第54話 サブカルクソ女
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そうして格好つけた俺は、本当に3ヶ月で彼女のチャンネル登録者数を倍にした。
日に日に増えていく登録者に唖然とし、なんでもすると言ってしまったことに焦りだし、気まずそうにしつつも嬉しそうに輝いていくルキの顔は、とても愛おしくて、今でも良い思い出だ。
そして──
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「はおーー!!」
「は、はおー……ッ……!」
俺はピンク髪で赤いチャイナドレス風衣装を着たVTuberコスで。
赤面しまくったルキは、金髪で青い軍服風衣装を着たVTuberコスで。
誰もいない事務所でカメラに向かって某二人組VTuberのコスプレをして撮影会を敢行した。
「嬉しいいいいいいいい!!! ついに……夢が叶った……っ!」
俺は、ぐっと拳を握りしめた。
「V専門の女装コスプレイヤーとしては、2人組Vの併せをいつかやりたかったんだ……! でもレイヤーの知り合いもいなくてさぁ……演者に頼むわけにもいかなかったからさぁ……! ありがとうなルキ! なんでもお願いを聞くって言ってくれて!! 似合ってるぞ!!!」
「コ、コスプレなんて初めてなんだけど……っ」
ぷるぷると震えながら、真っ赤になったルキは剥き出しになったおなかとおへそを気にしていた。
ぐるぐると視点が定まっていないが、口元は緩んでいた。
「いや……でもこれ……この恥ずかしさ……悪くないかも…………ぷふふふ……へへ……♡」
閑話休題。
私服に着替えた俺たちは事務所で座った。
俺? もちろん俺は中華ドレスのままだ。コスプレは正装なので。
「な? ルキは天才だったろ?」
「くっ……殺せ…………」
「なんで?」
俺とルキは、チャンネル登録者数がリアルタイムで更新されるとあるサイトでファンの増加を一緒に眺めていた。
「登録者13万人だったのが……28.5万人……ほんとに倍以上になってる……」
ルキは驚いたような声でしみじみと言った。
「こんなことある……?」
「ははは、本来は難しいけど、今回は根本的なテコ入れが3つもあったからな!」
「3つも……あったか……?」
「あったさ。まず一つ目。『蛇王ルキ』の性格の路線変更」
俺は人差し指を立てる。指を立てつつ項目に分けての説明は、俺の癖になっている。
「デビュー以来、ルキは『蛇王ルキ』のキャラデザに合わせて、落ち着いたお姉さん路線で活動してたろ?」
「ああ……さすがに、あの綺麗なロングヘアの物憂げなおねーさんの顔面で、素のウチは出しにくかったんでねぇ……」
「うんうん。でも、素のルキはどんな子なんだっけ?」
「淫乱クソビッチ陰キャオタクサブカルクソ女」
「自己紹介でクソが2回もつくことあるんだなぁ」
「あと顔がいい」
「総じて客観視できていてよろしい。そう! ルキはセンシティブな話題にも開けっぴろげに反応できて、アニメとか漫画とかゲームにも造詣が深くて、ネットミームやスラングにも強いだろ? あと顔がいいから、容姿をアピールするのにも慣れてる!」
「なにごとにもポジティブな言い換えってのはあるもんだな……」
「視聴者もヒマじゃないからさ、当たり障りのないVライバーになんか構ってられないわけ」
俺は続ける。
「もちろん穏やかさとか癒しを求めてくるリスナーもいるだろうけど、ルキが演じているだけの『落ち着いたお姉さん』だと、どうしても体重が乗らない。実在感に欠けた、薄味な、属性だけのライバーになってしまっていた」
「まぁ、ウチは別に役者じゃないし……」
「そこでルキにはこの3ヶ月間、素の自分を少しずつ解放してもらってみたわけ! お色気な話題もぶっこむし、リスナーのオタ知識コメに早口で食いつくし、ネットミームでゲラ笑いするし。総じて下品で躁的でインターネットな配信にチューニングしてもらったのさ」
「……いや、本気で泣くほど笑ったときもあって愉しかったけど……。正直かなりヒヤヒヤした」
ルキはベッと舌を出して顔をしかめた。
「嫌われるかも……っていうか、リスナーが求めてるアイドル的なVライバー像とは掛け離れた、ふつうのクソ女に成り下がっちゃうと思ってさ……」
「そう。そこでルキの才能が活きたわけだ!」
「才能……?」
「キャラを演じるより、素のルキのほうが遥かにおもしれー女なんだよ。自己紹介でクソが2回つくやつなんて、そうそう居ないからな!」
俺はびしりと蛇王ルキを指差した。
「ぷふ、はは……褒められてんのかなぁ、それ……」
ルキは照れくさそうとも、喧嘩腰にあたっていた俺への気まずさを紛らわしているともとれる、ささやかな笑い方をした。
漫画キャラが爆笑する時に「ぷぷーっ!」と唾や飲み物を吹き出すマネをしていたら癖になったという、いかにもオタク学生めいた由来の、特徴的な笑い方を素のルキはする。
「残り二つのテコ入れは外部要因だな。一つはオーロラ・プロダクションという事務所自体の
俺は思わず微笑む。
「……オーロラの他のライバーたちによる協力だな。ソラはナンバー・ワンとして箔をつけてくれたし、ヴァオも軽妙な質問でルキの個性を暴いてくれたよな」
「ああ、そうだね。オーロラの連中には凄く助けられた」
「さて、どうだ、約束を守ってくれるか?」
俺は腕を組んで言った。
「危ない子たちと会うのは止めてくれるか?」
「はぁ……。わーったよ。降参降参……」
ルキは深々とため息をついた。
しかしその顔色は以前よりずっと良い。満更でもなさそうだった。
「裏垢もここで削除するよ。……あ、待てよ」
スマホに手を伸ばして、ふと、思いついたような顔をした。
「佐々木さん、画像一枚くらい保存しとくか? あんたのこと気に入ったから、そのくらい許すけど?」
「ルキぃ……? 俺は君のマネージャーだぞぉ……?」
「は、はいはい……さーせんでした……そんな怒んなよ……」
青筋の立った俺の顔を見て、蛇王ルキは狼狽した。
ルキは俺の目の前で、両手で抱えるようにしながらアカウントを削除した。
ウルフカットの粗暴そうな見た目の女の子。
彼女を眺めていた俺は、ふいに微笑んでしまう。
「……それにしても、ルキもやっと、Vライバー『蛇王ルキ』を好きになってくれたみたいだな。嬉しいよ。似合ってるよ、その髪色」
真っ黒だったウルフカットの髪に、いつの間にか緑と黄のメッシュが入っていた。
切れ長の目元にはグリーンのアイシャドウ。
服装も心なしか黒・緑・黄の『蛇王ルキ』色に統一されつつある気がする。
Vライバーとしてのデザインに、さらには仕事に、愛着が湧いているのは見え見えだった。
「べ、別に意識してねーけど……。あ、ありがと…………」
照れくさそうに頬を染めて、ルキは顔を逸らした。
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それ以後のルキの活動は安定していた。
裏垢は宣言通り消えていた。
俺がこっそり繋がっていた新宿の『広場』界隈の男の子からの情報でも、怪しい様子は無かった。
例えばルキが別の裏アカウントを立てているだとか、『広場』を訪れている目撃証言なんかは。
Vライバー・蛇王ルキとしての活動も順調だった。
オーロラのセンシティブ枠としてスタンスを確立していって、登録者もぐんぐん伸びていった。
何もかもひと安心。
俺は、そう思っていた。
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──その半年後くらいだった。
「おい、ルキ。いまどこにいるんだ……!?」
蛇王ルキと連絡がつかなくなったのは。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
淫乱クソビッチ陰キャオタクサブカルクソ女の身にいったい何が……
執筆の励みになりますので、
フォローや★★★、コメントや❤︎で応援いただけますと嬉しいです!
【追記】
2023.09.14現在
累計30万PVを達成いたしました……!!
YouTubeでいえば30万再生……中堅VTuberの大人気「歌ってみた」動画……といった規模感ですね……(小説にぜんぜん当てはまらない指標)。
いつも本作、この物語に付き合ってくださっている皆様に心から感謝申し上げます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします!
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