第35話 盤外戦術をしかけておくよ②



「ほえっ!?」

 高山たかやま愛里朱ありすが往年の萌えキャラのような声で驚いた。

 いい声だ。かわいい。すき。


 ──エンタメ業界はスピード勝負。

 ──1日の行動量の少ないプレイヤーから敗退が決まるのだ。


「広告の調整なんて、ノウハウがあれば5分で終わるのさ。知り合いへの連絡だって10分だよ」

 俺はちょっと得意げになっちゃう。だって得意だから。

「残りの時間は『YouTubeの流行のリスト化』と『YouTube以外のプラットフォームのリサーチ』をやっていた」


「流行のリスト化……?」


「そう。このあたりで伝えておくけどさ……、俺にはオーロラ・プロダクションでの経験があるけど、V-DREAMERSんだよ」


「ほええぇっ!?」

 萌えキャラがまた叫んだ。推し尊い。かわいい。好き。


「『十年一昔じゅうねんひとむかし』ってことわざがあるだろ? それに対しネット・コンテンツは『七日一昔なのかひとむかし』だ。一週間前のTwitterトレンドなんて誰も覚えていないだろ? だからネットのトレンドは常に調べなおさないといけない」


 日々変わるSNSの流行を捉えるのがVライバー・マネージャーの仕事である以上、知識の刷新を習慣にするしかない。

 それに──


「オーロラは最早もはや『中堅』だったから、俺の仕事は、既に人気のあるVライバーを活かすことだったんだ。ファン向けの楽曲のプロデュースとか、グッズ作りとか、大きなクライアントへのタイアップ営業とかね。Vドリみたいな『新米』事務所に求められる仕事は全く別になる。……というわけで、ほれ」


 俺は高山愛里朱の端末にリストを送付する。


「オーロラの女装P特製『新人VTuberでも超高確率でバズれるネタ100選』だ。ネタごとのYouTubeでの投稿ボリューム・視聴回数と登録者数の相関性・他SNSでの言及数などなどを……『スーパー・バズマシーン☆佐々木くんズ方程式』にぶち込んで算出してる。今まで何回も数百万再生規模の動画を生んでいる理論だ。これを今晩の活動から活用していこう」


「マジでぇ……? き、今日だけでこんな量のリストを……!?」


「どっかの画家曰く、『今日だけでこの絵を描けるようになるために、私は数年も腕を磨いてきたのです』ってね」


「……っ……!」

 高山愛里朱が、ふるふると口元を綻ばせた。

「……うん……うんっ、最っっっ高っ!! 佐々木さんとなら本当に『世界一優しいVTuber事務所』を作れる気がするっ!」

 そして、こほん、と咳払いをして、

「ところでさっきさ、YouTube以外のリサーチって言った? それってTikTokとかTwitchツイッチみたいな動画投稿サイトのこと?」


「それも大事だけど……今日はIRIAMイリアムとかREALITYリアリティとかみたいなバーチャル配信専用のアプリを調べてた」

 俺はスマホ画面を見せながら言った。

 どちらもアプリだ。みんな知ってる?

「ここって意外とブルーオーシャンでさ。Vライバーひとりあたりが投げられてる投げ銭ギフトの金額は、案外、YouTubeより多いんじゃないかって……俺は睨んでるんだよ」


 業界最大手のネオンライブや、中堅のオーロラ・プロダクションのような、既にYouTubeでそこそこの数字を持っている事務所にとって、わざわざニッチなSNSに攻め込むメリットは薄い。

 だが新興の事務所にとっては、「YouTubeを捨ててIRIAMイリアムで活動する」ほうが勝ち筋である可能性があるのだ。

 競合達と戦わずに新天地フロンティアの王になれるかもしれないのだから。


 YouTubeの王も、TikTokの王も、そうして生まれてきたのだ。


「実際、IRIAMイリアムライバー専門のV事務所で億単位を稼いでいるところもたくさんあるからね。当たれば一撃で大勝利できる可能性があるなら拾わなきゃな」


「〜〜〜〜っっっ……! すごいすごいすごーーいっ!! そんな根本的な打ち手まで考えてるなんて……っ! すごいよ! 感動っ! 佐々木さん、だいしゅきっ!!」


「だい……しゅっ──!?」

 俺は、ライブまでかよった推し声優からの名指しの「大好だいしゅき」ボイスで上半身が粉微塵に消し飛びかけるも、上半身が120度ほど仰け反っただけで済んだ。あぶねえ。


「おほん。とまあ、俺は俺でV-DREAMERSブイ・ドリーマーズ……略してVドリのライバーたちが少しでもバズるように、俺にしかできない盤外戦術をしかけておくよ」

 俺は、手を彼女に向けた。

「──で、ここからは君のターンだ」


「うんうん! マネージャーさんがどんなに努力してくれても、肝心のタレントがイマイチだったら売れないもんねぇ。愛里朱、理解してます」

 金髪の社長は、笑顔のまま言った。

「わたしのYouTubeチャンネルは昨晩教えた通りだよっ! 今晩は配信するから、Vドリ所属ライバー第一号であるわたしのプロデュースをお願いしたいなっ!」


 俺は、ごくりと生唾を飲み込む。

 プロデュースだって?


 


 昨晩チェックした彼女のチャンネルに──高山愛里朱の配信者としての実力に、俺は既に畏怖を感じ始めていた。

 彼女は「異様」だ。

 能力を奮いきればV-DREAMERSブイ・ドリーマーズは本当に──


「……ああ。君の配信アーカイブには昨晩ひと通り目を通したが、あらためて生で実力を見させてもらうよ」


「一通り……!? あはは、佐々木さん、やっぱ寝てなくない……?」

 高山愛里朱は慄いたような苦笑を浮かべたが、すぐに、おほんっ、と咳払いをした。

「任せなさーい! Vドリですごいのは佐々木さんだけじゃないぞって示さなきゃね。目を離しちゃダメだぞっ!☆」

 金髪の美少女社長はビシリと謎のポーズをとり、勢いよく撮影スペースへの扉を開けた。

「いくぜ! オレのターン! ドロー!!」




──────────────────────



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 『スーパー・バズマシーン☆佐々木くんズ方程式』なる用語(?)が出ましたが、「バズマシーン」を実際に名乗っていた伝説的な企画屋さんが日本にいらっしゃいます。わたくし、尊敬しています……。


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