第37話 白昼夢の王国を往く冒険少女②



 一瞬の間。


「『……え?』」

 ゲームキャラとアリスの反応が一体化していた。


 虚をつかれた。唖然。そして恐怖だ。


「『一連の儀式。学園で起きたあらゆる「至福」をコーディネートしたのは私ではありません。私は、あくまで右腕。彼女の助手。助任司祭でしかありません』」

 ゲームの敵役アストヒクが、アリスの声帯を借りて恍惚と言った。

「『この祝祭を司る献身者──』

『真なる"フィザニスの巫女"は彼女なのです』」


 コツ、コツ、とSEが鳴る。


「足音だ。え、ちょっと待って、このシルエット──」

 画面のエトワと、開闢アリスが、同時に目を見開いた。そして呟く。



「『エイプリル……?』」



「……ッ…………!」

 俺はまた強く身体を抱く。

 まただ。この声と演技力、半端じゃない。


 開闢アリスの「読み上げ」は、そのまま入魂の演技になっていた。

 そりゃあそうだ。彼女はかつて、ひと時代を築いたトップ・オブ・トップの天才声優なのだから。


 声優の本質は、「声がいい」だとか「演技が上手い」だとか、そんな些細なことじゃないのだと痛感する。

 声優の本質とは、声を吹き込むだけでキャラクターを「最高」にしてしまえることなのだ。


 あらゆる登場人物たちに価値と情緖が生まれていた。

 まるで彼女自身がゲームの登場人物であるかのように、リスナーの心を引き込んでいく──



【え】【うああああああああああ】【マジかよ……】

【アリスちゃんの推しぃぃいいい】【──そして親友は"敵"になった、と】

【救いはないんか……(ΘшΘ)】【やべえな】

【えげつないんよ】【アリスちゃん息してる?(;ΘшΘ)】


「『エイプリル……? どうしたの? そこで何をしているの……?』」

 開闢アリスが呟く。その声色はエトワとシンクロしている。


「『…………。』

『聞いた通りよ。私が"フィザニスの巫女"。』

『エトワのやり方じゃ、学園は救えないわ。だからね、役割を代わってあげたの。』

『私のやり方ならぜんぶ解決できる。たった少し、私の大切なものを捧げるだけで。』」

「『そうよ、エトワ。あとはここで、。』」


couクー……(ΘшΘ)】【おいいいいいいいいいい(ΘшΘ;)】

【BGM変わったな……】【え!? このまま戦闘なん!?】

couクーすぎる】【ボスこっちかああああああ】


「いーやいやいやいやいや……、ちょいちょいちょいちょい待ってぇ……!? そっちなのぉ……!?」

 開闢アリスが地声に戻って喚いた。

 椅子にもたれかかって大きな溜息をついたのがわかる。

「わたしのエイプリルちゃん、やけにPVで目立ってたと思ったら……最後の最後でなのっ!? こーれは無いってマジでぇっ!! 四章ボスじゃん! BGMが章ボス専用のになってるもんねぇ!? 無理だってコレぇ!!」


【wwwwwww(ΘшΘ)】【さすがに草】

【ぜんぶがフラグになってしまった(ΘшΘ;)】【カワイソスww】

【アリスちゃああああああああんww】【気をたしかに!笑】


「『──そう。そうなのね。そうだったんだ。』

 ちょぉおおおおおおエトワちゃんっ、しっかりしてっ! なんか覚悟決めちゃった感じじゃんっ!? 置いていかないでよっ、わたしをっ!!」

 開闢アリスの一人劇がヒートアップしていく。

「『エイプリル。分かったよ。わたしも決めた。』

『わたしは貴女と闘う。そして、!』

 ほえっ!?」


【ん!?(ΘшΘ;)】【流れ変わったな?】

【おっと?】【おおおお!?】


! 貴女と先生を倒して、学園も救う。なにもかも、連れて帰ってみせるわ!』

 うおぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


【うおおおおおおおおおお】【最高の流れ】

coucouクークー!(覚醒)】【きたあああああああああ(ΘшΘ)゛】


「ん゛かっこいいよぉおおおおおおおおおおお!! エトワちゃ……! 主人公すぎるよ……っ! そうだよ、諦めちゃダメだよねぇっ!? 運命なんか捻じ曲げて、なにもかもハッピーエンドに連れていくのが主人公ってやつだよなぁっ!? 勝つよみんなっ! そして……そして──っ!」


【そして!】【そして、なに?ww】

coucouクークー(主人公)】【アリスちゃしか勝たん!】

【いけええええええええ!!】【そして!?】


 配信を最高潮に導いて、アリスは本気の叫びをあげた。


「そして──っ、ガチャで実装されるであろうエイプリルちゃんを、ご都合主義的にぜったい生きて連れ帰るんだぁあああああああッッッ!!」


 メタだし物欲じゃねーか!

 裏方のはずの俺すら、思わず胸中で叫んでしまった。





「──うそだぁ……」


 十数分後。


「この流れでエイプリルちゃん死ぬことあるんだあ……?」


 高山愛里朱は机に倒れ伏して死んでいた。

 魂を失った開闢アリスのLIVE2Dも半目をあけて停止している。

 配信に載せていい顔じゃなかった。


【草なんだよなぁ】【wwwwwww(ΘшΘ)】

【アリスちゃん逝かないで……】【推しの死ww】【残酷な世界(ΘшΘ)】

【アリス涙ふけよ】【フィザクロ運営鬼畜すぎわろた】【そんなことあるwww】

【だから課金率低いんだよな】【開闢・一級フラグ建築士・アリスちゃん(ΘшΘ)】


「わたしさ、四章の終わりでさ、ぜっっっっったいにエイプリルちゃんが実装されると信じてさ、しこたま宝玉貯めまくってたんだが……? 普通にエトワ戦で力尽きて死ぬことある……? いやまぁ、四章ラスト、シナリオすんごい良かったけどね? わたしゃぁ泣きまくって顔面がすっごいことになってるよ……テカテカでウユニ塩湖みたいになってるわ……」


【ウユニ塩湖!?ww】【美白でワロタ】【wwwwwwww】

【しっかりしろww】【読み上げすごかったよ!(ΘшΘ)】【フルボイス最高ー!】


「あはは……、みんな、あんあとねぇ」

 推しを失った悲しみを乗り越えて、開闢アリスが、へにゃりと笑顔を作った。

「よし、ということでっ! 開闢アリスのフィザクロ実況、四章これにて完結ですっ! 遅くまで見守ってくれてありがとうございましたっ!」


【お疲れ様でした!】

【おつボン!(ΘшΘ)】【泣いたし笑えた!】

【5章実装楽しみ!】【また来るね!】


「それでは旅人さんたちっ、また次の白昼夢で会いましょう! よい旅をボン・ヴォヤージュっ! それじゃねっ!」


 蓋絵がおりてエンディングが鳴る。

 マイクをOFFにして、「ふぅっ」と高山愛里朱は俺の方を振り向いた。


「……どうよっ?」

 汗の光る顔に、彼女は、いかにもなドヤを浮かべた。


「……参りました」

 俺は首を振りながら降参する。

 手元のアナリティクスには、チャンネル登録者8,000名に対し、7,000という、この世のものとは思えない数字が残っていた。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 実在するフルボイス実況で有名なVさんとしては、某ナースさんがいらっしゃいますね。

 フィクションでも勝てないくらいの天才がちょくちょくいるインターネット、恐ろしいです。


 執筆の励みになりますので、

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