主人公系VTuber・開闢アリス

第32話 メンタル・ブレイク①



「さて。何か言い訳はあるか?」


 大手タレント事務所『キングス・エンターテインメント』。

 その中枢たる役員会議室には、臨時の招集に応じたVTuber事業部の幹部クラスだけが集められている。


 ──招集の由は、兵吾ひょうご逸平いっぺいの事件の後始末についてだった。


「役立たずのVライバーどもの追放に失敗。事業投資用の1億円も兵吾に奪われた。あげく、自分の尻拭いもできず、この俺に生ぬるい温情の声明プレスまで出させたんだ」


 暗澹たる空気の中央。

 若き芸能界の帝王、おう伀巳ひろみ社長は、苛立ちを隠しもぜずに切長の眉をなぞりながら告げた。


「生半可な辯解べんかいなんぞしてみろ。ただじゃ済まさないぞ」


 たった一言ひとことの号令で、あらゆる人間を永久に業界から追放できる絶対王者の怒りに、会議室に集った面々は一様に押し黙っていた。

 その中で、一人の巨躯が大きな声を上げて笑う。


「ははっ!! いやあ参りましたなあ!! まさかあの兵吾くんが、ははっ!! 詐欺師だったとは!!」


 ぎろり、と。王社長が憤怒の眼差しで巨漢を睨みつけた。


「……おい、なに笑ってんだ金城かなしろ? 俺はお前と兵吾に名指しでオーロラと金を任せたはずだ。事の責任はお前にあるんじゃねえのか?」


「ははっ!! 参った参った!! 全くその通りですなあ!!」

 金色の髪をオールバックにした浅黒い肌の大男。

 金城かなしろ直美なおみは爛々と眼球を光らせながら、白い歯を剥き出して笑った。

「責任は取らなくてはいけませんなあ!! !!」


 言うなり、ずんずんと王社長の目の前へと進みでた大男は、どん、と音を立てて机に「それ」を置いた。

 

 小さな桐の箱だった。

 ハードカバーの本や、筆箱に近いサイズの。


 会議室に沈黙が流れた。

 王社長は金城を睨むと、箱に手を伸ばし、蓋を取った。


「……ふん」

 王社長は表情も動かさない。

「これは何だ?」



 中に入っていたのは、かねだった。



 日本円の札束が二つだ。

 二百万円ある。



「ははっ!! 兵吾くんからですよ!!」

 金城が大声で言う。

「彼はキングスから持ち逃げした金を頑張って返そうとしているところです!! 工面くめんの方法は色々とありますが、ははっ!! 『黄色い血』と言って伝わるのは、戦後を生きた先代のおう伀将ひろまさ氏まででしょうなあ!!」


「奴の居場所を知っているのか」


「お教えできないのが忍びないですがね!!」


 王社長の視線に、あ、と金城は大きな声を上げた。


「ははっ!! なあに、御心配なく!! 十数年もすれば搾りかすになって彼は戻ってくるでしょう!! ははっ、そうだ!! 彼の反省文もあるのだった!!」


 そう言って金城は、ポケットから折り畳まれた小さな便箋を一枚取り出し、王社長に手渡した。


「ふん」


 王社長が手紙をめくると、そこには乱れ震えた筆跡で「ごめんなさい」が数十から百ほど書かれていた。

 狂気の痕。

 まるで脅されながら恐慌の中で殴り書かれたかのような文字だった。


 ──闇。暴力。理不尽で比類無き力。

 ──金城かなしろ直美なおみは、芸能界の暗部でその扱いに最も長けてきた人間だ。


 世界は広く、国は多い。

 日本の法に触れずとも、かすめる程度で行使できる「闇」は山ほどあるのだ。


「お前のやり口は知ってるつもりだがな金城。キングスに迷惑はかけるなよ。俺に泥を塗るようならお前も潰す」


 金城直美は異国の呪面のような笑顔のまま、一礼してずんずんと元いた席へ戻っていった。

 ニッ!! と歯を見せたまま着席する。


 ──不気味な奴め。

 王社長は舌打ちをしつつ、手元のタブレットに視線を落とす。


「それで? 業績はどうなっている」


「はい。数字は私からご報告いたします」

 秘書が眼鏡を押し上げながら、王社長の傍らで応じた。

「本日は経営会議ではありませんので端的に申し上げます。オーロラ・プロダクションの広告収益減少には、無事、歯止めがかかりました。ライバー達の配信ライブ回数が正常化された結果です」


「ふん。要因は何だ?」


「以前の王社長の叱咤激励しったげきれいの賜物かと」

 秘書が応えた。

「特にトップ・ライバーである宵駆よいがけソラの活躍には目覚ましいものがありました。個人の配信回数が群を抜いているだけでなく、事務所の他ライバーを巻き込んだコラボ配信も多く主催しています。彼女のチャンネル登録者数は、この一ヶ月で4万人も上昇しました。プロダクション全体の成長も彼女の尽力の成果かと。その活躍ぶりは少々……」

 冷静沈着な秘書は、珍しく少し言い淀んでから、

「……少々、痛々しさを感じるほどでもあります。しかし、これは担当社員のケアがあれば、なんら問題無いかと」


 ──温室育ちの小娘どもも、やっと大人になりだしたか。

 王社長は数字を見ながら、いくばくか満足げに目を細めた。


「しかしながら、株主たちの期待に応えるには現状では不十分かと」

 秘書が続ける。

「国内最大手のVTuber事務所であるネオンライブ社、次いで二零零トゥー・ハンドレッド社の東証プライムへの昇格を受け、資産家たちのVTuber業界への期待が高まっています。当社の株主たちも例外ではありません」


 王社長は口を歪めながら言った。


「何が言いたい? キングス・エンターテインメントの評価が、あの小娘どもの活躍に左右されそうだとでも?」


「……はい。客観的に見て、そう思われます」

 

 王社長にとって、これは屈辱だった。

 Vライバー達への感情ではない。


 偉大な父がついに耄碌もうろくして作ったはずの玩具のごとき新規事業が、結果として、狙い違わず商機を捉えていたという事実が気に食わなかった。


老耄おいぼれた化け物め……」


「はい?」


「何でもない。ライバーどもがまともに働きだしたのなら、やる事は決まっているな」

 王社長は口角を上げて告げた。

。怠け者どもがほざく『精一杯』なんてもんは信じるな。お前らが気づけていないだけで、社員やタレントはまだまだサボっているぞ。やつらの過剰すぎる休憩時間を全力で潰せ」


 王社長は信じている。

 経営とは効率化だ。

 社員どもの怠けを許さず、生産性を最大化させ、二人ぶんの仕事を一人に押し込む。固定費を削減し、利益率を最高にする。


 ──情にほだされ、効率を蔑ろにした軟弱な親父と、俺は違うのだ。


「おい、阿僧田あそだ和寺わじ部長がいなくなった今、お前が事業部長代理だったな?」

 王社長は、最も信頼を置く部下である「その男」に視線を向けた。

「お前が。お前の無情で、小娘どもをコントロールしきって見せろ」



「──…………」



 「その男」は、役員会議室の片隅で腕を組み、まるで鉄の彫像がごとく佇んでいた。



 眉の無い怪物然とした禿頭とくとう

 異形と呼んで差し支えないほどに皺を溜めた眉間。

 まるで豪怒に満ちる仁王におう像のような強面こわもてをしている壮年そうねんの人物。


 ──名を、阿僧田あそだ五蘊ごうん


 先代社長との確執から活動を封じられ燻っていたところを、現・おう伀巳ひろみ社長に回収された男だ。

 そのさがは、冷徹にして無情なる仕事人。

 一切の良心の呵責かしゃく無く、あらゆる任務を遂行する機構マシンである。


「──…………」


 黒衣のスーツに身を包んだ阿僧田五蘊は、その顔面に刻まれた刀疵かたなきずのような双眸そうぼうで王社長を見やる。

 そして、鉄像が如く堅く結ばれていた唇を開き、述べた。



「──もう毎晩毎晩……Vたちの相手でメンタルがむりなので……おしごと辞めていいですか……」




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 Vが病む時、運営もまた病んでいるのだ。

 ということで新編開幕です……!


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