第18話 オーロラ・プロダクションのライバー達④



 部屋中に戦慄が走った。


「っ──」

 宵駆よいがけソラが目を大きく見開いた。王社長の横暴すぎる発言に、整った表情が動揺でわずかに歪む。すぐさま、反論を口にしかけた──直後だ。


「クッハハハハッ! ついに正体を表しやがったなァ?」

 PCの一つ。そこから画面越しにやりとりを眺めていたVTuber、雷神らいじんヴァオが奇怪な笑い声をあげた。

 輝く四白眼で王社長を睨みつけ、ギザギザの歯を剥いて叫ぶ。

「おいコラ、王社長ジュニアぁ。黙って聴いてりゃあ、だァ? グループにはファンだっていんのに、ンだその言い草は? それにアタシらは……アタシを含めたメンバーは、この活動に『命』をかけてんだッ! 人生かけた配信道に次に野暮吐いてみやがれェ……、この元・暴露系のヴァオ様が、間違って『ごろごろどかーんッ!』と天罰下しちまうかもだぜェッ!?」


「……ぎゃあぎゃあ喚くな、餓鬼が」

 王社長は、ついに笑顔の仮面を捨て去り、穢らわしいものを聞いたかのように顔をしかめた。

「馬鹿かお前? 俺たちは営利企業だ。他人の夢のために金をバラ撒いていた慈善家の親父と違って、俺はロジカルに実利をとる」

 鋭い双眸で雷神ヴァオを睨み返してから、王社長は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

「……と、まあ、本心はそれだがな、さすがにキングスの企業イメージもある。『ライバーの数を減らせ』というのは何も契約解除クビにするというわけじゃない。負担を外に逃せという意味だ」


「あァ? 外……?」


「不出来なVTuberを、研究生という名目で、キングスの子飼いのタレントマネジメント企業に預けるって話だ。──おい」


 王社長が指示をすると、事務所の隅に控えていた二名の部下が進み出てきた。


 一人は挑戦的なスーツに銀髪をした如何わしい業者風の若者。

 そしてもう一人は──


「ははっ!! アニメキャラの中の人っていうから期待してなかったが、ははっ!! 最近の声優はかわいいなっ!!」


 金の長髪をかきあげた、2mに迫る身の丈の大男だった。40代か50代だろうか、壮年ながら筋骨隆々の肉体を、着崩したスーツに包み、浅黒い肌に真っ白い歯を光らせている。

 金のブレスレットがぎらぎらと光る大きなてのひらで、最も近くにいた少女の──獅紀しきチサトの両肩をがしりと思い切り鷲掴みにした。

 ひゅう、と。か細い空気の悲鳴をあげて、ポニーテールの少女は恐怖に息を呑む。


「──チサト……! いったい何を……っ」


「でかいのが金城かなしろ。後ろのが兵吾ひょうご。キングス社員ではないが、俺の部下だ」


 身構えた宵駆よいがけソラに、王社長がほくそ笑む。


「今からこいつらがオーロラ・プロダクションを統治する。こいつらに用無しと判断されたライバーは、どんどんキングス社外に島流しだ。なに、外部とはいえプロデュース組織に預けるんだ。お前らが本当に『命をかけている』のなら、成果を出して戻ってこられるだろう?」


 王社長は切長の眉をなぞりながら、和寺部長に目を向けた。


「他にも使えないスタッフは左遷する。浮いた人件費で俺の部下を入れる。それで解決だ」


「な……っ……、お、お待ちください……っ!」

 和寺部長が喘いだ。

「ラ、ライバーを社外に追い出すですって……!? それにスタッフを入れ替えるなんて……それではオーロラの内部がめちゃくちゃに──!」


「和寺よ。お前、そのつもりで自らの無能を告白したんじゃないのか?」

 王社長は、必死な和寺部長を鼻で笑った。

 そして、じろりと宵駆よいがけソラを見やる。

「さっきから何か言いたげだが、お前も文句は無いよな? ナンバーワンとしてせいぜい箱を引っ張れよ。俺に歯向かったり、成果を出せなかったりしたら、どうなるか分かるな?」


 王社長はオーロラ・プロダクションの生殺与奪を握っている。

 大手タレント事務所『キングス・エンターテインメント』にとって、VTuberなどという新規事業が潰えようと大した痛手ではないのだ。


「……わかり、ました……」

 宵駆よいがけソラは、ぎり、と拳を握りしめながら押し黙った。


「よろしい。今日は貴重な意見が聞けて良かったよ。諸君らの今後の活躍にも期待している」

 王社長は、これみよがしに笑顔を造って告げた。

 事務所に背中を向ける直前、ふと、顔をあげる。


「ああ。そうだった。そこのお前──」


 王社長の指が、女探偵・雷神ヴァオに向いた。


「お前だけは今日付けで契約解除クビだ。さきほどの意見、俺への無礼が癪に触った。目上の者を敬えないやつは組織に要らん」


「……ッ……!」


 画面の奥で、雷神ヴァオは押し黙る。

 元・暴露系の看板を引っ提げる彼女でも、キングス社との秘密保持契約NDAがある以上、ここでの出来事は公表できない。


「ぶははははっ! あー、ざまーねぇなマジで」

 事務所の中央に立っていた銀髪の若者、兵吾が嘲笑する。


 怯える獅紀しきチサトの肩に指をめり込ませながら、金城が爛々と光る目と笑顔で事務所を眺める。


 腐臭すら立ち込めるような邪悪二人を残して、王社長は意気揚々と部屋を出ていった。




――――――――――――――――



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 オーロラ・プロダクションのライバー達の登場回であり、エネミー紹介回でした。

 読者の皆様は、王社長の振る舞いの「なに」が間違っていると感じましたか…?

 まあ、むかつくので普通にぶっ飛ばされてほしいですね!


 次から少し短めの回が続くので、今日の12:00にもう一話更新いたします!

 ぜひお読みいただけると嬉しいです…!


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