第29話 雷神と仁義、夢と闇①



 その事件が起きたのは、佐々木蒼が兵吾ひょうご逸平いっぺいを訪れてから1週間が過ぎ去った頃だった。


『た、大変だ! 大変だよ兵吾くん!』


「ちっ……なんだよ、オレは今日はもう寝るところなんだが?」


『Xがヤバいんだよ! 見てないの!?』


「ああ……?」


 タワーマンションの14階。兵吾逸平の自室だ。

 部下Bからの急な着信でスマートフォンを耳にあてながら、兵吾はPCを開く。

 そして、氷柱を脊髄に差し込まれたような冷たい衝撃に、目を剥いた。

「──んだ……こいつは……? どうなってやがる……!?」


 日本のXトレンド一位が自分の名前になっていた。


 トレンド一位、「兵吾逸平 詐欺師」。

 トレンド二位、「ポンジスキーム」。


『こ、このVTuberの配信がヤバいんだよ! 炎上の原因はこいつだ!』


 部下Bから送られてきたURLを慌てて叩いた。

 そこに表示されていた名前は──


雷神らいじん……ヴァオ……っ!? 王社長が契約解除したオーロラのVライバーか……!?」


『クッハハハハハハァッ!!』

 画面の奥では、ほとばしる稲光いなびかりを纏いながら豪快に笑う少女が映っている。

 黒メッシュの入った稲妻色のショートヘア。爛々らんらんと電気を伴って光る四白眼よんぱくがん

 胸部に虎柄の布を巻き、腰蓑で下腹部だけを隠した過激な容姿。

 大きく前を開かせたインバネス・コートを肩から羽織っている。


 悪戯っぽく開かれた唇からギザギザの歯を覗かせながら、雷神ヴァオが叫んだ。


『つーことでェ! ヴァオ様の「よく分かるポンジ・スキーム解説」のVTRはどうだったよ、電電太鼓リスナーどもォ!? このために用意した『ゆっくりヴァオ様』もイカしてたろぉ!? あァアンッ!?」


【かわいかった】【ヴァオ様〜!】【おつでん!】【でんでん!】【さすヴァオ】【ゆっくりヴァオ、もちもちかわいかった!】【かわいい〜!】【暴露ではしゃいじゃうヴァオさまかわいい!!】【ギザ歯かわいいいいいい】【ヴァオかわ〜〜】


『アタシのことは「カッケェ」と言えェッ! 阿呆だらァッ!!』

 雷神ヴァオが、画面に眼球がつくのではないかというくらい前のめりになりながら叫ぶ。

『クッハハハハハッ! だがまァ、テメェらのお陰でトレンド一位をいただいたぜェ!! ありがとなァ!! おおいッ、兵吾逸平ェ! 見てるかァ!? ご覧の通り、アタシはあんたの犯罪の証拠を掴んじまったよォッ!! てめえはおしまいだ! ごろごろどかーんッッ!!!』


 画面に大写しにされたのは、兵吾逸平と誰かとのLINEのスクリーンショットだった。


 ──そこでは全てが語られていた。

 兵吾逸平が語るポンジ・スキームの構想も。

 事業は全てハリボテとし、実のある活動は一切しないという宣言も──


「馬鹿な……っ、待てよマジで……っ、だ、誰が……これを流出させやがったんだ……!!」


『落ち着いてよ兵吾くん! 配信見れば分かるでしょ!? あいつだよ!』


 分かっている。流出の犯人は部下Aだ。このやりとりには覚えがあった。


「あ、あの野郎……っ、ぶっ殺してやる……ッ……!」


『ね、ねえ兵吾くん! お、俺たちこれからどうな』


 泣きそうになっている部下Bとの通話を切断し、兵吾逸平は怒りの形相で部下Aにコールした。

 永遠にも思えるような十数秒を貧乏ゆすりをしながら過ごし、ついに繋がった相手に兵吾は怒号をあげる。


『はーい。もしもーし』


「おいクソ野郎! てめぇ、なにやってくれてんだ!! ヴァオの配信はなんだァ!? 裏切りやがったのか!!」


『うん。裏切ったよー』

 部下Aが、笑いながら言った。

『あははは! 兵吾くんさあ、ぶっちゃけ俺たちのこと舐めてたでしょ? 見え見えで笑えたよー?』


「な、に……ッ……?」


『つーかお前、ポンジで美味い汁吸い尽くしたら俺らを使い捨てる気だっただろ? バレてっから、そういうの』

 部下Aが鼻で笑う。

『だから先に切らせてもらったわけ。いやー! 最後にかわいいキャバ嬢ちゃんと飲めて最高だったわー!』


「おい、てめ、ふざ……っ……ぶ、ぶっ殺してやる、マジで……っ!」


『あははは! また会えたら殺してみろよ。さて、悪いけど俺は逃げるぜ。あー、


 ぶつり、と通話が切れる。

 憤怒の絶叫をあげながら、兵吾逸平はスマートフォンを床に叩きつけた。


 ──あの野郎。殺す。いや、駄目だ。落ち着け。冷静になれ!

 ふぅ、ふぅ、と荒い鼻息をあげながら兵吾逸平は銀髪をぐしゃぐしゃと握りつぶした。

 ──諦めるな。状況を確認するんだ。オレはどうなっている? どうすればこの状況を打開できる!?


 PCにかじりつく。

 SNSを見る。大炎上だ。オレのビジネス用アカウントにリプもDMも止まらない。罵詈雑言とヤバい質問の嵐だ。

 口座を確認する。投資を受けた金はほとんど残っていない。だって今月はなにかと入り用だったのだ。4人いる恋人にブランド品をねだられて買い与えてしまったし、ずっと欲しかったBMWの高級モデルも明後日納車されてくる。返金は無理だ。

 投資家どもはどうだ? Xを見る。キレ散らかしている。当然だ。オレの暴露がされてから、おもしろがったネットユーザーどもが彼らすらオモチャにしてやがる。

 部下Aは? この騒動をおこしたバカを捕まえてつきだすか? 無理だ。奴は逃げた。捜索が間に合うはずがない。

 警察は? もちろん動くだろう。立派な詐欺事件だ。オレの所に来るのも時間の問題だ。

 何か反撃の糸口はないか? 例えば、事業自体は──


「……はぁ……っ、そうか……っ……! その手があったか……っ……!」


 兵吾逸平は床でひび割れているスマートフォンを拾い上げ、しわくちゃになった顔で、LINEを開いた。


 ──事業の失敗が、真面目な努力の上での倒産なのか、詐欺なのか。

 それを証明できるのは「過程」だけ。ならば──


「……はぁ……はぁっ、なら……っ、『オレは真面目に事業をしていた』と……証言してくれる人間がいればいいんだ……っ……! ぶはは……簡単なことじゃねえか……!」


 兵吾逸平は、自らの会社に所属している最もチャンネル登録者数の多いVライバーにLINE通話を発信した。

 その人物とは──




──────────────────────



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 1日で更新予定の内容だったのですが、長くなりすぎたので途中で区切りました。

 明日の更新もお読みいただけるととても幸いです。


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