所属ライバー全員から唯一信頼されている俺を解雇なんて正気ですか?【30万PV感謝】

佐々木蒼

プロローグ

第1話 所属ライバー全員から唯一信頼されている俺を解雇なんて正気ですか?

「冗談でしょう?」

 とある大手タレント事務所。

 自社ビルの片隅にあるこじんまりとしたオフィスで俺は唖然とした。


「所属ライバー全員から唯一信頼されている俺を解雇なんて正気ですか?」


 俺に解雇宣告をした事業部長は、なぜか俺よりも死んだ目をして弱々しく言った。

「佐々木くんは、うちの社長が交代したのは知っているよね?」

「ええ。先代がご病気で、確か、おう社長の息子さんが代表になったんでしたね」

「そう。今回のリストラは彼の意向なんだよ」

「なんでまた……? 俺たちのVTuber事業部オーロラ・プロダクションは、やっと好調になってきたところですよね?」

「ああ。なんだ」

 俺の職場は、新進気鋭のVTuber事務所『オーロラ・プロダクション』。

 日本の大手老舗タレント事務所『キングス・エンターテインメント』の新規事業部だ。

 旧来の歌って踊れるアイドルや俳優ではカバーしきれない、新規のデジタルなファン層を獲得するために設立されたこの部署は、初期こそ苦戦を強いられたものの、今はコアファンを着実に増やし続ける成長期に入っている。

 しかし──。

「……ファンがつく流れはもうできた。だから、ネットしか能のない僕たちはいらないんだってさ。無用なコストはカットして、これからは本体のベテランマネージャーたちの出番だって言われたよ」

「冗談でしょう……? 本体って……今まで一度もSNSを成功させてきていない時代遅れの老が──いや、おじさん達ですよね?」

「その通り。あと言われたのは、会社で女性アイドルみたいな格好コスプレをして働いている男性マネージャーは正直どうかと思うぞ、って」

「……それは、まあ、一理ありますけれど……」

 俺は、ぐっとスカートの裾を握って平静を保ちつつ、眩暈にあらがって言った。

「俺はともかく……そんなおじさん達の手に渡ったらVTuberあの子達はどうなっちゃうんですか?」

 これは本音だ。

 俺は自分のことよりも、彼女たちのことで気が気でない。



 ▼



 俺の名前は、佐々木蒼ささき あお

 大手タレント事務所『キングス・エンターテインメント』の社内ベンチャーに配属されているサラリーマンだ。

 入社したのは6年前。

 アニメとニコ生と声優のライブに青春を溶かされた筋金入りのオタクである俺は、大学時代からエンタメ業界に憧れていた。

 画面の向こうにどうしてもいきたくて、声優のマネージャーを志望してキングスに入社した。

 配属面談の結果、動画投稿サイトへの知見を買われて、設立されたばかりの『VTuber事業部』へ配属となった。


 二次元キャラクターの姿で俺たちオタクとおしゃべりしてくれる夢のような存在。

 当然にVTuberも大好きだった俺は、配属の瞬間、ガッツポーズで雄叫びをあげたものだった。

 期待に胸を躍らせて部署に出社して。

 しかし待っていたのは──、徹底的にブラックで、どこまでも拙い職場だった。


 深夜までの残業は当たり前。

 会社に寝泊まりすることも日常茶飯事。

 ごく少ない人数で、VTuberのマネージメント、タイアップの営業、配信の企画の立案、ファンからの質問対応に追われて、みんな死んだ目をしていた。

 プロデュース陣の時間がないから、VTuberたちは放し飼い。

 活動は個人での配信ばかりになっていた。


 ごく稀に、事務所としての体裁を保つために実施される『公式の番組』は、予算が全く割かれていないために素人同然の社員による手作りで、まるでおままごとのような貧弱な出来だった。


「VTuberのオタクなんて、イラストの女の子が喋っていればなんでもいいんでしょw」


 そう嘲笑わんばかりの放置ぶりで、プランナー軽視、脚本家軽視、デザイナー軽視、ひいてはタレント軽視を体現したかのような社内体制だった。

 事務所とは名ばかりの連携のかけらもない活動状況。

 結果として、ライバー達は孤独と、もどかしさ、焦りと病みを溜め込んでいた。


 所属しているタレントこそ20名強と大人数だったが、母体が大手タレント会社であることにたかを括って、才能を飼い殺しているような惨状だった。


 かくいう俺も、毎日日付が変わる頃に終電で帰り、翌朝6時に起きて出勤する毎日で、タレントに目をかける余裕なんて皆無だった。

 それどころか、朝起きるたびにLINEに溜まっているタレントからの相談の通知に舌打ちをするような、ひどい荒み方をしていた。


「……どうしてこうなった……?」


 時折俺は自問したものだった。

 俺はサブカルが好きだった。アニメが、声優が、二次元の女の子が大好きだった。

 今、俺に助けを求めて語りかけてくれているのは、彼女たちそのものじゃないか。

 アニメ声の、尊い存在。夢にまでみた配信者のSOSに舌打ちをするなんて、今の俺は、『俺』じゃない──。


 ──そして、事件は起こる。


「もう、無理です」

 当時の事務所の看板であったVTuberが、泣きながら引退を申し出てきたのだ。

「もう、頑張れません……。お人形じゃないんだよ……わたし達は人間なのに……どうしてこんな目にあわないといけないの……」


 それでついに。

 俺は、ぷつん、と切れた。


 ──どうして彼女たちが泣かなくてはいけない?

 ──俺が憧れたサブカルの舞台裏はこんなんじゃなかったはずだ。

 ──俺が憧れた、二次元の、画面の向こう側は、もっともっと、輝いていたはずじゃないか!


 俺は激昂した。

 嘆き、涙し、慟哭し、事務所を飛び出して走り、駆けて、倒れて、立ち上がり、泣いて、喚いて、怒って、喉が裂けるほど叫んで、吹っ切れに、吹っ切れて──



 そうして俺は、次の日からVTuberになった。


 

「おはようございまーす」

 青髪サイドテールのスターの原石、アイドルVTuberのステージ衣装で出社した俺に、オフィスの同僚たちは絶句していた。

 ついに発狂者が出てしまった。佐々木の次は自分がこうなるのではないか。

 そんな恐怖めいた悲壮感が満ち満ちた。

 事実、俺は狂っていた。

 この事務所を変えてやるという使命感に。

 だからこそ俺自身は、この身を画面の向こうで煌めくべきVTuberへと化身したのだ。


 そこからというもの、俺は、とち狂ったように業務改善に勤しんだ。


 情熱はあるものの激務のせいでミイラのようになっていた上司をリアルなビンタで目覚めさせた。

 無理矢理に予算を通させて、企画や台本にきちんとしたプロを起用した。

 デザイナーにお金を支払ってサムネやモデルのクオリティを担保して。

 普段の配信や、公式番組のクオリティをみるみる向上させた。

 業界で開催されるあらゆる交流会に足を運び。

 日に日にクオリティのあがる女装コスで強烈なインパクトを与えて、有力者たちに事務所と自分の名を売った。

 タレントとも話す席を設けて対話に対話を重ねて。

 悩みをひとつひとつ一緒に解消していって。

 モチベーションの管理をし、どうしても無理そうならば、幸せのために引退すらも推奨した。

 ファンとのDiscordグループを作って交流を促進し。

 VTuberはファンに望まれる自身の姿を思い出して。

 運営に不信を抱いていたファン達も少しずつ、応援の情熱を取り戻して協力的になっていってくれた。


 かかった期間は、まるまる5年間。


 YouTubeの登録者数は鰻登り。

 所属している全VTuberは俺や運営を信頼してくれた。

 手厚くモノを買ってくれるコアファンもついてきた。

 オーロラ・プロダクションは中堅規模ながらも『奇跡の事務所』とSNSでも絶賛された。


 所属するVTuber達は、面談のたび、微笑みを向けてくれるようになった。


「佐々木さんがいてくれたから、私たちは輝けてるんです」

「佐々木っちがいなかったら、正直、うちは続けられなかったなー」

「佐々木マネージャーになら、オーロラの全員、これからもついていきますよ!」

「ありがとな、佐々木マネージャー」

「ありがとうございますっ」「ありがとね」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」……


「「「ありがとうございます、マネージャー」」」


 俺の頑張りなんてたいしたことないよ。

 頑張ったのは君たちだよ。


 さあ、ここからだ。

 俺たちの物語はここから始まるんだ。


 いこう、みんな!

 エンタメ業界に、オーロラをかけにいこう──



 ▼



「本当に、本当に、申し訳ない」


 部長はふらふらと額を抑えながら涙目で呟いた。


「君が僕を引っぱたいて目を覚まさせてくれてから、ずっとずっと、本当に楽しかったんだ……。無力だった自分が、VTuberたちのために何かをできる自分になれて……。ファンが増えるごとに、あの子達が笑顔になっていく様子が本当に好きだった……。バラバラだったあの子たちを一つにしてくれたのは間違いなく君なのに……。それなのに……そんな君を……僕は助けられそうにない……」

「……部長は悪くありません。謝らないでください」

 俺は、星形の髪飾りがついた茶髪のウィッグの前髪の隙間から部長に笑顔を向けた。

 俺の解雇をこんなに悲しんでくれる人がいるなんて、幸せなことなのかもしれない。

「なんとか君を守ろうとしたんだ……。しかし、王社長には理解してもらえなかったよ」

 部長は涙を拭いながら語った。

「王社長は……君は安く済んでいたイラストや脚本に無用なコストを増やしただけだと言っていた。それどころか、タレントとじゃれあうばかりで仕事をしていないと。タレントの脱退を手引きしているじゃないかとすら言われたよ……」

 俺がクビになれば組織は改善されると王社長は信じているのだ。

 もちろん日本には法律があるから、強制的な解雇はしにくい。

 求められているのはあくまで希望退職にすぎない。

 しかし、王社長に頭を下げてまで、キングス・プロダクションで働くモチベーションは俺にはなかった。


 ──ご視聴ありがとうございましたー!

 ──それでは、また次の放送でお会いしましょうっ。


 頭の中で配信終了の挨拶が紡がれた。


 ──みんなまたねー! ばいばいっ!


「……Vたちにも同僚の皆にも申し訳ないですが、俺は、ここまでみたいですね」


 ごめん。みんな。

 さようなら、VTuber業界。


 こうして俺は無職になり──。

 残ったのは、VTuberの女装コスという趣味だけだった。





――――――――――――――――


 Hello World !!

 第一話をお読みいただきありがとうございます。

 本職でVTuberに関わりつつ、どうしてもこの業界の楽しさを伝えたく筆をとりました。


 ぜひとも、高評価とチャンネル登録を…………

 じゃなかった。

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