第43話 主人公系VTuber「開闢アリス」の場合①
▼
「…………」
身じろぎすれば触れるような距離で、高山愛里朱は俺の隣に座っていた。
ふと生活スペースを見ると、ジェラピケ娘・
二人とも寝相が悪い。
妙に絡み合っていて、その様子はまるで──
「あ、あはは、なあ見て愛里朱。あの二人の寝相、遊戯王カードの『ラストバトル!』にそっくりじゃない? もちろんウタちゃんのほうが
「うん……」
俺の渾身のアイスブレイクにも関わらず、愛里朱はうわの空だった。かなしいね。
「……で、どうされたんですか社長……」
俺は諦めて本題に入る。
「…………」
高山愛里朱は少しのあいだ体育座りで、(ちゃんとパジャマの下を履いて)膝を抱いて黙っていた。
やがて、心の内側を整理するかのように、ゆっくりと語り出す。
「……佐々木さんには、やっぱり昔のこと、話しておいたほうがいいかなって思ったの」
「……昔のこと?」
「わたしが、いったいどうして声優を辞めたのか」
あまりにも核心だった。
しかし、俺は自分でも意外なほどに驚かなかった。
突然のカミングアウトにも対応できるのは、踏み込みすぎる俺のマネージメント・スタイルの利点だ。
「……タイミングが来たってことかい?」
「……うん。まあ、そうかな」
高山愛里朱はぎゅっと膝を抱き込んで呟いた。
「悩んでるの。どっちを頑張るべきか」
「どっち、というのは?」
「VTuberとしての活動か、経営者としての仕事か……」
そう呟いて、彼女は少しだけ笑った。
「ううん、違うね。夢か、現実か、かな……」
そして高山愛里朱は──、いや。
「
▽
「わたしが声優になったのはね、キラキラの向こうに憧れたからなの」
──8年前。
高山愛里朱がスカウトされたのは、とある日本の動画投稿サイトの──例の、あの、コメントが右から左に流れていくタイプのプラットフォームの、「超」のつくリアルイベントでのことだったそうだ。
『お願いします。私に、お嬢さんをプロデュースさせてください』
芸能事務所の新人マネージャーだった。
眼鏡をかけた生真面目そうな男性で、パッキリとした七三分けが、12歳の愛里朱にとっては面白かったらしい。
名を
如水氏は、イベント会場の『歌ってみた』ブースで幼いながらに熱唱していた愛里朱の歌声に才を見出した。
「連れ添っていたパパとママが、スカウトに賛成したのか反対したのか、もう覚えてないや」
覚えているのは一つの会話だけだった。
幼く無邪気な少女だった愛里朱は、如水氏にこう尋ねたらしい。
『おじさん、わたしをキラキラの向こうに連れて行ってくれる?』
キラキラ。
輝かしい音。憧れの擬音。
万華鏡のように様々な意味にとれる問いに、しかし如水氏は即答したそうだ。
『ああ。無論だ』
▽
如水氏は、まず、美しい容姿をもつ愛里朱を子役俳優として売り出した。
子役と侮るなかれ、俳優業はYouTubeよりもさらに狭き門だった。
『いいかい、愛里朱。芸能界は社交界だ。まずマナーを覚えたまえ』
芸能事務所に入って最初の頃は毎日がマナー講習漬けだった。
第一印象をより良くするために。
権力をもつ監督に気に入られるために。
勿論、地力をつけるためにダンスと演技のレッスンは欠かさない。
エキストラの出演の機会があれば絶対に出て。
営業の機会があれば絶対に同行させられてコネを作った。
そうやって堅実に名を売り込んでいく如水氏のスタイルに、高山愛里朱は、ある日、こう叫んだ。
『つまんないよ! 来る日も来る日も営業営業営業営業ー! 如水くん、ほんっと、つまんない!』
▼
「解釈一致だ……」
俺は唸った。
「愛里朱、人の努力にそういうこと言う……。アイリス・アイリッシュも、言う……」
「誰が集中力不足じゃい」
「自覚あるじゃねーか」
「マナー講習も役に立ってねえじゃねーか、つってね」
「つってね、じゃねーよ」
さらに言えば、つまらない状況をディスるんじゃなくて、如水さん個人をディスるあたりも、なんか愛里朱らしい。
▽
『つまんない、じゃない……!』
当然、如水氏は呆れ果てた。
『夢だけで飯が食えるか! 現実を見ろ! 子供じゃあるまいし……』
『子どもなんですけどー! 愛里朱、まだ12才の子どもなんですけどー!?』
営業の帰り道。
如水二郎氏が運転する車の中での会話だった。
後部座席に座った愛里朱は、バックミラーに映る如水マネージャーを睨みつけ、むくれて訴えた。
『愛里朱はさー、もっと楽しいことだけで、みんなが笑顔になれるようなことがしたいのー! マナー講師の先生とかさぁ、笑顔も造りものだしー? つまんないよー!』
『またワガママを……! ……だがまあ、参考までに聞いてあげよう。楽しいだけでみんなが笑顔になること……? それは、いったいなんなんだ。愛里朱は何がしたいんだ?」
『歌!』
愛里朱は笑顔で叫んだ。
『あー、ピカキュートみたいにキラキラした世界で生きたいなー!』
『ピカ☆キュート? ああ、テレビ東京系の女児向けアニメ番組か』
如水氏は呟いた。
『……アイドル。いや、アニメか』
▽
数ヶ月後。といっても、車での会話から2〜3ヶ月後だった。
高山愛里朱はアニメに出ることになった。
深夜のオリジナルアニメの主要キャラクターの声優として、如水二郎氏が無理やりねじ込んだのだ。
なんの実績もない、プライドばかり高い新米監督と音響監督に直談判で土下座をし、事務所の上司を口説いて人気声優を持ち出して、
歌唱料が浮くからという理由で主題歌の歌手にも、愛里朱を起用させるというパワープレイをしてみせた。
ハズせば、嘲笑われながらキャリアに傷を残すような大立ち回り。
結果として、原作兼監督を担当した男は、天才だった。
幼女趣味全開のキャラクターデザインとキャスティングに対し、サディスティックすぎる悲劇を描ききってアニメは大成功。
同時に主題歌や、その歌手兼声優であった『アイリス・アイリッシュ』の名も、たちどころに世の知るところとなった。
『よし! ヒットだ……!』
如水二郎氏は事務所で大声をあげていたという。
『やったね如水くんっ!』
幼い高山愛里朱も、これには素直に大喜びだったらしい。
『いま、愛里朱の世界、とってもキラキラしてるよ! 如水くん、大好きっ! ほんとうにありがとうっ!』
『ああ。まだ序の口だ。このまま行こう。君が目指すキラキラの遥か向こうへ──!』
如水二郎氏は、エピソードを聞く限り非常に優秀かつ親身なマネージャーだったようだ。
──だから。
この後に彼が体験していく
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今回もお読みいただきありがとうございます。
いつか書きたかった高山愛里朱の過去話です。
どうかお付き合いくださいませ……
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