第36話 白昼夢の王国を往く冒険少女①



 そのVTuberは、光と物語を帯びている。



 その財宝のような黄金の長髪ブロンドは、視る角度によって虹色にも黒色にも見えた。

 その静かに開かれた空色の瞳は、目の前に広がる旅路への憧れに輝いていた。


 首を彩る薔薇色ばらいろのリボン。

 身体にぴたりと張りついた水色のドレス。

 豊かに揺蕩たゆたうスカート。

 腿までを覆う白と黒の縞柄のタイツ。

 腰まで届く長髪は、活発に後ろへ編み込まれていた。


 両腕を覆うロング・グローブ。

 両足を覆う丈夫なロング・ブーツ。

 腰には短剣ダガーと──

 ベルトにぶらさがる大きな金の時計に見えたそれは「羅針盤コンパス」だ。


 モチーフは『メルヘン』。

 テーマは『冒険』。


 「バーチャル」と「現実リアル」のあいだ、『白昼夢の王国デイ・ドリーム』を往く冒険少女──


 チャンネル登録者数、未だ8,000名。

 V-DREAMERSブイ・ドリーマーズ所属。


 主人公系Vライバー・開闢かいびゃくアリス。






「かいびゃく、って……やけに難しい文字を……!」

 起動した配信ツールを眺めながら俺は顔をしかめた。


「あはは、よく読めたねぇ!」

 と高山愛里朱が笑う。


決闘者デュエリストなら誰でも読めるんだよ」

 自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合に特殊召喚できそうな苗字だな……。


「誰がカオス・ソルジャーじゃい。……さて、それじゃ、」

 PCの前に座った彼女は、笑顔で俺に手を振り無音で囁いた。


 ──いってきます!





 すぅ……、と息を吸い込んで、開闢アリスは口に手を添えて大きく叫んだ。


「……みんなぁーーっ! 来てるぅーーっ!?」


【おっ】

【きた!】

【はじまった!】【来てるよー!】

coucouクークー!】【アリスちゃーん!】【来たわね!(ΘшΘ)】

coucouクークー!(ΘwΘ)】【おつかれー!】【coucouクークー!!(ΘwΘ)ノシ】


「あはは! やあやあcoucou! 今日もいらっしゃいBienvenueっ、旅人さん達ーっ! 白昼夢はくちゅうむを旅する冒険少女! 開闢アリス、今宵もお迎えにまいりましたーっ!」


 開闢アリスの口上に、コメントがワッと湧く。


 俺はその様子を撮影スペースの隅から眺めている。


「はーい、ということでねっ! 今日は前回の続き、『フィザクロ』実況、いよいよ第四部・最終章やっていくわよっ! これねぇ、アリス完全に初見だからねぇ、しかも推しが出てるらしいからねぇーっ! うっへへへへへ、もう気が気じゃないんですけども! 楽しんでやっていこうと思いますーっ!!」


【ついにラストか……】【フルボたのしみ!(ΘшΘ)】

【ウキウキでワロタ】【アリスちゃんがんばえー!】

coucouクークー(ΘшΘ)】【かわいい!】【応援してるわよ(ΘшΘ)ノ】



 開闢アリスが今回プレイするタイトルは、戦記RPG『フィザニス・クロニクル 〜真紅の旅団〜』。

 基本無料のスマートフォン向けのソシャゲだ。


 『フィザクロ』の人気は、まぁ、ほどほど。

 量産型のファンタジー世界観に、独創性に欠けるゲーム・メカニクス。

 にもかかわらず、やけに出来のいい重厚なストーリーで一部から熱狂的に評価されているものの、決して覇権作品ではない。

 プレイヤーが少ないタイトルの実況はシンプルに観られにくいので、VTuberプロデュースの観点からは推奨できるタイトルではない。

 だが──


「じゃあ、いくよっ? 始めるよっ!? スタート!! あっ、イベントだ……」

 こほん、と開闢アリスは小さく咳払いをする。そして──。



「『──ついに、ここまで来たんだね。エトワ』」



「……ッ…………!」

 ぞっ、と俺は全身が粟立つのを感じ、思わず身体を抱いた。

 そう、

 今も信じられなかった。

 開闢アリスはキャラの台詞を読み上げただけだ。

 耳に差し込んだイアホンから彼女の声がしただけで、俺の全身は心から「感動」していた。


「『アストヒク先生! もう……もうやめてください!』」

 アリスが、プレイヤー側の別のキャラクターのボイスを読んだ。

「『先生……。本当に先生がすべてを仕組んだんですか? ミラに"紫影の瞳"へ情報を流させたのも……。ザイードを影落ちさせて学園を襲わせたのも……』

『先生はいつも生徒のことを……私たちのことを一番に考えてくれていたのに……? 嘘だったら、いま仰ってください!』」

 アリスの声が普段に戻る。

「うっわぁ……これエトワちゃん辛いよねぇ……!? やっぱり信じられないんだよ……。恩人のアストヒクさんが敵だったの本当キツいよなぁ……」


【マジで可哀想】【couクー……(ΘшΘ)】【エトワちゃ……】

【フルボイス助かるわね(ΘшΘ)

】【アリスちゃんの声で泣ける】【ボス戦かな? がんばえー!(ΘшΘ)ノ】


「ボス……? あー、だよねぇ。先生が四章のラスボスなんだろうなぁ。学園でも別格だもんねこの人……!」

 開闢アリスが唸った。

「まっ、こっちには"教授"ことわたしもいるし? まだこれから我が推し、エイプリルちゃんも合流するだろうからな!? 負けねーよなぁっ!!」


coucouクークー!(ΘшΘ)】【ボス、なぁ……】【エイプリルちゃん!】

【やったれアリスちゃん!】【勝って!(ΘшΘ)】【やべぇ鳥肌www】

【このボス戦の直前感、たまらん笑】【くるぞ…(ΘшΘ)】


「『…………』」

 ほぅ、と開闢アリスがアストヒクに息芝居をいれる。

 無音のシナリオにすら彼女は魂を込める。

「……あれ、アストヒク先生黙った? あ、喋ったわ! 読むねっ。

『……ええ。悲しませてしまいましたね』

 ほんとだよテメーっ!

『きっと貴女はこれからもっと傷ついていくのでしょう。けれど、ええ、ここまで来たのです。その努力に免じて、私は応えましょう』

『"すべてあなたが仕組んだのか"。そう尋ねましたね。その問いに答えましょう』」


 ゲーム画面でアストヒクが微笑む。


「『』」




──────────────────────



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 しれっと昨日の更新を逃してしまいました……許してくださいなんでもしますから

 そしてゲーム実況中のエピソードまたぎもお許しくださいませ。。


 執筆の励みになりますので、

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