第43話 主人公系VTuber「開闢アリス」の場合①



「…………」


 身じろぎすれば触れるような距離で、高山愛里朱は俺の隣に座っていた。


 ふと生活スペースを見ると、ジェラピケ娘・歌川うたがわうたも、クールビューティ・斉藤さいとうみさおも、ぐっすりと眠っている。

 二人とも寝相が悪い。

 妙に絡み合っていて、その様子はまるで──


「あ、あはは、なあ見て愛里朱。あの二人の寝相、遊戯王カードの『ラストバトル!』にそっくりじゃない? もちろんウタちゃんのほうが火之迦具土ヒノカグツチで……ソウちゃんのほうが、ほら……」


「うん……」

 俺の渾身のアイスブレイクにも関わらず、愛里朱はうわの空だった。かなしいね。


「……で、どうされたんですか社長……」

 俺は諦めて本題に入る。


「…………」

 高山愛里朱は少しのあいだ体育座りで、(ちゃんとパジャマの下を履いて)膝を抱いて黙っていた。

 やがて、心の内側を整理するかのように、ゆっくりと語り出す。

「……佐々木さんには、やっぱり昔のこと、話しておいたほうがいいかなって思ったの」


「……昔のこと?」


「わたしが、いったいどうして声優を辞めたのか」


 あまりにも核心だった。

 しかし、俺は自分でも意外なほどに驚かなかった。

 突然のカミングアウトにも対応できるのは、踏み込みすぎる俺のマネージメント・スタイルの利点だ。


「……タイミングが来たってことかい?」


「……うん。まあ、そうかな」

 高山愛里朱はぎゅっと膝を抱き込んで呟いた。

「悩んでるの。どっちを頑張るべきか」


「どっち、というのは?」


「VTuberとしての活動か、経営者としての仕事か……」

 そう呟いて、彼女は少しだけ笑った。

「ううん、違うね。か、か、かな……」


 そして高山愛里朱は──、いや。


 「バーチャル」と「現実リアル」のあいだ、『白昼夢の王国デイ・ドリーム』を往く冒険少女。

 開闢かいびゃくアリスは語りだした。





「わたしが声優になったのはね、キラキラの向こうに憧れたからなの」



 ──8年前。

 高山愛里朱がスカウトされたのは、とある日本の動画投稿サイトの──例の、あの、コメントが右から左に流れていくタイプのプラットフォームの、「超」のつくリアルイベントでのことだったそうだ。


『お願いします。私に、お嬢さんをプロデュースさせてください』


 芸能事務所の新人マネージャーだった。

 眼鏡をかけた生真面目そうな男性で、パッキリとした七三分けが、12歳の愛里朱にとっては面白かったらしい。


 名を如水じょすい二郎じろう

 如水氏は、イベント会場の『歌ってみた』ブースで幼いながらに熱唱していた愛里朱の歌声に才を見出した。


「連れ添っていたパパとママが、スカウトに賛成したのか反対したのか、もう覚えてないや」


 覚えているのは一つの会話だけだった。

 幼く無邪気な少女だった愛里朱は、如水氏にこう尋ねたらしい。


『おじさん、わたしをキラキラの向こうに連れて行ってくれる?』


 キラキラ。

 輝かしい音。憧れの擬音。

 万華鏡のように様々な意味にとれる問いに、しかし如水氏は即答したそうだ。


『ああ。無論だ』





 如水氏は、まず、美しい容姿をもつ愛里朱を子役俳優として売り出した。

 子役と侮るなかれ、俳優業はYouTubeよりもさらに狭き門だった。


『いいかい、愛里朱。芸能界は社交界だ。まずマナーを覚えたまえ』


 芸能事務所に入って最初の頃は毎日がマナー講習漬けだった。


 第一印象をより良くするために。

 権力をもつ監督に気に入られるために。

 勿論、地力をつけるためにダンスと演技のレッスンは欠かさない。

 エキストラの出演の機会があれば絶対に出て。

 営業の機会があれば絶対に同行させられてコネを作った。


 そうやって堅実に名を売り込んでいく如水氏のスタイルに、高山愛里朱は、ある日、こう叫んだ。


『つまんないよ! 来る日も来る日も営業営業営業営業ー! 如水くん、ほんっと、つまんない!』





「解釈一致だ……」

 俺は唸った。

「愛里朱、人の努力にそういうこと言う……。アイリス・アイリッシュも、言う……」


「誰が集中力不足じゃい」


「自覚あるじゃねーか」


「マナー講習も役に立ってねえじゃねーか、つってね」


「つってね、じゃねーよ」

 さらに言えば、つまらない状況をディスるんじゃなくて、如水さん個人をディスるあたりも、なんか愛里朱らしい。





『つまんない、じゃない……!』

 当然、如水氏は呆れ果てた。

『夢だけで飯が食えるか! 現実を見ろ! 子供じゃあるまいし……』


『子どもなんですけどー! 愛里朱、まだ12才の子どもなんですけどー!?』


 営業の帰り道。

 如水二郎氏が運転する車の中での会話だった。

 後部座席に座った愛里朱は、バックミラーに映る如水マネージャーを睨みつけ、むくれて訴えた。


『愛里朱はさー、もっと楽しいことだけで、みんなが笑顔になれるようなことがしたいのー! マナー講師の先生とかさぁ、笑顔も造りものだしー? つまんないよー!』


『またワガママを……! ……だがまあ、参考までに聞いてあげよう。楽しいだけでみんなが笑顔になること……? それは、いったいなんなんだ。愛里朱は何がしたいんだ?」


『歌!』

 愛里朱は笑顔で叫んだ。

『あー、ピカキュートみたいにキラキラした世界で生きたいなー!』


『ピカ☆キュート? ああ、テレビ東京系の女児向けアニメ番組か』

 如水氏は呟いた。

『……アイドル。いや、か』





 数ヶ月後。といっても、車での会話から2〜3ヶ月後だった。


 高山愛里朱はアニメに出ることになった。


 深夜のオリジナルアニメの主要キャラクターの声優として、如水二郎氏が無理やりねじ込んだのだ。


 なんの実績もない、プライドばかり高い新米監督と音響監督に直談判で土下座をし、事務所の上司を口説いて人気声優を持ち出して、交換条件バーターとして未経験者である高山愛里朱を抜擢させたのだ。

 歌唱料が浮くからという理由で主題歌の歌手にも、愛里朱を起用させるというパワープレイをしてみせた。


 ハズせば、嘲笑われながらキャリアに傷を残すような大立ち回り。


 結果として、原作兼監督を担当した男は、天才だった。


 幼女趣味全開のキャラクターデザインとキャスティングに対し、サディスティックすぎる悲劇を描ききってアニメは大成功。

 同時に主題歌や、その歌手兼声優であった『アイリス・アイリッシュ』の名も、たちどころに世の知るところとなった。


『よし! ヒットだ……!』

 如水二郎氏は事務所で大声をあげていたという。


『やったね如水くんっ!』

 幼い高山愛里朱も、これには素直に大喜びだったらしい。

『いま、愛里朱の世界、とってもキラキラしてるよ! 如水くん、大好きっ! ほんとうにありがとうっ!』


『ああ。まだ序の口だ。このまま行こう。君が目指すキラキラの遥か向こうへ──!』


 如水二郎氏は、エピソードを聞く限り非常に優秀かつ親身なマネージャーだったようだ。

 戯言たわごとでしかないような子どものワガママにも耳を傾け、結果として成果を出していったのだから。


 ──だから。

 この後に彼が体験していく凋落ちょうらくは、運が悪かったとしか、言いようがないのだろう。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 いつか書きたかった高山愛里朱の過去話です。

 どうかお付き合いくださいませ……


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