【番外編】獅紀チサトの前日譚「獅子奮迅!」①



「『振りきれたもの』が欲しいかもなぁ」


 本編から1年ほど前。

 佐々木蒼は、純白の電脳少女の女装コスで、腕組みをしながら唸っていた。


「振りきれたもの……ですか?」

 デビューから三ヶ月。新人と呼んでいい頃の獅紀しきチサトが聞き返す。


「うん。昨晩からチサトの配信をぜんぶ見直しているんだけれど、どうにもそこがポイントな気がするんだ」


「ぜ、全部ですか……!? じ、自分の配信の総時間は、300時間弱はあると思いますが……?」


「270時間くらいだったね。はは、さすがに1本ずつ観たわけじゃないさ。倍速で、しかもPC用のモニター6枚とスマホ2台の合計8窓で同時視聴だから……、まあ普通だよ」


「普通……普通とはいったい……? というか佐々木マネージャー、さては寝ていないのでは……?」


「そんなことより『振りきれたもの』について話そう」


 佐々木蒼は、人差し指を立てて言った。


「チサトの配信は、かなりレベルが高い。実況するゲームの選び方がうまいからサムネイルもクリックされているし、リアクションが大きいから見てるほうも元気になれる。でも、話題になりきれていない。より正確には、ファンたちに


「面目ありません……」


「いやいや! 感覚力センスは十分にあるんだ。ここからは技術力テクニックの領域だよ。後天的な努力がモノをいうフェーズだから大丈夫さ」


 佐々木蒼が笑いかける。


「でね、『ファンに語られる』が目的なら、配信でファンたちに何かをもらえばいいんだ。ひとことで言える思い出というか、強烈な印象というかさ……。思わずSNSで感想を言いたくなってしまうような、チサトの配信といえばコレ! っていうものをね」


「なるほど……。宵駆よいがけソラ先輩でいうところの『歌声』みたいなものですか?」


「そうそう! 雷神ヴァオでいえば『暴露系』みたいなね。蛇王ルキでいえば……『センシティブ』……とか……」


「ふむ……」


「そこでさ、一応、俺なりに考えてきてみたんだ」


「っ! 本当ですか!」


「チサトの武器は『体力』だと思うんだ。だから例えば、『耐久配信』みたいなものはどうかなって」


「耐久……」


「そう。たとえばさ、某ソウルライクな死にゲーをクリアするまで──」


 佐々木蒼が説明をしかけたが、それを遮るように、目を大きく開いて獅紀チサトが叫んだ。


「なるほど! 耐久ですね! それはまさに、体力ありあまる自分にぴったりなアイデアです!」


「うおっ! ははは……。そうかな?」


「実に素晴らしいです! こうしてはいられませんね、善は急げです! 自分はさっそく、この閃きの準備にとりかかります! いつも本当にありがとうございます、佐々木マネージャー!」


「あっ、チサト! ちょっと待っ…………。行っちゃったかぁ。うん、まあ、本人も何か思いついたようだったし、いちど自主性を尊重してみようかな」


 佐々木蒼は、オーロラ・プロダクションの事務所で、苦笑しながら彼女を見逃した。

 そして後日、彼女の自主性に、驚くことになる。



(つづく)



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 今回もお読みいただきありがとうございます。


 新編の準備中につき、しばらく短いオマケ編の更新で失礼します。


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