第17話 オーロラ・プロダクションのライバー達③



「……待たせてしまったかな」

 王伀巳おう ひろみ社長が到着した時、オーロラ・プロダクションの事務室には既にがいた。

 彼女達の姿に王社長は軽い衝撃を受け、驚きにうっすらと目を細める。


 ──ほう。顔を出さない配信者に外見なんて期待していなかったが、存外に美しいじゃないか。


 事務所で社長を待っていたのは、VTuber事務所『オーロラ・プロダクション』の序列トップ3と、1名だ。

 王社長の御前に、和寺わじ部長が歩み出て、おずおずと手でを示す。

「どなたも人間としての本名がありますが、便宜上、ライバーとしての名前でご紹介いたします……」


 一人目。Vライバー・「獅紀しきチサト」。


 Vライバーとしては、神域を守護する衛兵団の兵長を務める「獅子神獣マンティコア」の少女。

 その演者は、黒髪を後ろでスポーティにまとめた、化粧っけのない高校生のような少女だった。

 Tシャツにジーンズという簡素な服装に、うっすらと日焼けをした肌。生真面目そうな童顔。なにかしらのスポーツを嗜んでいる印象を受けた。

 彼女こそが「特異点」。

 登録者こそ中堅未満だが、デビューから半年しか経っていない超新星だった。



 二人目。「蛇王じゃおうルキ」。


 オアシスの国を治める巨大企業の社長を務める「神獣蝮女エキドナ」。

 その演者の容姿は……ギャルと括るべきか痴女と捉えるべきか。

 胸元と腹を大きく露出したチューブトップ姿に、ジャケットを羽織った派手で蠱惑的な格好をしていた。目元に入ったグリーンのアイシャドウと、髪に入った緑と黄のメッシュ。

 ひらひらと手を振りながら王社長を見やって微笑む表情すらも、毒々しい。



 三人目。「雷神らいじんヴァオ」。


 天国の大都会で名を馳せる、通称『ド派手すぎる名探偵』。

 豪雷と共に捜査をし、轟音に乗せて推理を話す、「雷神」の女探偵だ。

 彼女だけがリアルの場におらず、PCにVTuberのモデルが表示されている。

 黒メッシュの入った稲妻色のショートヘアと、爛々と電気を伴って光る四白眼よんぱくがんが特徴的だ。

 美人と称して余りある容姿デザインをしているが、妙に迫力のある顔面だった。



 そして四人目は──……ああ。


 ──こいつだけは、と。王社長も目を細めた。

 こいつだけは見覚えがあった。


 VTuberにしておくには惜しい美貌と器量を持つ天才の原石。

 俳優やモデルとしても身を立てられるであろう逸材として、かつての経営会議にも名指しでログが残っていた女。


 Vライバーとしては、闇の軍勢と戦う天界の精鋭騎士である「天使」でありながら、人間と交流するために堕天し、とある地方の高校に通っている高校生アイドル。

 その演者は、艶やかな黒髪を長く背中に流したまさしく美少女。

 成人まもない若さながら、凛とした表情と、確固たる魅力を讃えた存在。


 オーロラ・プロダクションの現ナンバー・ワン──



 Vライバー・「宵駆よいがけソラ」。 



「……王社長。わざわざお越しいただき有難うございます」

 宵駆ソラが濡羽根色に光る瞳で真正面から王社長を見つめ、口を開いた。


「いいや。こちらこそ、いつも弊社の事業を支えてくれて感謝しているよ」

 王社長は、静かに微笑みを作って言った。

「和寺部長からオーロラ・プロダクションが悩みを抱えていると聞いてね。視察が遅れて申し訳ないが、ぜひ君たちの口からも現状を教えてもらえるかな」


「はい。分かりました」

 返事から始まった宵駆ソラの語りは明快だった。


 佐々木蒼が居なくなって、Vライバー達が、

 本来、Vライバーとは傷つきやすい職種である。

 それは例えばチャンネルが伸び悩み自分を責めるからであり、例えば方針に悩んで思考の沼に落ちるからであり、例えば一部のリスナーから心無い言葉を浴びるからである。

 戦いの中で傷ついて、誰かに救いを求めた時に、いつも親身になって解決してくれたのが佐々木蒼だった。

 そんな彼がいなくなった。それはライバー達にとって、育ての親を喪ったにも等しい──


「王社長。どうか、佐々木マネージャーを連れ戻してくださいませんか」

 宵駆ソラの語調は終始一環して真摯だった。

「オーロラのライバー達にとって、あの人の代わりはいません。彼さえいれば、私たちはグループに大きな成果をお約束できます。どうかご賢察を」


「なるほど。一考させて貰おう」

 王社長は検討する気など毛頭なかった。

 いちど解雇された人間が、復帰した古巣でやる気を出せるとは思えなかったし、そもそも佐々木は、王社長自身が「害悪」と判定して切除した人間だ。

 キングスの判断に間違いはない。あってはならない。

「……だが、その前に現場の理解を深めさせてくれ。佐々木くんが居ないとしても、この事務所には他に6名のスタッフと和寺部長がいるだろう。彼らでカバーすることは不可能なのか?」


「皆さん、よく頑張ってくださっています。ただ……常にリスナーの評価に晒されるライバーの心は、社長が想像する以上に脆いのです。全ライバーに対して佐々木マネージャーほど寄り添える方は、世界中にそうはいないでしょう」


 ──ああ。馬鹿馬鹿しい。

 ──弱者の理論だ。


 王社長は胸中で宵駆よいがけソラの意見を斬り捨てた。

 弱者どもは本当に、度し難いほどに、努力をしない。

 だから他人を簡単に絶対化する。

 やれ「自分は彼に敵わない」。やれ「彼と同じ仕事はできない」。やれ「彼の代わりは誰にも務まらない」。

 怠慢だ。同じ人間だぞ。追いつこうと思わず、追いつけない弱者が悪い。


 ──無能どもめ。

 舌打ちを抑え、かりそめの笑顔を形成しながら、王社長は口を開いた。


「なるほど。佐々木くんがこの部署でどれだけ活躍していたのか理解したよ。彼と同じ仕事ができている人間が存在せず、人手不足なこともな。それなら、こうしようじゃないか」


 そして王社長は、冷酷な笑顔で、王の勅命を告げた。


「──




――――――――――――――――



 今回もお読みいただきありがとうございます。


 「組織は人なり」なので、人を無碍むげにした国は滅ぶと相場は決まっていますが……果たして王社長の未来やいかに。


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