第16話 オーロラ・プロダクションのライバー達②
◆
「お前は?」
「VTuber事業部、部長の
秘書の言葉を遮って起立した男。
和寺部長は、見るからに戦々恐々としながら名乗った。
「広告収益減少の理由は実に単純です……。ライバーたちの配信の数が減っているのです。ライバー達のモチベーションが低下しておりまして……、まるでストライキに似た状態となっています」
王社長は眉を引き攣らせた。
配信の数が減っている?
モチベーションの低下?
──何を被害者のように言っているのだこのボンクラは?
「なるほど。よろしくな、和寺部長」
王社長は苛立ちを押し隠し、努めて冷静そうな声色を保った。
俺は今からこの男を追求するのだ。
怒号で萎縮させてしまっては情報を得られなくなる。
「それで……ストライキだったか? それは大変だな。理由は何なんだ?」
「……それを王社長のお耳に入れたく、こうして立ち上がった次第です……」
和寺部長は、冷や汗を流しながら、震える声を絞り出す。
「結論から申し上げます……。ストライキの理由はライバー達の『恩師』が解雇されてしまったことです」
「恩師?」
「ええ。どうかお願いです……佐々木蒼くんを再雇用いただくわけにはいきませんか?」
「なに?」
王社長は密かに面食らった。
何を言い出すかと思えば、このボンクラは、自分の無能を、辞めた社員に尻拭いさせようとしているのか?
「佐々木? ……ああ、あれか。事務所で堂々と女性アイドルの格好をして働いていた男のマネージャーだな? 仮にも人と会う仕事をしているのに、あの格好は勤務態度としてどうかと思うがね」
「……それは、はい、まあ、かなり一理あるのですが……」
和寺部長は、どちらの味方か分からない意見をもごもごと呟く。
そして続けた。
「佐々木蒼くんは今のオーロラ・プロダクションの礎を築いた功労者です。ライバーの多くは彼に窮地を救われた経験があり、全員が彼を心から慕っています。それを急に奪われて、ライバー達は耐え難い喪失感と不安に苛まれているのです」
王社長は微かに眉を顰めた。
タレントの喪失感?
それがどうした?
佐々木蒼は、たかが一人の若手スタッフだろうが。
いくらでも他の人員に代わりをさせればいいではないか。
「人は誰かの代わりにはなれないのです」
──王社長の心の中を見透かしたのだろうか。
和寺部長が感情の篭った声で言った。
「佐々木くんの尽力で、いまやオーロラ・プロダクションは、キングス・エンターテインメントの中でも最もファンと身近なタレント集団になりました。そんなSNSで多大な影響力を持つライバーたちが……精神に不調を来しているのです……。佐々木くんを連れ戻さなくては、彼らの不安がファンたちに伝わり、最悪の場合、世間がキングス本体への不信感を募らせてしまう危険性すらあります……!」
「……和寺部長。それはまるで、『自分の言うことを経営陣が呑まねば、インフルエンサーを使って世間の印象を操作する』という当社への脅迫にも聞こえるが?」
「……っ!? そ、そんなつもりではありません……!」
「ふん。冗談だよ」
王社長は微笑みを作ったが、目は笑っていない。
「君の言いたいことは理解した。あるいは今の当社全体の経営不振が、ライバー達による無意識下でのネガティブ・キャンペーンのせいかもしれないという危惧もな」
「社長。どうかお願いです。いちどオーロラ・プロダクションの事務所にいらしていただけないでしょうか?」
和寺部長が言う。
「じ、実は……申し上げにくいのですが、ライバー達も社長に会いたがっているのです……。オーロラや佐々木くんについての想いを、直接聞いていただきたいと願っておりまして……」
全く、この男は経営者をなんだと思っているのだ?
自分の無能を棚に上げて、タレントを直接、俺にぶつけようとは。
「……社長。お時間が勿体ないです。現場には他の者でも赴けますので、訪問はご辞退されるべきかと」
「いや、いいだろう。俺が直接様子を見るさ」
秘書の耳打ちを手で止め、
「俺はな、現場に何もかもを大雑把に任せて放置してきた親父とは違うんだ。現場に問題があると言うのなら、自ら見極めようじゃないか」
王社長は、恐怖で目を逸らす和寺部長を睨みつけて、歯を剥き出して微笑んだ。
「ライバー達に会えるのも楽しみにしているぞ、和寺部長?」
最強の座に驕る王社長には気づく余地も無い。
この時、確かに、無敵のキングス・エンターテインメントの地位は傾き始めていたのだ。
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