まで黄昏れながら回想していた場面のその直後に。


「あはは……。なんだかこうしてルキとばちばちに言い合うのが懐かしくてさ。例の『広場』のボスと渡りをつけた頃の記憶にダイブしちゃってたよ……」


「う゛ッ……そのセツは……マジで大変ご迷惑を…………」

 蛇王ルキが気まずそうに目を逸らした。





 ──オーバードーズでぶっ倒れたルキを病院に届けた後日。

 俺はルキの回復を待って、一緒に『広場』のボスに会いに行ったのだった。


「ボスはね、界隈では『たまごっち』って呼ばれてるの」


 なんともふざけた異名だったが、基本的に『広場』界隈は、KAWAIIとサイケデリックが暴走したキッズの世界なので、妙に納得感があった。

 俺は、願わくばルキと大差ない歳の女の子だとか、若い大学生めいた子が「たまごっち」氏だったらやりやすいなぁと淡い期待を抱いていた。


 そして、ついに相対した「たまごっち」氏は、案の定、ガラの悪い筋肉質なスジ者のオジサンだった。


「少しは名で体を表せよ!?」


 その絶叫が俺の第一声だった。





「あはは。『たまごっち』氏と会った時、一時はどうなることかと思ったけど……。さすが俺、抜群の交渉力によって事なきを得たんだよな!」


「どこがだよ……。佐々木っち、速攻でボスをキレさせてぼこぼこにされてたでしょ……」

 ルキが申し訳なさそうにしょぼしょぼと萎む。

「佐々木っちが強情で……土下座しながら『ルキを解放してあげてくれ〜』ってせがみまくるから……最後は『たまごっち』が根負けしたんじゃん……。怖くて怖くて仕方なかった…………」


 確かに、殴る蹴るされてる俺よりもルキが泣いてたのは印象的だったな。

 粗暴でドエロだけど優しい子なのだ。心が痛むぜ。


 まぁ、なんやかんやがあって、俺たちは無事(?)、ルキの保証人の肩書やら借金やらを『たまごっち』氏から肩代わりすることに成功したのだった。


 もっとも、事後に顛末をオーロラに報告したところ、俺は和寺部長にこっぴどく叱られた。諸々の責任は和寺部長が善意で背負ってくれたので、いま現在、蛇王ルキの親代わりは和寺部長ということになる。


「あれは勉強になったなぁ……。Vライバーのマネージメントをするには、喧嘩まで強くないといけないのかと痛感したよ」


 俺は胴の前で構えをとる。


「俺、あれからちょっと本気で習ったからね? 心配したヴァオが『バリツ』の稽古つけてくれたり、だいぶ後になるけど当時の噂を聞いたチサトやご家族から、寄ってたかって『合気道』習わされたりさ…………」


「……待って、バリツって実在するの……?」

 ルキがつっこんだ。

「それと、そっか、チサトちゃんのご実家、ガチの道場だっけ……」


「うん。そう。叩きこまれたもん、合気の極意を。『激流を制するは静水』……ってね……」


「いや佐々木っち、それたぶん合気道じゃないよ……? 世紀末だよ。引用するならせめて渋川剛気とかさぁ……」


「でだ……。問題の一生面倒見る云々の話がでたのは、その後だったよな?」





「依存先を変えよう」


 ──5年前のオーロラ・プロダクションだ。


 包帯と湿布でミイラみたいになった俺は、ここぞとばかりに健やかなナース系VTuberのコスプレをして、ぷるぷると震えながらルキに提案した。


「ルキが依存をやめるのは無理だろ? それは悪いことじゃない。誰にだっては必要だからな……って、いでででっ!」


 身じろぎするたびに背中の筋が剥がれそうに痛んだ。おのれ「たまごっち」氏め。トランセルのように丸まった俺の背に蹴りを浴びせ続けよって……。


「ふぅ……、えーっと、そう、だ。俺にとってのコスプレや、ヴァオにとっての探偵業みたいに……省いたら人生が成り立たない要素ってのは誰にでもあると思う。問題は、の扱いを間違って誰かに迷惑をかけたり、自分が傷ついたりするのを避けなきゃいけないってことだ」


「うん、分かった……。今度こそ本当に、もう2度と、危ない人たちとはつるまない」

 あれからずっと目を潤ませて腫らしていたルキが言った。

「でも佐々木さん……。ウチ……弱いから……きっとまた……すぐに不安になると思う。そんな時、ウチは…………『蛇王ルキちゃん』は誰をよすがにしたらいいの……? これから先……寂しかったり不安になった時、誰に依存したらいい……?」


 なんだ、そんなことか。

 決まってるじゃないか。



「……そりゃあ、オーロラのVライバーが依存すべき先なんて、ひとつしかないだろ?」



 ルキが俺を見た。

 照れ臭くて、俺は、ふっと苦笑してしまう。

 ルキの顔がみるみる明るくなっていく。


「いい……の…………?」


「ああ。もちろんさ」


「でも……、ウチ……面倒くさいよ……?」


「分かってる。でも大丈夫。なんとかなるよ」


 ぐっ、と唇を噛んで、ルキはまた目を潤ませた。

 感動。安堵。感謝。そんな涙。

 しかしそこには、確かに光が灯っていた。


「……佐々木……さん…………」


 そう。

 遠慮なんていらない──

「ルキはこれから、遠慮なく依存していいんだ──」



蛇社員精鋭リスナーさん達にね!」と俺は笑顔で告げた。

「ありがと! 佐々木!」とルキが泣きながら抱きついてきた。



「…………えっ」

「…………えっ」



 俺とルキが同時に固まって見つめ合う。

 とんでもない行き違いアンジャッ◯ュが発生したことをじわじわと悟り、俺は狼狽した。




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 刃牙ではビスケット・オリバ推しです。


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