第30話 雷神と仁義、夢と闇②


『はい。獅紀しきです』


「おお……っ、チサト……! 遅くにすまないな……っ!!」


 チャンネル登録者数17万人。

 オーロラ・プロダクションの「特異点」。

 こいつさえ仲間に引き込めれば全てを覆せる。


「いま時間あるか? ちょっと……謝りたいことがあるんだ……」


『はい。時間は大丈夫です。謝りたいこととは?』


「オレが……いままでぜんぶ悪かった」


 兵吾逸平は打算する。

 たかが世間知らずの小娘、オレが言葉をろうすれば間違いなく操れると。


「お前からなんど抗議を受けても、オレは見てみぬふりをしてきたよな? あれを本当に反省している。オレなりに努力をしてきたつもりだったが、思い知ったよ、全く、オレの思い上がりだったらしい」


『…………』


「これからは改善する。きっと素晴らしい事務所にするよ! そこでだ、チサト、ちょっと助けてくれないか?」


『……なにをでしょう?』


「お前に証言して欲しいんだ。『兵吾逸平は、力及ばないながらも常に真摯な努力をしていた。決して詐欺師ではない』と……!」


『…………!』


「オレの炎上は知っているだろう? あれは誤解なんだよ……。オレが成果を出せていないばかりに、勘違いで犯罪者扱いされているだけなんだ。流出したLINEだって、切り抜き方が悪いだけで、ほんの冗談を言い合っていただけなんだぜ? ひどいよな?」


『…………』


「そうだ! 助けてくれたらお前だけはオーロラに戻してやるよ! ずっと戻りたがってただろ? うちでトップなお前なら、すぐに──」


『兵吾社長。ひとつだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか』


「っ! なんだ? なんでも聞いてくれ!」



『御社の傘下にいるVライバーの配信で、兵吾社長のお気に召した配信のタイトルをひとつだけ教えてください』



「──っ」

 兵吾逸平は、希望を見出しかけた笑顔のまま凍りついた。


『何も見ずにお答えください。何かを操作するそぶりを感じたら通話を切ります』


「……っ……、は……っ……はッ…………っ──!」

 兵吾逸平は何も言わない。。当然だ。


 ──兵吾は、自社に所属するVライバーの配信を、一度も見たことすらないのだから。


『──兵吾逸平。人を愚弄するのも大概にしろ』

 獅紀チサトが断ずる。

 神域を守護する衛兵団長の持つ剣が、首に添えられたかのような殺気が立ち込める。

『貴様の口八丁はもう沢山だ。いまの状況は、人を侮り、喰い物にしてきた貴様にふさわしい最後が来ただけだ』


「ま、待て……っ! チサト! 話を──」


『力及ばないながらも常に真摯な努力をしていたと証言しろと、そう言ったな?』

 獅紀チサトの声が、兵吾逸平を重く威圧する。

『真摯な努力家。その評価は、自分が最も敬愛している人物へ抱いているものだ。あの方のような、理想に邁進まいしんする高潔こうけつな人と同じ在り方を騙るなど……貴様のような詐欺師が烏滸おこがましいッ!』


「ぐっ……!」


『男なら、潔く散れ』


 通話が一方的に切られた。

 兵吾逸平は、財布とスマートフォンだけを掴み、いよいよ叫び声を上げて部屋を飛び出した。


 ──逃げねえとヤバい! 警察が来る……いや、警察よりもが来たら全部が終わる!

 ──いったい、どうして、こんなことになったんだ!?


「はぁっ……! はぁっ……!!」

 廊下を駆け抜けて、緩慢に開くエレベーターのトビラに飛び込んだ。ボタンを連打する。


 ──それもこれも佐々木蒼……!

 ──あいつさえ居なければ、暴露系インフルエンサーの雷神ヴァオが動くこともなかったし、獅紀チサトが聞く耳を持たないこともなかった!

 ──佐々木蒼さえ、いなければ────


 エレベーターが3Fで止まる。マンションに住む家族がゆっくりと乗り込んでくる。

「邪魔だァッ!!」

 狂乱した兵吾逸平は叫んで廊下へ飛び出し、非常階段を駆け降り出した。


 ふいに着信音が鳴る。

 目をやればスマートフォンに部下Aの名前が表示されている。

 怒りに歯を軋ませて、走りながら着信に応じた。


「てめぇっ! 何のつもりだ!? かけてきてんじゃ──」



『ははっ!! 兵吾くん!! さすが若者は元気がいいなあ!!』



「は──」

 電話の向こうから轟いた大声に、兵吾逸平は表情を失った。

「金……城……さん……、な、なんで、この電話から…………?」


 金城かなしろ直美なおみ

 王社長の闇の右腕にして、兵吾逸平の投資家の一人。


『ははっ!! 随分と慌てているなあ!! 大丈夫かい!! ははっ!!』


「金城さん……違う……、違うんです……。炎上している件は……何かの間違いで…………」


『ははっ!! 怖がらなくていいんだよ兵吾くん!! 間違いはね、誰にでもあるんだ!!』 


「で、でも……オレ……、オレは…………」


『私はね!! ただお金が返ってくればそれでいいんだよ!!』


「……っ……!」

 兵吾逸平は恐怖で喘いだ。心が悟り始めている。オレは助からない、と。


『キングスの予算から私が動かした1億円!! ははっ!! それさえ返してくれればぜーんぶ丸く収まるんだ!!』


「……あぁ、金城さん……、勘弁してください…………」


『ははっ!! もしかして返せないのかなっ!! ははっ!! それは困った!! 私が怒られてしまうなあ!!』


 兵吾逸平はスマートフォンを投げ捨てて、絶叫しながら一気に非常階段を降った。


 ──闇。暴力。理不尽で比類無き力。

 ──金城かなしろ直美なおみは、芸能界の暗部でその扱いに最も長けてきた人間だった。


『ははっ!! でも大丈夫だ!! 安心したまえ兵吾くん!!』

 金城の大声が、兵吾が投げ捨てたスマートフォンから轟いて、非常階段を伝って届いた。


 兵吾逸平は遂に1Fに着いた。

 非常口のドアノブを掴んで一気に開ける。

 そして──、目の前に分厚い胸板で立ち塞がっていたのは「」そのものだった。


「──身一みひとつがあれば、お金の返済の仕方はいくらでもあるさっ!! ははははははっ!!」


 巨体の闇が笑いながら、爛々と光る眼球で兵吾逸平を見下ろしていた。

 腕が伸びる。

 兵吾逸平の、悲鳴が木霊こだまする。


 その後の兵吾逸平の行方は、誰も知らない。




──────────────────────




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 現実は非情。これにてVS兵吾逸平、決着です。

 明日か明後日には、獅紀チサト編も完結になりますので、どうぞお楽しみくださいませ…!


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです!



【追記】

「企業をクビになった雷神ヴァオが、同じモデルで配信しているのってまずくない? どういう契約だったの?」という旨の鋭いコメントをいただきました…!

まさしくVTuber業界でよく見る問題ですね! とても嬉しい観点でした。


本編では尺の都合で書かなかったのですが、結論として、雷神ヴァオは解雇時にキングスと交渉し、膨大なお金を支払うことで、VTuberモデルとチャンネルを買い取っています。それこそ数千万円の出費でした。


暴露系インフルエンサーとしての本能が、大金よりも影響力を手元に残すほうが大事だと判断させたのか、「雷神ヴァオ」というキャラクターと思い出に意外と愛着があったのか、理由は彼女しか分かりません。

キングス陣営としては、ともすれば自社に弓を引く可能性のある者に、インフルエンス力の高いチャンネルを売り渡すことはかなりハイリスクだと思いますが、そこで目先のお金をとってしまうのが(あるいは、去りゆく雷神ヴァオから、その貯金すらも奪い取ってやることに満足するのが)王社長……という事でしょう。


こうした裏設定的なトピックスも適宜書いていけたら……と思いました!

ぜひ気になることがありましたらコメントをいただけると嬉しいです。

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