絵師系VTuber・黒縁ぐらす
第4話 プロポーズの返事を聞いているみたいだね
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やあ、みんな!
俺の名前は佐々木蒼!
どこにでもいる普通の天才VTuberマネージャーだ!
ひょんなことから会社をクビになって秋葉原で号泣していたら、金髪ロングのサブカル少女に拾われた。
なにを言っているか分からないと思うが、俺にも分からない。
え? 街で泣いてる女の子に拾われる成人男性なんて犯罪の匂いしかしないって?
……ほんとにそうだよ、ぶっ飛ばすぞ。どうすんだよ俺の人生……。
ともかく。
俺は再びVTuberの魂(中の人=演者)らしき女性と出会い、彼女からスタジオの住所を渡されていた。
「……で、のこのことやってきたわけですけれども」
赤羽駅から徒歩10分。妙に立地のいい雑居ビルだ。
指定された階数までエレベーターで上がってから、俺は、ふと考える。
「……どういう展開になるか分からないが……やっぱり『正装』していくか……」
廊下のトイレに入って30分ばかり籠る。そして出る。
一室のチャイムを鳴らした。
「はーいっ! いらっしゃー……」
元気よく玄関を開けた金髪女子──高山愛里朱は、カッと目を見開いた。
「ええええ総統っ!? 総統なんでぇっ!?」
「くはははは! 皆のもの、刮目せよ〜〜!」
悪の秘密結社のツノの生えたちびっこ総統VTuberに扮した俺は、萌え袖を振り翳して決めポーズをとった。
「すごーい! ほんとにコスして来てくれるんだーっ!」
「あはは……。迷ったんだけどな。俺の噂を聞いて目をつけてくれたんだから、期待に応えておこうかなって」
「すっっっごく可愛い! 超テンション上がるっ! あわわ……マク様好きだ……」
「わかる……マクスウェル・ブラック総統……いいよな……」
愛里朱は俺のツノをさすりながら、ぺこぺことおじぎをする。俺も頷いた。
「っていうか、佐々木さん、ほんとにコス似合うねえ」
愛里朱は、顔を近づけて、まじまじと俺の顔面を観察する。
「身長もちょうど良いし、顔も童顔っていうか、女の子顔っていうか……」
「あはは。男としては小さなガタイがコンプレックスだったんだが、女装にハマるとは思わなかったよ」
「……このまつげ、自前じゃないよね……?」
「ん? もちろん天然だが? 悪いな」
愕然とした高山愛里朱が振るってきた拳を交わし、しばし格闘する。女の嫉妬は醜く、心地よい。
「それにしても、個人Vだっていうのに、ちゃんとしたビルに入ってるな。一人で使ってるのか?」
「ううん。普段はわたしの他にもう二人、エンジニアしてくれてる子と、外交担当の子がいるよ」
つまり、演者としては愛里朱専用のスタジオということだ。
個人Vにしては妙に豪勢じゃないか。
「はい、スリッパどうぞ」
「どうも」
靴を脱いで、廊下を進む。
空き缶や食器の積まれたキッチンがある。トイレやシャワー室まである立派な貸し住宅のようだ。
そして奥の引き戸を開けると。
「小さなスタジオでごめんねー! ゆっくりしてよ!」
「スタジオというか……これは…………」
もこもことした白いカーペット。キングサイズのベッド。フィギュアやボードゲームが詰め込まれた棚。衣服でぱつぱつになって開けっぱなしになっているクローゼット。部屋の隅でドライヤーやらヘアアイロンやらが山盛りになっているプラスチックの籠。散乱するぬいぐるみと、部屋着と、下──
「……これは生活スペースでは……?」
「正解っ!」
「正解じゃないよお前っ! なにしてるの!? 男を易々と女子のお家にあげちゃいけませんっ!」
「仕方ないでしょ? ここがわたし達の撮影スタジオなんだから」
俺は部屋を黒い萌え袖で指して叫んだ。
「こんな生活感のあるスタジオがあるかっ! なんだあのデカいベッド!? ま……まさか『そういう撮影のスタジオ』じゃないだろうな……っ!?」
「っ!?!? ばっ、馬鹿じゃないのっ!? 変態っ! セクハラマネージャーっ! ぜぜぜ、ぜんぜん違うからっ!」
高山愛里朱は真っ赤になって怒鳴った。
「わたし達はここに住んでるのっ! わたしと! エンジニアと! 営業っ! 全員女子っ! 家賃折半!」
曰く、堅い絆で結ばれたチーム愛里朱は、三人仲良くここで同棲しているらしい。
ここは事務所兼スタジオ兼自宅というわけだ。
「な、なるほど……。……って、あんたら、同じベッドで一緒に寝てるのか……?」
「てぇてぇでしょ? 佐々木さんも混ざる?」
「……遠慮しておくよ。百合の間に割り込む男は死神に狩られるからな……」
「百合じゃないが?」
さて。改めて現状確認。
部屋の間取りは2DKだった。
廊下兼キッチンスペースがあり、生活スペースがあり、撮影スペースがある。
「で、こっちが撮影スペースってわけか」
撮影スペースは防音用のマットが敷かれた簡素な部屋だった。
壁には黒い吸音シートが貼られている。エンジニア用のデスクが一脚と、デスクトップPCが一台。部屋の隅には、誰でもお手軽に3Dモデルのモーションキャプチャーができることでお馴染みの格安機材と、演者が手元で配信を管理するためのゲーミングノートパソコンが一台、音響ツール一式に、おそらく
「一通りはあるみたいだね」
「でしょ? わたし達の血と汗と涙と労働の結晶だよ」
努力してるんだなあ。
高山愛里朱は俺を生活スペースに促すと「はいどぞー」とクッションを差しだしてきた。女の園に腰を下ろすことに一瞬戸惑ったが、大の大人が躊躇っているのも気色が悪かろうと判断し、緊張などおくびにもださず素直に座る。
「……なんだか
「どどどど本題に入るぞっっっ!」
見透かされていた。
ちびっこ秘密結社系VTuberマクスウェル・ブラック総統こと俺は、萌え袖をぱたぱたと振りながら話題を切り替える。
「それで? 君は俺に何をして欲しいんだ?」
問いながらも大方の予想をつけていた。
運営。経営。マネージメント。
要するに、高山愛里朱は、俺に自分の成功を先導させたいのだろう。
「うん。ここからは真面目なお話だね」
愛里朱は綺麗に微笑んだ。そして──
「はい、これ」
札束を、どん、と座卓の上に置いてきた。
「……んん……? ……なにコレ……?」
「『君は俺に何をして欲しいんだ?』への答えだよ」
高山愛里朱は、にこりと艶のある笑い方をする。
「わたしはね、あなたに『雇用されてほしい』の。わたしが作るVTuber事務所のプロデューサーとして、我が社に勤めてくれない?」
いくつかの予想外に、俺は、沈黙してしまった。
──高山愛里朱のマネージャーではなくて、彼女が作る事務所のプロデューサー?
──我が社ということは、彼女は法人格を有している?
──そしてこの大金。てっきり
「ごめんね、驚かせちゃったかな」
高山愛里朱は綺麗な座り姿のまま静かに言う。
「札束で見せたのは、現金があることを信頼できるかたちで示したかったから。年収で1,000万円。成果に応じて別途で
4桁万円の年収の他に株式まで……?
つまり彼女の会社の保有者の一人になれるということだ。
ちなみに前職、キングスでの俺の年収は300万円強だった。
だから、これは正直──
「破格すぎる。嬉しいというか、光栄だけど……、大丈夫なのかい、いろいろな意味で……?」
「お金の面なら安心して! 実は昔、Vとは別の活動でちょっと稼いでたんだよねー」
「ちょっとって……。こんな大金をポンと出せるなんて、君、何者なんだ……?」
にこり、と。
不思議な輝きを宿して高山愛里朱は微笑んだ。
「ミステリアスでいいでしょ。これも。アニメの展開みたいでさ」
「……俺に、こんな価値があるのかな」
「むしろ、この条件であなたが手に入るなら安いものだよ。秋葉原でも言ったけど、わたしは本気であなたの能力に恋しているの。あなたがいればわたしは……わたしの作りたい事務所は間違いなく輝けるから」
「気持ちは分かったよ」
失業中の社会人として断る理由のない条件だった。しかし。
「でも……返事は、君のことをもっと知ってからにさせてくれ。正直、君を信頼していいかまだ判断がつかない。逆に俺のことも、もっとしっかり知ってもらったほうがいいと思う」
「ふふ。なんだかプロポーズの返事を聞いているみたいだね」
高山愛里朱は表情を緩ませる。
俺は続ける。
「その上で、こうしないか? 試用期間つきで一ヶ月だけ、君に協力させてくれ。一緒に働いてみて、違うと思ったらお互いに切る。切られた場合、その期間の報酬はいらない。どうだ?」
「謙虚すぎるなあ。報酬は受け取ってくれていいのに。こっちも逆に居心地悪いんだけど?」
「お互い様だよ。じゃあ報酬は、もし俺が期待通りの成果を出せたら受け取るってことで」
生きる上でお金は大事だが、まだ彼女のことも、その出どころも知らないうちに受け取るのは不用心だと思った。
それにもし真っ当なお金だとしても、それは彼女の努力とか、労働とか、ひいては幸福や可能性が換金されたものなはずだ。無闇に吸い取る真似はしたくなかった。
「──OK!」
高山愛里朱は俺の手を握って、煌めくように笑った。
「まずはそれで十分だよっ! 嬉しいー! 最高っ!」
「あはは。で、俺的には今日から勤務開始でも大丈夫なんだけど。何か、今からしてもらいたいことってある?」
「うーん。さっそくわたしのプランを聞いて一緒に方針を練ってもらいたかったんだけど……。実は問題があってね」
「問題?」
「うん。その、ごめんね……。実は一時間後に、さっそく女の子が一人面談しにくることになったんだ」
……うん?
「……面談?」
「そ。VTuberの子が面接を受けにくるの。うちへの所属を検討してね」
「おっふ!? 話が急すぎる!」
俺は吹き出した。あやうくツノがとれそうだった。
「組織への理解も方針もないんだぞこっちには!?」
「ごめんってばーっ! でもベンチャー感があっていいでしょ? アニメみたいにドラマチックだし!」
俺は驚いて呆れる俺に、高山愛里朱はペロリと舌をだして笑った。
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