第2話 アニメの展開みたいで素敵でしょっ?


「……さあ、行こう。僕は夜空に歌うよ♪


 僕の心の奥、Gleam、Gleam♪

 君を照らす、Aurora、Aurora♪

 灯して歩もう、夢にまで見たセカイの果てへ……♪」


 夕刻の秋葉原に、俺のか細い歌声が響く。

 最終出社を終えた俺は、コスプレを解くこともしないまま、ふらふらと無意識に秋葉原この街にやってきていた。


 今日のコスは奇しくも、俺の変貌のきっかけとなったオーロラ・プロダクションの卒業生、猫耳ピンク髪のアイドルVTuber『甘猫あまねこてとら』のものだった。すっきりしたうなじと、ミニスカートからのぞく生足に、風が涼しい。

 死んだ目をした『甘猫てとら』の姿で、彼女がセンターを務めたグループ曲を口ずさみながら彷徨う俺は、はたから見たら引退したVTuberの亡霊か、強火なオタクの狂気のデモ活動にみえるかもしれない……。


 秋葉原駅の電気街口。

 ふと見れば、商業施設アルタの壁面に大きく『彼女たち』がいた。


 国内2強の最大手VTuber事務所の一角、『ネオンライブ』の屋外広告。

 オーロラ・プロダクションが憧れていたグループ。

 一窓に一名、華やかなアイドル衣装のVTuberの立ち絵があった。


 眩しいばかりの個性。

 心を貫かれるような笑顔。


 平凡な日常からリスナー俺たちを夢の世界に誘うかのように、実在する二次元の美少女たちがこちらに手を差し出している──。


「ふ……う……ぅぅううううううっ…………っ」


 俺は、大手Vの広告の前で崩れ落ちた。

 ピンクの長いまつ毛に縁取られた目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


 ごめん、みんな。

 俺は、みんなをここに導けなかった。

 全員を幸せにすると誓ったのに。

 こんな中途半端なところで倒れるしかないなんて。


「う……あぁ……ああああああ…………っ…………!」


 情けなく泣いていると、ざわざわと周囲に人が集まっているのを感じた。

 VTuberの屋外広告の前でマイナーな中堅Vの女装コス男が跪いて泣いていたら、そりゃあ人目をひくだろう。

 そう思って視線をあげると──、どうやら、勘違いだったことに気がついた。


 注目を集めているのは俺だけではなかったようだ。


「ぐぅぅうううっ、うっ、うっ、うぁぉおおおおおおおおお────ッッッ……!!」


 いつのまにか、俺の隣で、同じように跪いて、四つん這いで地面に拳を叩きつけて泣いている人がいた。

 コスプレ──ではないが目立つ格好の女性だった。金髪で長髪の女子。一応私服ではあるようだが、アニメの世界から飛び出してきたかのような非日常的な服装をしていた。


 ──え? この人……なんでVTuberの広告の前で号泣しているんだ……? 頭がおかしいのか……?


 自分のことを棚にあげ、俺は呆然と女性を観察した。


「どッ、尊い゛ッ……ネオンライブ四期生ッ、尊いよぉぉお゛お゛おおッッ! すきッ、しゅき……っ、すきだッッ……! うっ、うぉっ、うぉぉおおおおオオオオオオオオんッッッ──!!!」


 ──え、マジでただのオタクなの?

 ──ファンっていうだけでここまで人目を憚らずに泣けるのやばくない……?


 ドン引きして観察していると、いつの間にやら俺と金髪少女の周りに人が集まってきた。


「か、感激した……っ! 漏れも……みほちへの想いを……おまいらのように叫びたい……っ!」

「ネオメンがこんなに大きく祀られてるのに……跪かないほうがおかしいんだよなぁ!?」

「うおおおおおおお好きだぁぁああああっ! ネオンライブぅぅうううううううっ!!」


 まるでメッカの巡礼者たちのように、ネオンライブのリスナーたちが次から次へと街頭広告に跪いていく。


 ──いや、俺は、ネオリス(※ネオンライブのリスナー)ではないけどね!?


 ──っていうか、このままだとマズいな?

 ──やがて警察沙汰だな?


「うぇっ、うぉッ、顔が……かおがいい゛よ゛ぉぉおおッッ!! まきちゃん……みほち゛……ッッ、あいして゛るよぉぉおおおおッ……ッッ!! ぐぉぉおおおおおおおおオオオオんッッッ──!!!」

「おい……ちょっと君……こっち来て……!」

「うぇっ……!?」


 俺は金髪女子の手をとると、礼拝者たちの前から引っ張って、隣の路地裏へ押し込んだ。


「はあ……はあ……っ、ちょっと君っ! なんで広告の前で号泣してるの!? アルタがメッカの祈り場モスクみたいになっちゃったよ!?」

「うぅぅぅ……っ。わたしの教祖力が火を吹いちゃったかぁ……っ」

 金髪少女は鼻を啜りながら、赤い目のまま微笑んだ。

「あーでも、想いを叫んだらスッキリしたぁ! おねーさんの真似してよかったよっ! あんあとね!」

 う。

 おねーさんって言われた……。

 俺の女装コスもなかなかのものだな……。

 いや、違う違う、それよりも……。

「いや、別に俺、ネオリスってわけじゃないんだけど……」

「へ? そうなのっ? じゃあなんでアルタに土下座してたのっ?」

「それは……」

 間違いなくVのオタクであるこの子に、業界人であることをカミングアウトしていいものか。

 俺は数秒だけ逡巡したけれど……もはやどうでもいいかなと思い至った。


 だって俺は、もう、業界人ではないのだから。


「……割り切れなかったんだ。俺はVTuber事務所でマネージャーをしていたんだけど、担当の子たちをネオメンくらい有名にしてあげられなかったから」

「えーっ!? おねーさん、Vの関係者だったの!? すごーい! 業界人じゃん!!」

「あはは……、『業界人だった』が正しいかな……。この前、無職クビになっちゃったから」

「あー、そうなんだぁ……」

 金髪の少女は、しょんぼりとした顔になる。

「……おねーさんさ、もしかして、お勤め先『オーロラ・プロダクション』だったりした?」

「っ……、分かるの……?」

「そりゃーね。だってそのコス『甘猫てとらてとてと』じゃんっ? あたし好きでさー! 引退ちょー悲しかったよーっ!」

 俺は、はっとして彼女を見つめる。

「知って……くれているのか……」

「もちろん! けっこー有名だったくない? Vの中でも初期組だったしさ」

 ごく自然な口調で語られた『認知』。それが俺の心を温める。

 自分や『甘猫てとら』のしてきたことが無駄ではなかったのだと。

「ありがとう……。その通り、オーロラ・プロダクションは俺が勤めていた事務所だよ」

「やっぱりねー!」

「あと、訂正が遅れてすまない。俺、『おねーさん』じゃないんだ。これは女装コス」

「へ?」

 きょとんとする少女に、俺は改めて告げた。

「俺は男だよ」

「……はぁっ!?」

 金髪少女が目を見開いた。そして、俺のスカートをめくる。

「ほんとだっ!? 存在るっ!?」

「きゃーーーーっ!!」

「ちょっと待って……っ、女装コスでオーロラって……もしかして、おにーさんもしかして、『オーロラの女装P』……っ!?」

 突然のセクハラに女々しいポーズでスカートを押さえながら狼狽する俺に、金髪少女は目を輝かせた。

「オーロラの……、な、なんだって……っ?」

「『オーロラの女装P』! 業界で話題の伝説のプロデューサーだよっ!」

 そうして彼女は綺麗な両手で、俺の両肩を掴んで、輝く目で見てこう叫んだ。


「最高! 大好きっ! わたし、あなたと一緒になりたい!」


「……は?」

 俺は唖然とする。何を言われたか分からなかったからだ。

 告白? 求婚? なんだこれ?

 さらにいうならば、出会ってから最大のハイテンションでうわずった彼女の声に、どこか聞き覚えがある気がした。

「それって、どういう意味……」

「スカウト! ヘッドハント! ボーイスカウトっ!」

「最後は意味合いが違いますが……!?」

「わたし! わたしねっ、VTuberなの!」

 金髪の少女は、胸に手を添えて微笑んだ。


「わたし、高山愛里朱たかやま ありすっ! わたしにはあなたみたいなPが必要なのっ!」


 どうやら俺は、個人VTuberに勧誘されているようだ。


「そんなこと言われても……俺はもう戦えないよ。業界に失望したばかりなんだ……」

「いやいやっ! おにーさんの失望なんて、この話に麺つゆほども関係ないからっ!」

「麺つゆどのレベル──?」

 俺がたじたじになっていると、金髪の少女は、ずいと顔を近づけてきた。

「オーロラプロがどうして『女装P』を手放したのか知らないけどさ、あなたみたいな才能が輝けないなんてありえないよっ! 諦めるなんて絶対に許さない!」

 ──才能が輝けないなんてありえない。

 それはまさに、俺が、初期のオーロラ・プロダクションに感じた想いと同じだった。

「き、距離の詰め方が異常だよ……」

「あはは! アニメの展開みたいで素敵でしょっ?」

 俺を必要だと言ってくれる人。

 輝きたいと願ってくれるタレントの卵。

 金髪でアニメみたいな格好をした金髪女子。

 そんな劇的な出会いはやめてくれよ。

 思い出しちゃうだろ。


 俺は、二次元の世界と限りなく近いVTuber業界が大好きだったんだ。


「まあまあ大船に乗った気でいなって! わたしはこの世界で誰よりも輝くからさ!」

「あはは……、強引だな君は……」

 結局、俺は、また後日、彼女と会う約束をした。


 結論をいってしまえば、確かに彼女の言う通り、この出会いが俺をに導くことになったし、聞き覚えのある彼女の声の正体は「個人V」などでは全くなかったし……まさにアニメのような展開に、俺は巻き込まれていくことになる。

 それはまた、次のお話から語っていくことになるだろう。




――――――――――――――――


 街でVTuberさんたちの広告をみると不思議な気分になります。

 業界の動きや、お会いしたことのある方々が、どんどん世界を変えていっているような、躍動感とでも言いましょうか……。


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