第38話 無限の労働



「──凄かったよ」


 開闢かいびゃくアリスこと高山たかやま愛里朱ありすの配信が終わった後。

 俺は彼女にしみじみと伝えた。


「正直びびったね。君クラスの声優が実況すると、ノベルゲームでもアニメみたいな感動を出せるんだな。そりゃあ視聴者満足度が高くて、『チャンネル登録者のほとんどが常連リスナー』なんていう異常事態が起きるわけだ。君が仲間なのが心強いし、こんなに凄いフリーランスを見つけられていなかったのが、VTuber業界人として悔しいね」


「あははっ! なーに佐々木さん、めっちゃ褒めてくれるじゃんっ!」

 高山愛里朱が汗をタオルで拭いながら、にこーっと目を細めて笑った。


「本心だよ。ただ、気になったこともあった」

 俺は正直に言った。

「君は開闢アリスの声を、わざとアイリス・アイリッシュの声色から離しているよな? アリスアイリスだと知っている俺だから分かったが、そうじゃなければ推定もできないレベルで別人だった。……いったいなぜなんだ?」


「なぜって……配信者にそれ聞くかなぁ? そりゃー、身バレしたくないからに決まってるじゃん?」


「違う。そうまでして身バレしたくない理由を聞いているんだよ。これはファンとしてじゃなく、プロデューサーとしてだし、君のマネージャーとしての質問だ」


 本来、過去の栄光というのは配信者にとってはプラスなはずだ。

 それを徹底的に伏せるのには何か理由があるはずだった。


「…………」


「愛里朱。君はいったい、どうして声優を辞めたんだい?」

 俺は核心に迫った。

「なぜ、そんなにもアイリス・アイリッシュから距離をとって戦おうとするんだ? VTuberという迂遠な手段をとってまで?」


 高山愛里朱は艶やかな金髪をタオルで拭きながら、微笑みを湛えて俺を見ている。

 そして一瞬、自分の過去に思いを馳せるかのように目を閉じて──


「ふふ」

 口元を緩めて、呟いた。

「ごめんね。もうちょっと待ってほしいな。いまはまだ言えないや」


「…………」


「言えない理由だけ教えておくね。今のわたしは、だよ。辞めた理由を口にしたら、覚悟が揺らいじゃいそうなんだ」


 深夜の撮影スペースに沈黙がおりた。

 時計の音もない無音のなかで、俺は、やがて息を吐いた。


「……そうか。分かったよ」

 俺は首を振って苦笑した。

「悪いな。踏み込みすぎた。無理に聞こうとはしないから安心してくれ」


「……ありがと、佐々木さん」


 高山愛里朱の真面目な声色、真剣な感謝が妙にくすぐったくて、俺は不自然に明るい声をあげながら、手を叩いた。


「さて! 配信も見せてもらったし、プロデュースの話に移るか! 端的に言って、こんなハイレベルな配信ができているのに登録者が1万人を超えていないのはおかしい! 商品に問題がないなら、問題はそれ以外にあるってことだ」

 題材の選び方を含むマーケティング。

 メディアや企業への営業。

 SNS運用の最適化や、エトセトラ。

「盤外戦術といこう。俺のターンだ。アイデアは無限にあるから次々とぶつけてやるよ。無理なものがあったら遠慮なく言ってくれ」


 全身に力がみなぎるのが分かる。

 腕が鳴るというやつだ。

 並の演者にだったら音をあげさせてしまうくらいのモチベーションが今の俺には満ちている。

 だから──


「……愛里朱」

 だから俺は、オタクとして、パートナーとして、全力を解放することを彼女に伝えた。

「──ついて来れるか?」


「…………っ!」

 高山愛里朱が目を輝かせる。

 彼女もオタクだ。しっかりネタが伝わったらしかった。


「──ついて来れるか、じゃねえ」

 そして彼女は、ガッツポーズのように腕を上げて高らかに叫んだ。

「てめえの方こそ、ついてきやがれ───!!」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 エピソードの題名は「アンリミテッド・ワークス」と読みます。。。


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