第39話 大革命!①



 とある日の早朝。午前5時を回った頃。


 大手タレント事務所『キングス・エンターテインメント』。

 窓から差し込む朝日に薄青く染め上げられた、オーロラ・プロダクションの事務室だった。


「…………」

 いつもは王社長の傍らに侍っている眼鏡の秘書が「朝食」をとりながらPCを操作していた。


 社員たちが出社してくる前に、取締役会に向けて自社や他社のVライバーたちの登録者数の遷移をまとめるつもりであった。

 彼は若手時代からのルーティーンである「朝食」──ブルーベリージャム入りの大量のマシュマロをちぎっては口に詰め込み、ミルクで流し込みながら、データを精査している。


「………………ん……?」

 秘書は眼鏡を押し上げながら唸った。

 効率化されたアナリティクス・ツール。そこに表示されたデータに目を疑った。

「──これは……そんな馬鹿な…………」


 思わずマシュマロを取り落とした。


 ──あり得ない。こんな……

 ──こんな、数字の上昇の仕方が、あるのか……──?





「「よっしゃッ、やるぞぉーーーー!!」」


 俺と愛里朱ありすは雄叫びをあげた。

 VTuber業界に旋風を巻き起こす(くらいの心意気の)大革命が幕を開けたのだ!



 ──革命1日目、登録者8,000名。


「さて、まずはこいつの実践からいこう! やれそうか?」

 俺は作り上げた渾身の『新人VTuberでも超高確率でバズれるネタ100選』から、開闢かいびゃくアリスにふさわしいネタをピックアップした。


「やれるかって? 誰に言ってるのさっ!」

 愛里朱はリストに目を走らせるなり3Dモーションキャプチャー用の装備を身につけた。

「録るのは任せて! 愛里朱、天才なんでねっ! へへっ! ぶいぶい!」


「テンション高いし頼りになるな! じゃ、俺はソウちゃんと営業に行ってくるよ」

 俺は、玄関で凛々しい真顔と謎のピースサインで待っている斉藤さいとうみさおに合図をして歩き出す。

「あとは任せたぞ愛里朱っ!」


「行ってらっしゃい! って、えっ、佐々木さんっ!? 『皇女』の格好のまま行くの!? 逮捕されないかなっ!?」



 ──革命2日目、登録者8,050名。


「よし。『100選』からYouTube Shorts用の動画を何本か作れたな。投稿は今晩から開始していくとして……結果を待つあいだに他の種を撒いておこうか!」


 ひとつのネタでバズれるほどYouTubeは甘くない。

 「これが面白くないはずがない!」という自信をともなった百発百中の仮説を、百発打って、やっと一中するのがエンタメ業界だ。


「うーん。Shorts用の動画だとギャグ系が多かったから、ちょっと格好つくのがいいなぁ」

 高山愛里朱は指を顎にあてて唸り、あっ、と声を上げた。

「ここはやっぱり『歌』でどうかなっ! 最近のボカロ曲で好きなのがたくさんあるんだよねー!」


 がたっ、と俺は身を乗り出す。

「アイリス・アイリッシュがDEC◯*27を歌ってくれる世界線があるのかッ!?!??!!!?」


「公私混同が過ぎるなあ?」

 高山愛里朱は苦笑を浮かべた。

「じゃあ次の動画は『歌ってみた』にしよっ! 曲はもちろん──」

 ぐっと拳を握りしめて。

「『強◯オールバック』からいきますっ!」


「DEC◯*27はッ!?!?」

 やってくれないの!?



 ──革命3日目、登録者数8,075名。


「おはよう佐々木さんっ! って、うわーっ!? 今日は生徒会長のコスじゃんっ! JK制服かわいい! どうするっ、仕事前に『ムカデ人間』観るっ!?」


「朝から最悪な気分になる気か?」

 黒髪ロングJKである俺は全力で首を振る。


「あっ、昨日ね、さっそくレコーディングしといたよっ! 撮影スペースが防音だとほんと楽だねぇ」

 廊下を歩きながら高山愛里朱が笑う。

「『強風オール◯ック』と、お望み通りDECO◯27さんの『ヴァンパ◯ア』も録ったよっ!」


「っ!? お、推しが……俺のリクエスト聞いてくれた……っ!?」

 俺は一見清楚なJL制服姿で崩れ落ちた。


「あはは、泣いてる場合じゃないよー。さて、『歌みた』投稿ではこの子に活躍してもらいますっ!」


 高山愛里朱が手で示した先。

 生活スペースに桃色の髪をした女の子が座っていた。


「きりーつ、きをつけーぇ」

 クッションから立ち上がったのは、ジェラピケgelato piqueのパジャマを着た夢カワもこもこ女子だった。

 気だるげな垂れ目。ピンクのショートボブ。

 首にヘッドホン。敬礼のポーズ。

「歌川詩。19才、学生です。なんでもできるエンジニアでーす」


「エンジニア? Unityユニティ使いか?」


「ううん。ウタちゃんはね、んだよっ! こんなふわふわっとした原宿の綿アメみたいな見た目なのに、勉強が趣味だし、呑み込みが早すぎるの」


 高山愛里朱は胸を張った。

 後に聞くに、愛里朱・詩・操は幼馴染らしい。

 仲が良くていいね。


「ということで、歌のMIXは、わたしの同居人であるウタちゃんにお願いしちゃいます。明日には曲は仕上がると思う。動画編集はわたしもウタちゃんもできるけど……イラストはどうしようかなあ」


「ああ。イラストなら、ほら、心強い仲間がいるだろ?」

 俺はニヤリと笑った。




 ──この時の開闢アリスのチャンネル登録者増加ペースは、まだ1日に10〜50人くらいだった。


 これは、やがて増加ペースが数百倍になるまでの、わずか1ヶ月強のあいだの記録だ。




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 今回もお読みいただきありがとうございます。


 読者の皆様、好きなボカロ曲はありますか……

 私は今も昔もカゲ●ロ推しです。。。


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです!!!



【追記】

2023.08.24現在

累計PV数が20万回を突破いたしました……!

継続して読んでくださっている皆様のお陰です。

いつも励まされています。。

これからもご声援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

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