第31話 V-DREAMERSの初の所属者
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「お待たせ致しました。自家製レモンタルトです」
かちゃり、と。
老舗の喫茶店のマスターが、宝石のようなタルトをテーブルに置いた。
「うわーっ、おいしそーっ! いただきまーすっ!」
俺たちは都内のカフェテリアで獅紀チサトの慰労会を開いていた。
「高山社長は甘いものがお好きなのですね」
「うんっ! 大好き! 100個食べたいっ!」
「太ってモーキャプスーツ着れなくなるぞ……って痛ぁいっ!!」
高山愛里朱が一本拳を俺の脇腹に放ってきた。
「それにしても……兵吾逸平の事務所、無くなっちゃったんだねえ」
もっ、もっ、とレモンタルトを頬張りながら高山愛里朱が言った。
「『オーロラの女装P』に喧嘩を売ったらお家おとりつぶしになるわけだ。怖いねぇ」
「別に俺が潰したわけじゃないからね……?」
しかし実際、兵吾逸平の事務所が消滅した経緯は謎だった。
単に全員で夜逃げしただけかもしれないが……。
「しかし、おかげで全てが丸く収まりました」
獅紀チサトがブラックコーヒーを包むように持ちながら言う。
「全く、一時はどうなることかと思いましたが……」
兵吾逸平事務所が崩壊した後、彼らの管理下にあったVライバーたちは全員、居場所を失うかたちとなった。
チサトをはじめとするオーロラ出身勢も、あわや解散、全員無職になるかと思われた。
しかし天はタレントに味方した。
兵吾にタレントを預けていた複数の芸能事務所たちが、一斉に
曰く、兵吾氏の詐欺は誠に遺憾である。
曰く、弊社こそは常にタレントを第一に考えている。
曰く、居場所を失ったタレント達は間違いなく引き取り、手厚く育成する、と。
「芸能各社からしたら絶好の信頼度獲得チャンスだったんだろうねぇ」
もくもくとタルトを咀嚼しながら高山愛里朱が、うんうん頷く。
「ああ。現に、あの王社長もそこに続かざるを得なかったわけだ」
そう。各社のリリースの後に、キングス・エンターテイメント社も続いたのだ。
きっと王社長の心にもないであろう──慈愛に満ちた声明に、ネットの民たちは大いに称賛を送っていた。
かくして、栄養失調となっていた
「……みんな劣悪な環境に追い込まれていたのに、ほとんど全員が復帰を望んだのは、チサトの鼓舞があったからだと思うよ。はは、さすが獅紀神兵団の兵長だな!」
「へゃぅ」
「兵長殿っ!?」
どんな声!?
獅紀チサトの情けなさすぎる声に俺は面食らった。
「す、すみませ……ううっ……」
獅紀チサトは凛とした顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「だ、だって……佐々木マネージャー……っ、き、今日はお姿が……っ……」
ああ、そういえば。俺は今日、男装だった。
黒いジャケットに、シンプルな白いTシャツと黒いスキニー。
全身がユ●クロの絵に描いたようなビジネスカジュアルである。
男性が苦手なチサトにとってはこの程度でも刺激が強すぎた。
「な、なんという格好をしているのですか……っ! ふ、ふしだらです……っ……!」
「チサトは俺をなんだと思ってるのかなあ!?」
「あはは、チサトちゃんの
フォークを皿に置きながら、高山愛里朱が苦笑した。
「まあ、とにかくオーロラの子たちが無事に帰れたのはよかった! あとは本社での待遇が良ければ言うことなしだけど……まだそこは難しいかなぁ……」
と、一瞬だけ表情を寂しそうにしてから。
「──あ! デザートおかわりお願いしまーすっ! ティラミスひとつっ!」
高山愛里朱の高らかなオーダーに、マスターの穏やかな「かしこまりました」がカウンターの奥から返ってくる。
切り替え早いし、まだ食うのかこいつ……。
「でさでさっ」
高山愛里朱が口元をナプキンでぬぐいながら、くるくると指を回して、ぴしりと向かいの席を指す。
「佐々木さんが男装なのも気になるけど、なんで今日はソウちゃんも一緒なの?」
高山愛里朱の向かいには、ビジネススーツ姿の若い女性が着席している。
小さな丸顔に、特徴的な泣きぼくろ。
穏やかな茶色の髪をボブにした、新社会人めいたビジネスウーマンだった。
「あれ、聞いてないんだ?」
"ソウちゃん"こと、「チーム高山愛里朱」の外交担当。
営業・契約・総務を一手に担うしっかり者。
「なんでもなにも……。今日は私の出番があるからだけれど?」
「出番?」
「ああ。つまりだな……」
俺は咳払いをして、大変にこやかに、それを宣言した。
「今日は、我が
「──ええええぇぇええっっっ!?」
マジで全てを内緒にされていた高山愛里朱は、目玉と舌を飛び出させそうなほどに叫んだ。
とても良い声。声優マニアの俺はご満悦である。
「えっ!? えっ!? ほんとっ!? マジでぇっ!? えっ!? って、いうことは…………?」
高山愛里朱が、がくがくと震えながら獅紀チサトを見やる。
チサトは、綺麗な両目で真っ直ぐに愛里朱を見つめ返して、厳かにこう答えた。
「え? いやいや、自分ではありませんよっ!?」
「あれえっ!?」
「ははは。チサトもキングスに戻ることになったんだよ。雨森アミィと同じくな」
俺はけらけらと笑う。
「はい。佐々木マネージャーがいないのは心細いですが……、皆で築いてきたオーロラ・プロダクションを、自分も微力ながらお支えしたく……」
「え!? えっ!? じゃあ誰なのっ!? 初の所属者って!? これから来るのぉ!?」
「……お話中失礼致します。お待たせ致しました。自家製ティラミスです」
かちゃり、と。
老舗の喫茶店のマスターが、芸術品のようなケーキをテーブルに置いた。
そして、すとん、と。
俺たちのテーブルの空いている席についた。
「え……っ?」
高山愛里朱が真顔になる。
「紹介しよう」
俺はビジネス・カジュアルの服を正しながら言った。
「初めての所属者だ」
「え? ええええぇぇええええっっっ!?」
老舗の喫茶店の「マスター」。
「マスター」は、若くして先代店主から店舗を継いだ3代目だった。
性別は女性。
年齢は24歳。
色白な肌。短く整えられた金の髪。
大人な肢体をすらりとベストとエプロンに包んだ艶やかな社会人──
「どうも初めまして。私、
そしてマスターは、にこ、と華やかな微笑みを浮かべて言った。
「副業のVライバーとしての名前は『雷神ヴァオ』。この度はお世話になりますね」
「「え゛え゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛ええええええええ!?」」
高山愛里朱と獅紀チサトの絶叫が、昼下がりのカフェに響き渡る。
これからの賑やかな日々を想像して、俺は苦笑を浮かべるばかりだ。
かくして。
元・暴露系にして、オーロラ・プロダクションの元
チャンネル登録者数58万人。
雷神ヴァオが、俺たちの仲間に加わった。
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今回もお読みいただきありがとうございます。
獅紀チサト編、これにて完結です!
チサト編というべきか、
ヴァオ編というべきか、
兵吾編というべきか、微妙なところですが、とにかくひと段落できました
ここでお知らせなのですが……
明日より少しのあいだだけ、次編の準備に入ります。
準備のあいだ、更新をおやすみしたり、
キャラクター紹介的な番外編でお茶を濁すかもしれません。
すぐに本編も再開いたしますので、よろしければ作品や作者をフォローしてお待ちいただけますと嬉しいです。
最近は感想や考察のコメントもいただけるようになり、とても励みになっています!
コメントを拝読するのは、短い作品を読むような楽しさがありますね。
これからもどうぞよろしくお願いします!
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