第40話 大革命!②



 ──革命4日目、登録者数8,100名。


「……そんなわけで、『歌ってみた』用のイラストを相談できませんかね?」

 予定にあった打ち合わせの終わり際、俺はPC画面の向こうの相手に交渉してみた。


「あはは……もちろん、いいんですよ。こっちはそれが本業なので〜〜」


 オンライン打ち合わせツール「zoomズーム」の画面の向こうで、茶色くて厚めのボブカットの文学作家風の女性が、へにゃへにゃと笑った。

 絵師系VTuber・黒縁ぐらす先生だ。


「そんな恐縮しなくても、佐々木さん達にはお世話になってるんですから、もっと友達感覚で頼んでくれてもええのに……」


「いやいや、発注側は気を遣うものですよ。そもそも、ぐらす先生は人気イラストレーターなのでスケジュールもあるでしょうし」


「はーーお優し〜〜〜〜っ。安心してください。これでも私、筆、早いんですよ……」

 真っ黒くて太い縁の大きなメガネをいじりながら、ぐらす先生は笑う。

「内容は了解しました。発注文もわかりやすくて助かりますわ……。そいじゃ今日中に仕上げてあげて送りますね〜〜。旬な曲なら早いほうでいいでしょうから〜〜」


「今日中っ!? マジですかっ!? ぐらす先生、最高です……!」




 ──革命5日目、登録者数8,115名。


「ほーい、動画完成ぇーー」


「「はやーいっ!! 説明不要っ!!」」


 歌川詩ことウタちゃんの巧みなアフターエフェクト編集ソフトさばきで、瞬く間にミュージックMビデオVが完成した。

 高山愛里朱と俺はそろって歓声をあげる。


「しかも格好良いっ! やっぱりすごいねーウタちゃんはっ!」

「編集ソフト触り出して1年経ってないんだろ……? これ一本で食べていけるレベルだな……」


「褒められて恐縮でーす」


「よし。それじゃ『強風』のほうは明日さっそく投稿しよう。もう片方は焦らず来週かな」

 俺はPCでカレンダーを開きながら計画を練る。

「今週は突発の準備でぐらす先生にもウタちゃんにも迷惑かけちゃったから、次から予定をしっかり考えていこう。仮定を立てる、準備する、投稿する! この三拍子を続けてバズを待つぞ!」


「おーっ!」「うぇーい」

 高山愛里朱と歌川詩が、手を上げて応じた。


「んじゃ、俺は帰るね!」

 コスプレ衣装格納用のキャリーバッグを転がしながら歩き出す。

「おつかれっ!!」


「「泊まっていけばいいのにー!」」

 愛里朱とウタちゃんの声を背に受けながら、俺は玄関へと消えていく。





 ──革命13日目、登録者数11,226名。


 俺たちは、まじまじとTwitterを覗き込んでいた。



【くっそおもろいwww】

【ちょ、このVTuberのショート動画ヤバいんけど。笑WWW】

【すげえ】【声だしてワロタ】【草ァ!】

【速報:Vさんの声帯、人間を超越してしまう。】

【なにかと思ったらアリスちゃんじゃん!】【couクー!?】



「……ほ、ほんとにバズった……」

 スマートフォンでYouTubeとTwitterを交互に眺めながら、"ソウちゃん"こと、「チーム開闢アリス」の外交担当の斎藤さいとうみさおが、ごくりと喉を鳴らしつつ呟いた。

「チャンネル登録者、1万超えたね……」


「YouTubeで視聴されるだけじゃなくTwitterで話題にもなってる。完璧だ!」

 俺は頷いた。

 衣装は久しぶりの、悪の秘密結社のツノの生えたちびっこ総統VTuberだ。刮目刮目。

「バズるまでに投稿したショート動画の数は……2週間で40本ってところか。まあ、多くもなく少なくもない。妥当かな!」


「これで多くも少なくも無いんですか? 私、てっきり多過ぎるくらいなのかと……」


「甘いぜソウちゃん。TikTokerみたいなショート動画の本職たちなら、1日に15本以上投稿するのだってザラなんだぜ? 40本でバズれたらラッキーだよ」


「……バズったのは嬉しいんだけどさぁ……」

 高山愛里朱が複雑そうな表情で、そのバズ動画をスマホで再生した。


 ──タイトルは『【比較あり】ホラー実況中に声帯が「第6の使徒・ラ◯エル」の鳴き声になる女性VTuber【悲鳴】』だ。



 ショート動画のなかで開闢アリスがびくびくとプレイしている。

 PCでホラーゲームを実況している配信の、切り抜きだった。

『ねぇ。ちょっと……この廊下大丈夫だよね……? さっきの腐ったバケモノとか来ないよね……? あの見た目ほんとに無理でさぁ……。……あ、もう出ないんだ……? ……あー、良かったぁ、ありがとねリスナーさんたち……信じるよ……? ドア開けまー◎゛△$♪×¥●゛&゛%゛#ليس عليك أن تهتم بالترجمة.هذه اللعبة مخيفة جدا──ッッッ?!』



「何度聞いても金属音だなぁ」

 俺は感動する。

「すごいやあ」


「──ねええええなんでこんな動画がバズるのっ!? すっっっごく恥ずかしいんだけどっ!?」

 高山愛里朱が、絶叫する自分が写っているスマホを赤面しながらクッションに叩きつけた。

「ホラゲでガチでびびってるのも恥ずかしいしっ! リスナーに騙されてるのも情けないしっ!! 声が素で人間じゃないのもツラすぎるんだけどっ!? なんでみんなこんなの好きなのっ!? ひどくないっ!?!?」


「オタクが好きな要素しかないじゃん。そんなの」

 と斉藤操が冷静に述べる。


「定期的にバズるんだよなぁ、人間卒業してるボイスシリーズ。使徒は鉄板だよ」

 と俺も頷く。


「だとしてもだよっ!?」


「まあまあ。これでようやくYouTubeのレコメンドに載れたな!」

 俺は萌え袖で拍手をした。

YouTube? この問いへの初歩的な解答はこうだ。『がんばってYouTubeのレコメンドおすすめに掲載されろ』」


「そのために、この恥ずかしい絶叫動画が必要だったってこと……?」


Exactlyイグザクトリー(その通りでございます)

 俺は愛里朱にお辞儀をする。

「YouTubeはどうやってレコメンドする動画を決めているのか? なのさ。つまり『ラミ◯ル』とか『女性VTuber 悲鳴』とか、できるだけ多くのそれっぽいワードをタイトルに入れ込む必要があったわけだな」


 『スーパー・バズマシーン☆佐々木くんズ方程式』はこういうノウハウの集合体だ。


「さて、火はつけられたから、次はリスナーからの印象のコントロールだな。このままだとアリスは人間ラ◯エル素材として一生を終えることになる。ネタ枠から抜け出すことが不可能になってしまうからな」


「いやすぎる……」


「あらためてフィザクロ実況と、もう少し感動要素のあるホラーゲーム実況に力をいれるのがわかりやすいかもね。ショートからネタ系VTuberだと思って観に来た新規さんに、アリスの涙あり笑あり感動ありなパフォーマンスを見せてあげよう!」


「はは……なんだか何もかも佐々木さんの手の平の上みたいで怖いけど……」

 高山愛里朱は、苦笑しながらも、まんざらでもなさそうだった。

「いーよ。とことんやろっ! 配信で魅せるのは任せなさーいっ!」





 それから開闢アリスは、数日にわたって長時間のゲーム実況を繰り返していった。


 新規のリスナーさん達も、どんどん彼女の「フルボイス実況」の虜になっていく。

 チャンネル登録者数は日に2,000〜4,000名のペースで伸び続けて──


 ──革命17日目。

 開闢アリスのチャンネル登録者は、23,598名にまで到達した。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 1日に3,000名ペースの伸びは、まさに、日本にバーチャルYouTuberが誕生した頃のトップ層の伸び率をベースにしています。懐かしい時代です。


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