第50話 そして事件が転がり込んで②



 ──夜も更けた頃だった。


「そういえば佐々木さん、この先はどう戦うおつもりなんです?」


 雷神ヴァオが日本酒の入ったコップを片手に訊ねてきた。さっきからそこそこ呑んでいるくせに、顔色はシラフ同然だ。


「この先? 登録者10万人の、その先って話かな。この夜中にずいぶん真面目な話題を振るねえ」


「私も同じV-DREAMERSブイ・ドリーマーズの仲間ですから」

 にこ、とヴァオが微笑んでくる。小ざっぱりした美人は少し笑うだけでサマになる。

「それに佐々木さんだけ素面しらふで退屈なさっていたらいけないと思いまして。佐々木さんは、お仕事の話題がお好きですもんね」


「ヴァオは気遣いができて凄いなぁ……」


「まるでキャバ嬢みたいですか?」

 少し肝の冷える冗談だったが、彼女の容姿があまりに爽やかな大人のお姉さんなので、真意が見えない。少し……いやけっこう怖い。


「ふむ……。退屈なんてことは無いけどさ、うーん、そうだな……」

 俺は烏龍茶を口に含みつつ、お言葉に甘えて仕事の話を聞いてもらうことにした。

「……開闢アリスの成長は完全に軌道に乗ったよ。しばらくはテコ入れもいらないと思う。だから……ここから先はいよいよ『事務所の拡大』を目指すことになるな」


「事務所の拡大かぁ……」

 ほんのり頬を赤らめて高山愛里朱が復唱した。


「うん。『世界一優しいVTuber事務所』を目指すなら、結果的に『世界一の規模のVTuber事務所』を目指すことは避けられない。そのプロセスでは、最後には業界最大手のネオンライブや二零零トゥー・ハンドレッドとも比べられることになるだろうし、その前にはもちろん……」

 俺は少し言い淀んでから続ける。

「……業界第3位になりつつあるオーロラ・プロダクションとも戦うことになるだろうな」


 そう。

 俺の古巣であり、原点であるオーロラとだ。


 まあ、そうは言ってもVTuber業界は、まだまだ成長途中の市場なので、実際には「戦わなければ生き残れない!」なサツバツ・バトルロワイヤルな世界ではなく「みんなで業界を盛り上げようねー! えいえいおー!」といった感じの平和な世界観ではある。

 これはITベンチャー業界としては非常に珍しいことだ。


 でも理念を実現していくには──、世に届けていくには、発言力が必要で。

 いちばん大きなマイクを握れる席は、常にひとつなのだ。


VSバーサスオーロラ・プロダクションかぁ……。佐々木先生がそれをしないといけないっていうのは因果なものやねえ〜〜……」

 黒縁ぐらす先生がお酒を片手に呻く。顔がかなり赤く、眠そうだ。


「仲良くできたら理想だけどね。……それでさ、彼らと渡り合うために必要なものが2つある。ズバリ、『所属VTuberの数』と『権威』だな」


「所属VTuberの数……。たしかに課題ですね」

 斉藤操ソウちゃんが呟いた。

 ソフトドリンクしか飲んでいなかったのにすっかり眠りこけているジェラピケ娘の歌川詩ウタちゃんを膝で寝かせながら、しっかり者のスイッチが入っている。

「所属希望者や、既に佐々木さんが毎週面談をしているライバーさんは何名かいます。ですが、いまだに本所属とできている人はいません」


「いやいやいや、ちなみに先生がなんで所属していないかっていうと、おたくらが断っているからやで……?」

 黒縁ぐらす先生がツッコミを入れた。

「感謝はすんごくしてるんよ? 微力だけども、言ってくれたらいつでも所属するのに……」


「いまだに私の所属についても未発表ですしね」

 雷神ヴァオも言った。

「宣伝に使ってくださってもいいのですよ?」


「ぐらす先生にオファーをしていないのは、まだ俺たちが力不足だからですよ」

 俺は苦笑いして言った。

 優しい事務所を謳うのに、所属者に返せるサービスが少ないのであれば嘘になってしまう。

「ヴァオのことをリリースするにも時期尚早なんだ。……今だったらさ、分かるんだよ。事務所の設立にはんだ」


「ストーリー?」

 と、ぐらす先生が首を傾げる。


「うん。大物VTuberが次々と所属する理由は、『コネ』じゃあだめなんだ。そんな大人の事情じゃ、リスナーたちが感動できないだろ?」


「感動かぁ。うん、ちょっと分かるな……」

 高山愛里朱が苦笑気味に笑んだ。

「親会社が同じだったからーとか、契約の内容が良かったからーとか、そんなビジネスサイドの理由なんて、リスナーからしたら知ったこっちゃないもんねえ。それよりは『あの人気声優(男)が、実質夫婦みたいな別の人気声優(男)が経営する事務所に移籍!』みたいなストーリーがあるほうが、ヒューッ! って盛り上がりやすいし」


「そういうこと」

 と俺は頷く。ところでその男性声優って誰かを意識してたりしない? 気のせい?


「……けど、事務所の設立のストーリーって、どんなのがいいんだろうねえ? わかりやすいのは『アベンジャーズ』とか『インデペンデンス・デイ』的な? 宇宙から敵が攻めてきて、それに対抗するために各国が連携する! みたいな」


「VTuberウォーズ・銀河編か。ウケる〜〜〜〜」

 黒縁ぐらす先生がエヘヘと笑う。

 B級映画感がヤバいなそれ……。


「まあ『宇宙から暗黒面ダークサイドのVTuberが攻めてくる』可能性は低いだろうけど……。団結の理由になれそうなイベントは、いくつかあるよ。その最たるものが、はい、コレ」


 俺はスマホで記事を差し出した。

 そこには黒いゴシック調のホームページに赤い文字で『庭園遊戯ていえんゆうぎ』と表示されている。


「庭園遊戯……?」

 と愛里朱が言った。


「個人勢最強のVTuber、メイベル・レイ=ノスフェラスが不定期で主催している、大型コラボ企画さ。チームVSチームのバトルロワイヤル型ゲームに、大勢のVTuberたちが参戦するイベントだ」

 俺は説明する。

「業界最大手の二大VTuber事務所が参加してくることは稀だけど、オーロラ・プロダクション以下のVTuber事務所はほぼ全員参戦してくるだろう。これに参加するためにチームを集めて、もしも爪痕を残せれば、『人数』も『権威』も手に入る」


 もちろん障壁は多い。

 主催者のメイベルは、ここ一年以内にデビューして急激に頭角を現した謎の活動者だ。

 情報は少ないし連絡の取り方も見つかっていない。

 仮にコンタクトがとれたとしても、参加すること自体にどんな審査やハードルがあるか全く分からないのだ。


「なるほど……。あはは、面白そうじゃんっ!」

 高山愛里朱が不敵に笑った。

 彼女の物怖じの無さというか、なんやかんやで困難を受容してくれるスタンスが、俺には心強い。

 

「だろ? ……と、ここまで話したところで……今日のところはお開きにしようかね」


 見渡せば、いつのまにか、死屍累々だった。


 ジェラピケもこもこ娘のウタちゃんは、とっくにヘソ天の猫状態。

 黒縁ぐらす先生も、いつの間にか机につっぷして黒い塊になっている。

 生真面目メガネっ子のソウちゃんも、お酒が回ったのか、うつらうつらと船を漕いでいた。


「ええ、そうですね。それでは黒縁さんは私がタクシーでお家までお送りします」

 大量の酒を呑んだのに平気な顔をしている雷神ヴァオが立ち上がりながら言った。


「あー、悪いけどお願いしてもいい? 領収書を後でくれれば代金は俺が持つよ。まったく、ヴァオには世話になりっぱなしだな……」


「ふふ。これでも佐々木さんに恩返しはしきれませんから。私で力になれることがあれば何でも言ってください。であれば特に……」

 雷神ヴァオは、にこ、と微笑みを浮かべた。

「それでは、またお会いしましょう。今後もよろしくお願いしますね」


 彼女たちを見送って、部屋を簡単に片付けた。

 ウタちゃんとソウちゃんはキングサイズのベッドに放り投げた。

 多少の乱れはあるが、あとは明日でいいだろう。


「さて、それじゃ、俺も帰るね!」

 コスプレ衣装格納用のキャリーバッグを転がしながら歩き出す。


「えー、泊まっていけばいいのにー!」

 高山愛里朱の声を背に受けながら、俺は玄関へ急いでいく。


 なんで毎回こんなに急いでいるのかといえば、「チームアリスの面々は全員お喋り好きだから捕まると帰れない」のと、「そもそも男性マネージャーが女タレントの部屋に泊まるなんて普通に言語道断だから」だ。


「おつかれさまーーっ!!」

 いつも通り叫んで玄関のドアノブに手を伸ばした。その時だった。


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ──


「……ん?」

 ドアノブが暴れていた。

 ヴァオが忘れ物でもしたのかな?

 そんな気の緩みから、俺はドアを開けてしまった。

 その直後──



「「──うぇえ゛え゛えええええいっっ!!」」



 二人の人間が勢いよく部屋に飛び込んできた。


「うおおおおおおお──ッ!?」

 俺はまともに二人の直撃を受けて廊下に倒れ込んだ。

「ぎゃーーーーーっ!」

 下敷きになり絶叫する。


「さ、佐々木さんっ!?」

 大慌てした高山愛里朱が廊下に駆けてくる。

「ど、どうしたの────って、えっ!? ッ!? ……と、誰ぇっ!?」


 飛び込んできたうち一人は、オーロラ・プロダクション所属の体育会系VTuber・獅紀チサトだった。

 黒髪を後ろでスポーティにまとめた化粧っけのない高校生のような少女。

 おかしいのは、その顔が異常なまでに真っ赤で──、酒臭いことだった。


「えへへ、佐々木まねーじゃーぁ! のんでますかぁっ!?」

 だらーりとした笑顔で、チサトがワンカップを俺に押しつけてくる。

「のめてないならぁ、じぶんがおつぎしますよぉ! えへへへへへ!」


「チサトぉ!? なんでここに……? っていうか、そのテンション何ごと──っ!?」



「──ぷっははははははぁっ! ごめぇん、佐々木っちぃー!♡」



 部屋に転がり込んできたもう一人の女性がケラケラと笑い声を浴びせてきた。


「ちょーっと配信でヤりすぎちゃってぇ……、チサトちゃんに居場所、吐かせちゃいましたぁあん♡」


 俺の身体に跨って舌なめずりをしていたのは、胸元と腹を大きく露出したチューブトップ姿のギャルだった。

 目元に入ったグリーンのアイシャドウ。

 髪に入った緑と黄のメッシュ。

 その容姿は官能的かつ扇情的で──、色っぽいながらも毒々しい。

 悪戯好きな猫のようにも、獲物を狙う蛇のようにも感じられる恍惚の笑顔をしていた。


 その顔を見て俺は驚愕して叫ぶ。

「る、ぃ!? なんで来てんだよぉおおっ!?」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 これにて『開闢アリス』編は、ひとまず完結です!

 気がつけば拙作は10万文字以上も……

 ほんとうに長いお話にお付き合いいただけて感謝しかありません。


 また、明日より少し次編の準備に入ります。

 準備のあいだ更新をおやすみしたり、

 オマケコンテンツや番外編でお茶を濁すかもしれません。

 すぐに本編も再開いたしますので、よろしければ作品や作者をフォローしてお待ちいただけますと嬉しいです。


 勢いで始めた執筆でしたが、いまではたくさんの人にお読みいただけ、お陰様で最後の展開まで(まさに未来を幻視するように漠然とですが……)構想できています。

 今回の話で、いったんの区切りまでだいたい半分くらいは書き終えられたかしらという所感です。


 ぜひ佐々木や愛里朱たち、オーロラやキングスの面々の行き着く先まで、

 お付き合いいただけますと幸いです。







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