第28話 錬金術


「錬金術? なんのことだ?」


「いやいや謙遜しないでくださいよー! 兵吾さんは凄い事業家じゃないですか」

 佐々木蒼が笑顔で続けてくる。

「ある投資家さんが呟いてましたよ? 兵吾さんからの配当金が素晴らしかったって! 起業2年目でその実力、いったいどんな秘訣があるんだろうなーって」


 ──ちっ。回りくどいヤツだ。あくまで無知な馬鹿を演じるつもりか。


 兵吾逸平は警戒した。


 ──錬金術。つまり、佐々木蒼はオレの「トリック」を探りにここに来たのだ。

 ──だとすれば無駄だ。オレの「トリック」は外からは絶対に見破れない。


「……ああ、投資家さんのポストを見て来てくれたんですか? さっきは無礼な物言いを失礼しました。ただ、流石に社会人ならアポってから来るべきじゃないですか?」


「いやー、返す言葉もありません!」


「それにビジネスの場にコスプレはいかがなものでしょう?」


「……それも返す言葉ないんだよな実は」


「まぁいいですよ。秘訣の件なら、ええ、お話します」

 兵吾逸平は不敵に笑った。

「ここまで来た勇気に免じてお教えしますよ。オレの秘訣は。それに尽きますね」


 佐々木蒼の笑顔に、ぴくり、と感情の揺れがよぎる。

 「怒り」だろうか。非常に分かりやすい。


 ──オレの所に来たってことは、どっかのVライバーバカが不信感をチクったってことだろう。

 ──佐々木蒼はオレから「証拠」を引き出すために、オレに鎌をかけようとするはずだ。


 だが、兵吾逸平には策があった。

 佐々木蒼を逆に罠にかける策が。


「……努力?」


「ふふ、そう、ですよ、! 寝る間を惜しんでタレントのことを第一に考えて、、とにかくをし続けただけです! そうすれば自ずと利益が生まれて出資者の皆様に還元できるんですよ」


「へえ……。あんたが努力ねえ……。それは素晴らしいじゃないですか?」

 佐々木蒼の声が苛立ちを帯びる。

「具体的にはどんなことをしたんです? とあるVTuberから、兵吾さんは全く働いていなかったと聞いていますが?」


 ──ちょろいもんだ。

 ──てめぇはオレから「証拠」を引き出すために、絶対に喧嘩腰になっちゃあいけねえっていうのに。


「いやいや佐々木さぁん……『具体的にどんなことをしたか』ですって? さすがにそれは企業秘密ですよ!」

 兵吾逸平は、これみよがしに大きく笑って見せた。

「いいですか? 具体的な方策は、あなた自身が、もっともっとして見つけなきゃいけないことだ。違います?」


「……雨森あまもりアミィが倒れたと聞きました。キングスからおたくに移籍したVライバーです。そんな体制で、何が『タレントのことを第一に考えてる』だよ」


「……あァ、それに関しては申し訳ありませんでしたね……」

 兵吾逸平は、肩をすくめて苦笑して見せる。

雨森あまもりのことは、ちょっとした事故でした。タレントには自己管理の徹底を呼びかけていたし、体調不良は報告するよう義務付けていたんですがね……。いやぁ、彼女からは何もなかったもので……。事態を重く受け止めて、これから気をつけていくつもりですよ」


「よくもそんな軽いことが言えたもんだな? 大勢のVライバーたちを放置して遊び呆けているくせに……」


「ちょっとちょっと! なんなんですか佐々木さぁん!? さっきから言葉が喧嘩腰ですよ? まるでオレたちが何か不正でもしていると決めつけているみたいじゃないですか?」


 佐々木蒼が、赤いウィッグの前髪の向こうから兵吾逸平を睨む。


 ──お? キレたか? 来るか?



「──『』。それがお前のトリックだろ?」



 ──来た!!


 兵吾逸平は、爆笑を堪えるために思わず口を抑える。


 ──狙い通り!

 ──オレを崩すなら絶対に言っちゃあいけないことを、佐々木蒼は口走りやがった。


「ポンジ・スキーム?」


とぼけるなよ。かつてアメリカで暗躍した天才詐欺師、チャールズ・ポンジの名を冠した投資詐欺の手口だ」

 佐々木蒼が続ける。


「ほう。それをオレがやっていると?」


「お前は複数の投資家から新株発行を伴う資金調達エクイティ・ファイナンスを受けている。キングス・エンターテインメントをはじめ、多くの個人投資家からな」


「それが?」


「本来、そのお金は事業を運営して、利益を増やした上で配当していくべきものだ。でも、お前は事業自体をしていない。貰ったお金の一部を右から左へ配当して、あたかも事業で利益が上がったかのように見せかけているだけだ」


 たとえば個人投資家10人から、それぞれ1,000万円の出資を受けたとする。

 すると詐欺師はその1億円のうち、個々の投資家へ毎年100万円だけを配当するのだ。


 投資家からみれば、10年後には確実に1,000万円が帰ってきて、翌年から100万円ずつ儲かるように見えるだろう。

 だが、実際には。なぜか?


 ──詐欺師は一切の事業をしないまま、毎年、自分の報酬として3,000万円を財布に入れているからだ。


 詐欺師は一切の事業をしていないので、口座から金はみるみる減る。

 1年目で、詐欺師の給料の3,000万円と、投資家たちへの配当の1,000万円が減り、残金6,000万円に。

 2年目で、また同じ金額が減り、残金2,000万円に。

 3年目に、残金の全てが詐欺師に入り、0円に。


 後に残るのは、「失敗する事業に投資をして大損した投資家」と、「サポートすると嘘をつかれて、見せかけの事業のはりぼて役として使い捨てられたVライバーたち」と、「3年で8,000万円を稼いで大勝ちした詐欺師」だ。


「……それをオレたちがやっていると、佐々木さんはそう言いたいのですね?」


「ああ。違うっていうのか?」


 ──ああ、お見事、だよ。

 兵吾逸平は両目を歪めた。

 ──でも、残念──


「ぶはは……っ……!」


 ──大マヌケめ。

 ──ポンジ・スキームには、最強の言い逃れ方法があるんだよ!

 

 兵吾逸平は、笑いを堪えながら、大真面目に告げた。

「たしかにまだ投資家さまに返せている金額は微々たるもので、疑われるのも分かります。でも、オレたちには確かな情熱があるのです!」


 そう。ポンジ・スキームはのだ。


 ──新規事業の失敗が、「真面目な努力の上での仕方のない倒産」なのか、「ポンジ・スキームによる意図的な詐欺」なのか。それを証明できるのはオレの言葉だけなんだよ!


 投資家が、真面目に努力した事業家を法的に責めることはできない。

 だから、佐々木蒼が兵吾逸平を責めたいのなら、確実に証拠を掴むために、絶対に熱くならず、「オレは真面目に事業をしていません」と言質げんちをとるしかなかった。


 ──冷静さを欠いて、先に疑いをぶつけたお前の負けだ。


「こっちは真面目に努力をしているのに、なんなんですか佐々木さん!? 部外者がいわれれの無い疑いをかけないでいただきたい! 心配しなくても、オレはちゃあんと、キングスのライバーたちを幸せにしてみせますよ!」


 ──さあ、どんな顔を見せてくれるんだ佐々木蒼?

 ──確実に黒なオレを、もう攻められないのはどんな気持ちなんだ?


 兵吾逸平は、足元を掬われた善人を蔑むのが大好きだ。

 極上の獲物への狂喜に顔を歪めて、兵吾逸平が佐々木蒼の顔を見た。直後だった。



「あ、そうなんですね! ですー!」



 にっこり、と。佐々木蒼は非常に上品な笑顔で朗らかに言った。

「疑ってすみませんでしたっ! 応援しているので、頑張ってくださいねっ!」


「──あ?」


 ぞくり、と。

 兵吾逸平の全身に冷たい悪寒がほとばしった。


 ──なんだ、こいつ……?

 ──いったい、何を考えてやがる?


「いやー、兵吾さんの無罪が分かってよかったです! それじゃ、俺はもう失礼しますね! 夜分に失礼しましたー!」


 佐々木蒼は、すくっと立ち上がると荷物を持って立ち去っていく。

 そのあっけなさ、その笑顔に、兵吾逸平の寒気が止まらない。


 ──なんだっていうんだ?

 ──あいつの笑顔……



 ──いったいあいつは、ここで何を達成したんだ?



「……あ、忘れ物だぁ」

 兵吾逸平の隣に座っていた金髪のキャバ嬢が佐々木蒼のスマホを拾い上げて、「待ってぇー、ちょっとぉー」と舌足らずな声をあげながら追いかけて出ていく。

 後に残されたのは、自らのボスによる敵の撃退に歓喜している呑気な部下たちと、不気味な手応えに言葉を失っている兵吾逸平だけだった。





 高級キャバクラを出ると、夜風が涼しかった。

 ふぅ、と息をついて、俺はどこで女装コスを解こうかなと悩み始める。その時だ──


「あのぉっ、忘れものでーすぅー」


 背後のキャバクラから、金髪ショートのキャバ嬢が、俺のスマホを持って駆け出てきた。

「ああ」と俺はそれを受け取り、数瞬の迷いを経て、口を開いた。


「……こんな形で君を利用してしまって、本当にすまない」


 短く整った金髪をしたキャバ嬢は、きょとん、と目を丸くする。

 それから不健康そうな生白い顔に、にへらっと邪気のない笑顔を作った。


「んもう、何言ってるんですかぁ。先に佐々木さんを脅したのはこっちなんですから、むしろ被害者ヅラしてくださいよぉ」

 白地に金の装飾のついた清潔感のあるドレスをたゆませて、彼女は続ける。

「これで約束通り、キングス相手に自暴自棄な喧嘩をしかけるのはやめにしまぁす。安心してくださぁい」


「ああ、安心したよ……。今日この後の作戦も大丈夫そうかな?」


「ええ、ばっちりですよぉ。佐々木さんがポンジの話を出してくれたお陰で、兵吾の部下たちに自然に仕掛けやすくなりましたぁ」

 金髪ショートのキャバ嬢は、目を細める。

「佐々木さんの役目は『兵吾の部下とアタシの前で露骨にポンジ・スキームの話を出すこと』だけぇ。そうすればキャバ嬢のアタシがポンジ・スキームを知っていて、兵吾の部下を、どろどろに酔わすなり、色仕掛けするなりした後で、あれこれ質問しても違和感は無いですからねぇ」


「……すまない。作戦を立案しておいてなんだし、これが君の生業なことは分かってるけど、無茶だけはしないでくれよ」


「んへ、お互いにぃ。こっちこそ、佐々木さんとチサトちゃんを打倒兵吾のダシに使ってすみませんでしたぁ」


 さて。俺と彼女の繋がりがバレたらマズい。

 俺は足早に、その場から遠ざかる。


「佐々木さぁーん」


 ふと、背後から彼女の声が追いかけてきた。


「こんど、新しいお家に遊びに行きますねぇ。でわでわぁー」


 振り向くと、金髪ショートのキャバ嬢が、にへらと笑いながら俺に手を振っていた。

 きらきらとドレスと短髪の輝きを夜に残して、彼女は店へ消えていった。




 コツ、コツ、とヒールを鳴らして、彼女はキャバクラのフロアを兵吾の席へと歩いている。


 短く整った美しい金髪。白地に金の装飾のついた清潔感のあるドレス。

 胸の部分が大きく開いており、健康的なふくらみが露出している。


 体験入店のキャバ嬢として潜入している彼女の裏の顔は、Vライバーでも屈指の情報屋だ。


「クッハハッ……」


 これから起こる復讐劇に胸をときめかせ、彼女はぎざぎざに光る牙を手で隠して笑う。


「……さてぇ、ひっさびさに天罰、っちゃいますかねぇ」


 迅雷風烈じんらいふうれつ

 聚蚊成雷しゅうぶんせいらいを操る神。


 かつてインターネットを恐れさせた元・暴露系──


「──『』」


 かつてのオーロラ・プロダクションのNo.3。

 ──雷神砲らいじんほう・『雷神らいじんヴァオ』が、凶暴に笑った。




――――――――――――――――




 今回もお読みいただきありがとうございます。


 金髪の彼女は17話で初登場したVライバーです。

 もしお忘れの方はぜひお読み返しくださいませ…!


 ポンジ・スキームについて、コメントで言い当ててくださっている方もいて、すごい、と唸りました。。


 執筆の励みになりますので、

 引き続きフォローや★★★や❤︎で応援いただけますと嬉しいです!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る