第17話 オーロラ・プロダクションのライバー達③
◆
「……待たせてしまったかな」
彼女達の姿に王社長は軽い衝撃を受け、驚きにうっすらと目を細める。
──ほう。顔を出さない配信者に外見なんて期待していなかったが、存外に美しいじゃないか。
事務所で社長を待っていたのは、VTuber事務所『オーロラ・プロダクション』の序列トップ3と、特異点1名だ。
王社長の御前に、
「どなたも人間としての本名がありますが、便宜上、ライバーとしての名前でご紹介いたします……」
一人目。Vライバー・「
Vライバーとしては、神域を守護する衛兵団の兵長を務める「
その
Tシャツにジーンズという簡素な服装に、うっすらと日焼けをした肌。生真面目そうな童顔。なにかしらのスポーツを嗜んでいる印象を受けた。
彼女こそが「特異点」。
登録者こそ中堅未満だが、デビューから半年しか経っていない超新星だった。
二人目。「
オアシスの国を治める巨大企業の社長を務める「
その
胸元と腹を大きく露出したチューブトップ姿に、ジャケットを羽織った派手で蠱惑的な格好をしていた。目元に入ったグリーンのアイシャドウと、髪に入った緑と黄のメッシュ。
ひらひらと手を振りながら王社長を見やって微笑む表情すらも、毒々しい。
三人目。「
天国の大都会で名を馳せる、通称『ド派手すぎる名探偵』。
豪雷と共に捜査をし、轟音に乗せて推理を話す、「雷神」の女探偵だ。
彼女だけがリアルの場におらず、PCにVTuberのモデルが表示されている。
黒メッシュの入った稲妻色のショートヘアと、爛々と電気を伴って光る
美人と称して余りある
そして四人目は──……ああ。
──こいつだけは、と。王社長も目を細めた。
こいつだけは見覚えがあった。
VTuberにしておくには惜しい美貌と器量を持つ天才の原石。
俳優やモデルとしても身を立てられるであろう逸材として、かつての経営会議にも名指しでログが残っていた女。
Vライバーとしては、闇の軍勢と戦う天界の精鋭騎士である「天使」でありながら、人間と交流するために堕天し、とある地方の高校に通っている高校生アイドル。
その
成人まもない若さながら、凛とした表情と、確固たる魅力を讃えた存在。
オーロラ・プロダクションの現ナンバー・ワン──
Vライバー・「
「……王社長。わざわざお越しいただき有難うございます」
宵駆ソラが濡羽根色に光る瞳で真正面から王社長を見つめ、口を開いた。
「いいや。こちらこそ、いつも弊社の事業を支えてくれて感謝しているよ」
王社長は、静かに微笑みを作って言った。
「和寺部長からオーロラ・プロダクションが悩みを抱えていると聞いてね。視察が遅れて申し訳ないが、ぜひ君たちの口からも現状を教えてもらえるかな」
「はい。分かりました」
返事から始まった宵駆ソラの語りは明快だった。
佐々木蒼が居なくなって、Vライバー達が、病んでいる。
本来、Vライバーとは傷つきやすい職種である。
それは例えばチャンネルが伸び悩み自分を責めるからであり、例えば方針に悩んで思考の沼に落ちるからであり、例えば一部のリスナーから心無い言葉を浴びるからである。
戦いの中で傷ついて、誰かに救いを求めた時に、いつも親身になって解決してくれたのが佐々木蒼だった。
そんな彼がいなくなった。それはライバー達にとって、育ての親を喪ったにも等しい──
「王社長。どうか、佐々木マネージャーを連れ戻してくださいませんか」
宵駆ソラの語調は終始一環して真摯だった。
「オーロラのライバー達にとって、あの人の代わりはいません。彼さえいれば、私たちはグループに大きな成果をお約束できます。どうかご賢察を」
「なるほど。一考させて貰おう」
王社長は検討する気など毛頭なかった。
いちど解雇された人間が、復帰した古巣でやる気を出せるとは思えなかったし、そもそも佐々木は、王社長自身が「害悪」と判定して切除した人間だ。
キングスの判断に間違いはない。あってはならない。
「……だが、その前に現場の理解を深めさせてくれ。佐々木くんが居ないとしても、この事務所には他に6名のスタッフと和寺部長がいるだろう。彼らでカバーすることは不可能なのか?」
「皆さん、よく頑張ってくださっています。ただ……常にリスナーの評価に晒されるライバーの心は、社長が想像する以上に脆いのです。全ライバーに対して佐々木マネージャーほど寄り添える方は、世界中にそうはいないでしょう」
──ああ。馬鹿馬鹿しい。
──弱者の理論だ。
王社長は胸中で
弱者どもは本当に、度し難いほどに、努力をしない。
だから他人を簡単に絶対化する。
やれ「自分は彼に敵わない」。やれ「彼と同じ仕事はできない」。やれ「彼の代わりは誰にも務まらない」。
怠慢だ。同じ人間だぞ。追いつこうと思わず、追いつけない弱者が悪い。
──無能どもめ。
舌打ちを抑え、かりそめの笑顔を形成しながら、王社長は口を開いた。
「なるほど。佐々木くんがこの部署でどれだけ活躍していたのか理解したよ。彼と同じ仕事ができている人間が存在せず、人手不足なこともな。それなら、こうしようじゃないか」
そして王社長は、冷酷な笑顔で、王の勅命を告げた。
「──ライバーの数を減らそう。今すぐに」
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