第49話 そして事件が転がり込んで①



「「「かんぱーーーーいっ!!」」」



 俺たちは高山愛里朱のスタジオで「開闢アリス登録者10万人記念祝賀会!」を開いていた。


 もこもことした白いカーペット。

 キングサイズのベッド。

 フィギュアやボードゲームが詰め込まれた棚。

 それらが特徴的な女子部屋で、たくさんの女子たちがわいわいがやがやと騒いでいる。絵に書いたような女子会だ。


 ──ん? お前は男じゃないかって?

 ──かわいいやろがい。


「OKぇー。『銀の盾』も申請かんりょーでーす」


「ウタちゃんナイスぅ! 登録者10万人でついに『盾』に手が届いたな! めでたい!」

 下戸げこな俺は烏龍茶をたしなみながら、はしゃいでいた。


 YouTubeは、チャンネル登録者が大台にのるごとに記念品を進呈してくれるのだ。

 10万人で銀の盾。

 100万人で金の盾。

 1000万人でダイヤの再生ボタン。

 5000万人で特注のトロフィー。

 1億人で"レッドダイヤモンド"。


「っていうか佐々木さん、その格好、本当にすごいですね」


「ふふふ。だろ? ソウちゃんよ」

 今日の俺のVTuberコスは他でもない「開闢アリス」のものだった。

 ポーズを決めると、金の長髪と、メルヘンちっくなスカートが翻る。

「きらきらの髪質を再現するのに苦戦したんだぜ?」


「うわァァああああっ! アリスがいるぅぅううううっ!!」

 感涙を撒き散らしながら高山愛里朱が抱きついてくる。

「すごいよぉぉおおおっ! 本物だぁぁあああああああああっ!」


「偽物だが?」

 本物はお前だが?


「てかどうなってんのこの乳!? 地肌っ!? 佐々木さんついに施術いじったのっ!?」


「おい揉むな。これは……『偽乳』だよ。首のリボンのところで付け根を隠してんの。コミケとかで見たことないか?」


「へぇ、とてもリアルですね」

 斎藤操ソウちゃんがおそるおそる指を伸ばしてくる。

「こちらのくびれや太腿もシミひとつ無いですし。お肌はタイツとかですか?」


「ん? これは『自前』だが? 悪いな?」


 そして俺はチーム開闢アリスの3人に殴る蹴るの暴行を受けた。

 女の嫉妬かわいいね。


「それにしても、あっというまに大台に乗られちゃったなァ〜〜……」

 生活スペースの隅。

 ちんまりと体育座りをした黒縁ぐらす先生が、両手で湯呑みのように酎ハイ缶を抱えながら、弱々しく笑っていた。

「先生が面談しにきた時なんかまだ8,000人とかやったよねぇ? 先生、もうとっくに抜かされちゃったよ〜〜、うえ〜〜〜〜ん……」


「いや、いうても先生も絶好調じゃないですか」

 俺は歌川詩ウタちゃんにキャメルクラッチを受けながらツッコミをいれた。

「ラノベの挿絵に引っ張りだこだし、キャラデザ担当されてたラノベ、アニメ化発表されてましたよね? ヒットすると良いですねえ」


「はは、よくご存知で……。ほんまですよ〜〜! 一発大当たりして先生を労働から解放してくれ〜〜〜〜っっ!」


 喚く黒縁ぐらす先生のチャンネル登録者は、現在、51,349名。

 イラストレーターを本業とする身なら「十分」は越えているだろう。


「私までお誘いいただいてしまい、すみません」

 台所から紅茶とお菓子を運びながら、鍬原くわはら春花はるかこと、暴露系VTuber・雷神ヴァオ(の中の人)が、眉を下げながら言った。

 色白な肌。

 短く整えられた金の髪。

 大人な肢体をすらりとセーターに包んで、食器を運ぶ様子は「友情を狂わせる親友の家のお姉さん」という風情がある……。


「なにがすみませんなもんかい。ヴァオはもうVドリ所属の仲間なんだから当然だよ」

 俺は床すれすれの視界からヴァオに語りかけた。

「むしろお茶汲みとか、お構いなくな。この関節技を抜けたら俺がちゃんとやるから」


「ふふ。どうもありがとうございます」


「あはは〜……こ、この方が本当にヴァオ氏なんすね〜〜……?」

 黒縁ぐらす先生が笑顔を引き攣らせた。

 無理もない。

 だってヴァオは一時期、インターネットにその名を轟かせた暴露系だ。

 それにチャンネル登録者も500,000人オーバー。紛うことなき有名人である。

「ほ、本当にあのヤバめなウワサの暴露系の……? な、なんか、イメージと違うな〜〜、なんて……」


「よく言われます」

 にこ、と整った笑みを湛えてヴァオが応じた。


「あれ……。そういえば今日、獅紀しきチサトさんは呼ばなかったんですね?」

 ソウちゃんが顔を上げて言った。


「そりゃあ当然だよ、ソウちゃん。いくら仲が良くてもチサトは違う事務所ハコの所属だ」

 人と人の繋がりや関係値が仕事に影響しがちなエンタメ業界だからこそ、締めるところは締めなければいけないのだ。

「友情と仕事は別! 分別はつけるべきだ!」


「え、呼んだよ?」「呼びましたよ」

 高山愛里朱と雷神ヴァオが言った。


「呼んだんかーい」


「でもチサトさんは今日はルキさんとコラボ配信があるそうで。お越しになるのは無理そうとのことでした」

 雷神ヴァオが頬に手を添えてお淑やかに言った。


「え」

 俺はウタちゃんのキャメルクラッチを食らったまま、言った。

「ルキって……あの……オーロラ・プロダクションの蛇王じゃおうルキ……?」


「ええ。そのルキさんです」


「……マジでぇ…………?」


「チサトちゃん、この前、お誕生日配信やってたもんね。その勢いがついているタイミングだから、張り切っているんじゃない?」

 高山愛里朱が酎ハイをあおりながら言う。


「うーん、心配だなぁ……」


「なに、佐々木さん。何か問題でもあるの? 普通の事務所内コラボじゃん?」


「いやぁ、コラボ自体は喜ばしいことなんだけどさ……相手がちょっとさぁ……」


「相手? なんで?」

 高山愛里朱が眉間にシワを寄せる。


「いや……ルキは……その……性格に"アール"がつくから……」


「あーる……?」


「うん……。”G”か”H”かで言えば”ドH”のね……。あー、大丈夫かなあ……。チサトにはちょっと刺激が強すぎないかなあ……?」


「もー、なんなのっ!? 言うならハッキリ言ってよーっ!」


 もどかしさに前のめりになる愛里朱を雷神ヴァオが「まあまあ」と制止する。


「ところで皆さん、このあたりでスイーツはいかがでしょう。自家製のレモンババロアを作ってみたんです。ご賞味いただけませんか?」


「「「食べるーーーー!!」」」


 女子ズが飛び上がって喜んだ。

 ヴァオ姉さんの元に全員が殺到する。


 賑やかでいいなあ、尊いなあ、なんて俺は油断をしてしまっていた。

 このメンバーを揃えておいて、何事もなく夜が明けるはずなかったのに。


 ──そして事件が転がり込んできたのは、この、だいたい3時間後くらいのことだった。




──────────────────────



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 見た目上、純度100%の女子会ですね。

 なにも間違いはありませんとも。


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです。




【追記】

2023.09.02現在

 本作のフォロワー様が2,000人を突破いたしました!

 2,000人……VTuberのライブ実績のあるハコでいえばZepp OSAKAくらいのキャパですね……すごい人数です……

 更新ごとについてきてくださっている皆様のおかげです。

 いやはや、読者さまから頂けるリアクションがこれほど嬉しく、モチベーションになるとは……「運営」だけでは知れない感情でした。そりゃあライバーさん達も頑張れるわけです。。。

 これからも定期更新をがんばっていきます!


2023.09.04現在

 コメントでご指摘いただき修正を行いました。

 登録者100万人の記念品が誤って「銀の盾」になっていました。。。なぜか銀推しな本作世界のYouTube。。。

 誤字を教えていただきありがとうございます!




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