第3話 老兵、古きを温め新しきを知らず


 大手タレント事務所『キングス・エンターテインメント』。

 五十年近くもエンタメ業界に君臨している芸能界の最古老の一角である。

 創業から半世紀に渡り、創業者である王伀将おう ひろまさ氏が代表取締役を勤めてきたが、此度、健康上の問題を理由に退いた。

 そして今、芸能界の玉座は、若干35歳の王社長ジュニアに継承された。


「親父は豪運だったが、経営には無駄が多かった」


 キングス・エンターテインメントの取締役会で、深々と椅子に腰掛けた新社長・王伀巳おう ひろみはほくそ笑んだ。


「やれ仁義だ、やれ愛情だ、やれ人と人との繋がりの大切さだのと、非合理的で抽象的な戯言ばかり語っていやがったな。キングス・エンターテインメントが世界進出を果たせていない要因がここにある」

「仰る通りでございます、王社長」

 王伀巳おう ひろみ社長の傍らで、秘書が眼鏡を押し上げながら応じた。

「俺は親父とは違う。無駄は犯さねえ。おい、先月からの人員削減の進捗はどうだ?」

「極めて順調です。希望退職募集の成立は計画比で110%を達成いたしました。併せて、契約社員、派遣社員にみられた無用な雇用をカット。成果を出せていないタレントも数名、これを機に契約解除しています」

「素晴らしい。それで?」

「社内の毎月の固定費の大幅なカットに成功しました。営業利益率は圧倒的に改善しています」

「くく……。これは第一歩だ」

 王社長は切長の眉をなぞりながら笑った。

「これから俺は、この組織のあらゆる非効率を排除していく。経営とは効率化だ。社員どもの怠けを許さず、生産性を最大化させ、二人ぶんの仕事を一人に押し込む。固定費を削減し、利益率を最高にする。こんな簡単なこともできなかった親父と俺は違うんだ」

「ふむ。素晴らしい決断力かと。新社長殿」

 一人の老年の役員が口を開いた。創業者・王伀将おう ひろまさ時代からの腹心であった古参の経営陣だ。

「しかしながら改革には問題も付き纏っておりますな。希望退職者が想定よりも多かった部署があるようです」

「ほう? どこだ?」

「データはこちらに。王社長」

 秘書がタブレットを王社長に差し出した。

「……『オーロラ・プロダクション』? ああ。親父が最後に新設したアニメキャラどもの事務所か」

「王社長も視察に赴かれた部署でございますね」

「くく、思い出した! あの気色の悪いオカマ野郎がいた部署か!」

 王伀巳おう ひろみ社長は時代錯誤な差別的発言を口にしながら吹き出した。

「VTuberだかなんだか知らないが、オタクコンテンツに浸かり続けると服装までおかしくなるのかと、思わず大笑いしたのを覚えてるよ」

 老年の役員が静かに告げる。

「予定通りのマネージャーの希望退職があった後、残留想定であった者が複数退職したようですな。設立時からの事業部長も転職を申しでた模様。さらにはタレントからも不満が出ているとか……。何かあるやもしれませんぞ」

「ふん。なにがあるっていうんだ? 甘やかしてくた親がいなくなって、厳格な上司があてがわれたんだ。ガキからすれば不満は当然だろう」

 王社長は鼻で笑い飛ばして高級スーツに包まれた長い足を組んだ。

「そうさ、あいつらは幼稚すぎるんだよ。大した結果も出してないくせに金をじゃぶじゃぶ使って、オタクの玩具でしかないアニメキャラどもに無駄な絵と機材を買い与えていたんだ。あの女装男に関しちゃ最悪だ。タレントの言いなりになって、辞めるも休むも自由にさせていたんだぞ」

 社員というのはいつもこうだ。

 自他がやりたがらないことを強制できず、甘やかしを優しさと勘違いして回避して生産性を落とす。

 キングスは王なのだ。

 タレントどもの甘えを制御できず、言いなりになっているような連中はいらない。

「まあしかしだ、そこそこ数字を軌道に乗せてから消えてくれたことには感謝しているよ」

 王社長はほくそ笑む。

「VTuberなんぞ、タレントもファンも人生で他に楽しみの無いオタクどもの箱庭だ。半世紀も芸能界で揉まれてきた我が社の精鋭マネージャーたちの手で、オーロラ・プロダクションは今度こそ『大人』になる。金の成る木にしてみせるさ」


 経営陣は黙して聞いている。王社長が語る強気なビジョンを。

 彼らの行先は、いまはまだ神様しか知らない。




――――――――――――――――



 第3話をお読みいただきありがとうございます。


「お金とか、ビジネスとか、効率とか、

 そういうことをこれから考えなくちゃいけないんだ。そうでしょう?」


 とあるVシンガーさんの曲にもこうありますね。

 正しい人間の姿とはどういうものなのでしょうか。


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