【番外編】獅紀チサトの前日譚「獅子奮迅!」②



「さ、佐々木くん。ちょっといいかい?」


「はい、和寺部長。どうしました?」


 後日。オーロラ・プロダクションの事務室。

 和寺わじ忠臣ただおみ事業部長が、今日も今日とてVTuberの女装コスをした佐々木蒼に話しかけた。


「先日、獅紀くんと面談をしていたよね? 今日の彼女の配信は君の提案かい……?」


「今日の配信? はぁ、どうでしょう」


 怪訝な面持ちのまま、佐々木蒼は和寺部長のスマートフォンを覗き見た。





『敬礼ッ! おはようございます、獅紀しき神兵団しんぺいだんの皆さま! 自分は兵長の獅紀チサトです!』


 ブルーのショートへアの、少年のようにキリッとした表情の「マンティコア」の少女。

 獅紀チサトは軽装の鎧に身を包み、細身の体を誇示するように胸を張っている。

 神域を守護する衛兵団の兵長は、いままさに配信を開始したところだった。



【敬礼!(>ロ<)ゝ】【敬礼!】【けいれー!】

【おはようございます兵長!】【敬礼!】【兵長殿に敬礼ー!】

【兵長かわいいよ兵長】【(>ロ<)ゝ】【けいれい(>ロ<)ゝ】



「……相変わらず統制のとれたコメント欄だなぁ」

 と佐々木蒼。


「本当だよねぇ。……って、そうじゃなくてだね佐々木くん、よく見ておくれよ……」

 と和寺部長。


「よく見てって……。あれ? なんかモデルの様子がおかしいですね?」


 Webカメラによって演者の動きをトラッキングして動くはずの2Dモデルが、今日は自動制御になっていた。

 つまり、スマホか何かから配信をしていて、カメラが本人を捉えていないようだ。


 次の瞬間、パッ、と映ったのは実写リアルの屋外だった。


「……ん? 外ぉ?」

 と佐々木蒼。


GoProゴープロか何かのボディカムで写しているようだね」

 と和寺部長。


「まぁ、最近は外ロケしたり屋外で配信するVライバーも多いですからねぇ。うちも顔バレ以外は禁止してないですから」

 と佐々木蒼。

「でも、いったいなんの企画をするつもりなんだろうなぁ?」


 気になって、ふと配信のタイトルを見た。

 そこには──



 ──【耐久!】フルマラソンで獅子奮迅ししふんじんします!



「ガチ耐久だーーっ!?」

 なにしてんの!?


「やっぱり佐々木くんも知らなかったんだね!? どうしよう佐々木くん……! サポート無しで獅紀くんが体調不良になりでもしたら……!?」


「おおおおおちおちおちんち落ち着いてください和寺部長……! まず俺はあくまで耐久配信を勧めただけです。Vで耐久っていったら長時間のゲームと相場が決まっています。まさかチサトも本物のマラソンをするわけじゃあ──」



『ということで、今回の企画ではフルマラソンを完走いたします! よろしくお願いします!』



「チサトー!?」


「ほ、ほら佐々木くん! 彼女本気だよ!?」


「チサト! それもう企画じゃないよ! 本気マジのスポーツだもん!」



【ガチすぎて草であります!(>ロ<)ゝ】【さすが兵長!】【けいれー!】

【自分も完走まで見届けます兵長!】【敬礼!】【応援します!】

【ウォームアップ兵長かわいいよ兵長】【頑張ってー(>ロ<)ゝ】【ファイトであります!(>ロ<)ゝ】



獅紀神兵団リスナーさんたちも違和感持って!? 推しVが42.195km走ろうとしてんだよ!? おかしいだろ!? 一人くらい心配しなよ!」


「ああ、もう、信頼されてるなぁ獅紀くん……!」

 和寺部長が、あわあわと慌てふためいている。

「いかんぞ、このままでは本当に──」



『それでは、いざ出発! 獅子しし! 奮迅ふんじんっ!!』



「チサトー!!!」







 後日。


「無事に完走できて良かったです!」


「チサトはホントにすごいね……」


 ほくほくと満足げな獅紀チサトと、すっかり青ざめた佐々木蒼はオーロラ・プロダクションの事務室で面談をしていた。


「完走タイム、2時間40分出てたからね……? ちなみに日本記録は2時間19分12秒だから、あやうく歴史の目撃者になるところだったからね……?」


「ふふふ。兵団の皆様にも喜んでいただけて何よりでした! これも佐々木マネージャーのアドバイスのお陰です!」


 獅紀チサトの『フルマラソン配信』は一瞬でSNSを駆け巡り、しっかりとバズった。


 Vライバーがリアルタイムでマラソンに挑戦するというのがそもそも稀有だったし、何よりも、途中まで本当に良いタイムが出ていたので、「え!? ワンチャンこのVライバー、生放送で日本記録塗り変えるぞっ!?」という祭りになったのだ。そんなことある?


 同時接続者は20,000人を超えていた。

 チャンネル登録者数も、この3日間で20,000人も増えたのだった。


「それにまだまだ登録者が伸び続けているんだよな。予想以上だ」

 佐々木蒼がスマートフォンを眺めながら唸る。


「はい! たくさんの人々に興味を持っていただけたようで嬉しいです!」

 獅紀チサトが爽やかな笑みを浮かべて言った。

「ただ、新しいリスナー様方からいただくコメントで、意味のよくわからないものがあるのです」


「意味? どれ?」


「はい、こちらです!」


 獅紀チサトがスマホを操作し、例のフルマラソン配信を流す。シークバーを後半までスライドした。


『はぁ……っ、ふぅ……ッ! はあっ……! くっ……っ! あぁ……っ!』

 チサトの声だ。

 カメラが大きく、しかしペースを保って上下し続けている。


「コースの佳境でしたので自分が激しくあえいでいます」


「喘……っ、ま、まあ息は荒いね」


「ここでコメントされている『紳士の社交場』とか『今日はこれでいいや』とかは、どういう意味なのでしょうか?」


「………………」


「何であれ『今日はこれでいい』などという妥協めいた感想は悔しいですね。自分としては『今日もチサトがいい』『毎日チサトがいい』と言ってもらってこそ──」


「チサト」


「はい」


「それ以上いけません。あなたのブランドが崩れます」


「?」


 こうして。

 獅紀チサトは、リン●フィットア●ベンチャーのRTAだとか、作業用ジョギング雑談だとかを配信しながら、体育会系VTuberとしての地位を確立していった。

 増加したファンの大部分は、チサトの運動神経や気持ちのいい性格に惹かれてのことだったと思うけれど……


 Pix●vやD●siteにアレな絵が露骨に増えたことを鑑みるに、まあ、そういう需要にも引っかかった気がするのだった……。





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 今回もお読みいただきありがとうございます。


 新編の準備、順調です……!


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