第53話 ”癒し”系VTuber「蛇王ルキ」の場合



「「ぎゃぁあああああああああああ!!」」


 俺と高山愛里朱が絶叫する。

 2人で連携して、ほっぺのふくらんだ獅紀チサトをトイレに放り込んだ。


「わ、わたしっ、介抱するねっ!?」

 そう叫んで高山愛里朱も一緒に籠る。

 よくできた社長だなあ……。


「はぁ……。こうなったら俺も泊まるしかないかぁ……。人手が必要だし……終電も無いし……」


「ぷふふ……♡ 苦労しますねぇ……♡」

 蛇王ルキが唇に指を添えて笑う。


「おま言う……」


 延々と廊下にいるのもなんだし、俺と蛇王ルキは撮影スペースに移動した。

 生活スペースからもこもこのクッションとタオルケットをいくつか拝借し、壁際に簡易な居住区(?)を作る。


「それにしても久しぶりだなぁ、ルキ」


 俺はクッションに腰掛けつつ、開闢アリス衣装のスカートから伸びるMy生足にタオルケットをかけた。冷えるのは美容の天敵なので。


「元気にしてたか? 心身ともに的な意味で」


「ううんー! バッッッキバキにヘラってるよぉー♡ 月2のメンクリと毎日の向精神薬エビリ◯ァイのお世話になってまぁーす!♡」

 蛇王ルキは舌をチロリと出し、両手で目元にピースを作った。

 この躁的な感じ、ほんと久々だなぁ……。


「さて、やっと二人っきりだしぃ……? ルキちゃん、ちょーっと面倒くさいお話しちゃおっかなぁ」


 ぎくり、と俺の背筋が反射的に強張る。

 蛇王ルキはグリーンのアイシャドウが入った目を見開いて、俺を覗き込んできた。



「──佐々木っちぃ。ぉ?」



 うん。この前職じっかのような不安感。

 本当に懐かしい。


 蛇王ルキは、いわゆる『メンヘラ女子』なのだった。





 Q.メンヘラ女子とはなんですか?


 A.『何らかの精神疾患を抱えている人や、抱えていると思われる人。あるいは精神的に不安定な状態にある人を指す俗称(ネットスラング)。特定の精神疾患を指すわけではなく、意味合いとしては曖昧である』。以上、Wikipediaより引用。



 蛇王ルキは心療内科から処方を受けている立派な患者だったし、その精神状態は常に不安定だったから定義にはバッチリ当てはまる。いや、ぶっちゃけるとVTuberの中の人に『メンヘラ』に当て嵌まらない人間など一人もいないような気もするが……。


 とにかくあの頃のオーロラ時代のルキは運営にも友人達にも不信と怒りを抱いていて心の拠り所を失っていた。今よりもひどく精神的に憔悴し、疲弊し、緊張し、不安定だった。


 要するに、めちゃくちゃに荒れていた。



「……ねぇ、佐々木さぁん。どうやってウチの裏垢うらあか見つけたの?」


 あれは、そうか。いまから5年前も前なのか。


 俺がオーロラ・プロダクションの改革に乗り出したばかりの頃に、今のルキと似たような剣幕で問われたことがあった。

 今と違ってメッシュもアイシャドウもない黒一色だった蛇王ルキが、嫌悪感100%の目で俺を睨みつけながら問い詰めてきたのだった。目つきがキツく、そこそこな迫力があった。


「ルキの友達に教えてもらったんだよ。新宿のな」


「……っ!? はぁっ!? お前……っ、勝手に『広場』まで行ったのかよ……!」


「ルキのためだ」


「ウチのためぇ……?」

 運営の社員をお前呼ばわりした蛇王ルキは、唾するように舌を出して顔をしかめた。

「ウチの半裸見たさに『広場』まで行って、裏垢聞き出したくせに?」


「違う。……ルキ、聞いてくれ。Vライバーとして成功したいなら危ない子たちと連むのはもうやめるんだ。裏垢も、最悪止めはしないが、こんなに簡単にバレるような運用は止そう」


 俺が咎めたのは、ルキがプライベートで勝手に運用していた裏垢──つまり公には『彼女のアカウントである』と明示されていない過激な裏のTwitterアカウントのことだった。


 彼女はそこに、首から下の、匿名性はあれど際どすぎる水着姿や、下着姿、大胆に乱れた私服姿の写真を、繰り返し投稿していた。

 おそらくは不特定多数の男性からの反応をもらって承認欲求を満たすためだけに。


 もちろんそれは「Vライバー・蛇王ルキ」としてではなく、その魂である彼女自身の個人の活動なわけだが、一歩間違えなくてもスキャンダルになりえる事案だ。野放しにはできない。


「佐々木さぁん……あんた変態? 所属タレントのプライベートまで踏み込んで覗いてんじゃねーよ」


「いいや、踏み込むね。ルキがVTuberとして成功を掴みたいと思っている以上は、ルキの人生は俺の人生だ。それが俺のスタンスだ」


「うげぇ……。すんごい台詞。口先だけすぎて吐きそ……」

 蛇王ルキは黒いウルフカットの髪をぐしゃりと握って、舌を出してえずく真似をした。

「……つーか、こんなイメクラみたいな格好した女装マネージャーに裏垢のコトとやかく言われたくないんですけど?」


「いや、それは、まぁ……目を瞑ってくれ」

 俺は、青いメッシュの入ったピンクのロングヘアの、ピンキーでポップでヘップでバーンな美少女VTuberのコスプレをしていた。当時バチバチに推してました。分かる人おる?

「これは俺のスタンスだから……覚悟だから……」


「きしょ……」


「とにかく、選んでくれルキ」

 俺は彼女をまっすぐ見つめて言う。

「Vライバーとして本気で成功したいか? それとも契約解除覚悟で悪い子たちと付き合い続けるか?」


「はぁ……。じゃあ言わせてもらうけど、そもそもこの一年、あんたらはウチに何をしてくれたわけ?」


「…………」

 俺はぐっと押し黙る。


「そりゃあ伸びてーよ。けどよく考えてみな。2期生でデビューしてから丸一年、オーロラはウチになんもしてくれなかったじゃん? なのに今更『本気で成功したいのか』なんてほざかれて、せめてものストレス発散手段の裏垢まで口出されてさ。ウチからしたら正直、ふざけんじゃねー、って感じなんですけど」


「……ああ。本当だな。ルキの言う通りだ。本気じゃなかったのは俺たちのほうだ」

 俺はまっすぐに頭を下げた。

「申し訳ない。俺たちの怠慢だった」


「はっ。頭下げられてもねぇ」


「ルキ。その上で聞かせてくれ。『伸びたいなら伸びたい』。。そこが君の本心なんだな?」


「……まぁね」


「そしてVTuberとして成功できたなら、今の危ない人間関係は断つ。裏垢もやめる。そう約束してくれるか?」


「……まぁ、どこからが危ない人間関係なのかはウチにも線引きさせてもらいたいけど……ウン、いいよ。ウチだって手に入れた成功はみすみす崩したくないし。……どうせウチみたいなのは、普通に社会出ても上手くいきっこないし」


 蛇王ルキはしぶしぶといった風に同意した。

 自分みたいなのが社会で成功するはずない。

 その発言の裏には、想像以上に辛く厳しい現実が存在したのだが、当時の俺に知る由も無かった。


「よし。それじゃあ決まりだな!」

 俺は顔をあげて、ルキに手を差し出した。

「3ヶ月くれ! 3ヶ月以内にルキのファン数を今の倍にするよ。Vライバーとしての未来に希望を待てたら、約束を守ってくれ」


「は? 3ヶ月で倍……?」

 ルキが呆れたように表情を崩した。

「佐々木さん……あんた、分かって言ってる? いまの登録者、ウチが一年間まるまる活動して得た数字だよ。それを、何もしてこなかった無能なあんたが、たった3ヶ月で稼ぐって言ってんの?」


「うん」


「舐めすぎだね……。やっぱりあんた、現場分かってないよ……」

 ルキは、やれやれといった風に首を振った。

 ベッと舌を出して俺を嘲る。

「もし本当に3ヶ月で倍にできたら、約束も守るし、オマケで。可愛い女の子を好き放題にできるチャンスを取りこぼして、せいぜいがっかりしなね」


「マジで?」

 俺は歯を見せて笑んだ。

「やったー」


「はっ。随分と自信があるんだね……」


「ああ。自信満々だよ。絶対にいける。一切の疑いを持ってないくらいだ」

 俺は、にっこり、と綺麗に微笑んだ。

、ね」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 蛇王ルキの性格のビフォーアフター、態度変わりすぎですね。

 いったい何があったのでしょう。


 今回のエピソードには無関係なのですが、「第38話 無限の労働」のコメント欄がFate勢の読者さまによってあまりにも美しく連なっているので、よろしければご覧ください。。。


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