第十章
第41話
目覚まし時計の音で、私は眼を覚ます。ベルを停止させて文字盤に眼をやると、いつもより一時間早い。
今日は火曜日だ、委員会の仕事がある。だから時計はこの時間をさしている。
準備を整えて、電車に乗り込む。時間は変わっても混み具合は普段と変わらず、立って乗る分には問題ないくらいの隙間がある。
でも数駅乗ったとき、おかしなことが起きた。
電車に乗り込んできた人の中に……あきらがいた。
あきらというのは、私の彼氏だ。2年前に知り合い、3ヶ月前から付き合っている。
しかしなぜ、彼がここにいるのだろうか。彼の家は学校から見て私とは反対側だし、時間も妙に早い。委員会や部活があるわけではないだろうに。
疑問はそれだけではない。彼の髪色と、服装に違和感がある。制服を着ておらず、真っ黒だったはずの髪には一本の白いメッシュが入っている。彼は染髪に否定的なのに。
「あきら……?」
思い浮かんだ色々な疑問を込め、私は彼にそう訊ねた。すると彼はこちらを見て眼を丸くし、身体を硬直させた。
「いや、はは。久しぶり、だね」
数秒の間を経て、彼は答えた。不自然に口角を上げ、眼を泳がせている。何か隠しごとをしているか、何か言いたいことがある時、彼はいつもこの仕草をする。
私はここを突いたことで彼から告白を引き出した。今回もそうする。
「久しぶりって……。昨日も会ったよね?私服だし、髪も変。なにかあった?」
「ああ……。わかった、説明する。でもその前に約束してほしいことがある」
そう畳みかけると、彼は諦めたようにため息を吐いた後、私の方をまっすぐ見つめて言った。
「説明って、いったい……」
そこまで答えかけた時、彼はいきなり私の腕を引いて顔を近づけた。普段の奥手な彼ならまずしないその行動に、私の中にはかなりの驚きと少しの喜び、そして0.1mgの恐怖が芽生える。
上に向けた眼の前に彼の瞳がある。思わず鼓動は早く、瞼は眼が乾くほどに開かれる。
「僕は、三年後の未来から来た。理由は……また話す。今日学校が終わったら、酒井の最寄り駅前のカフェに来てもらえないかな。そこで待ってるから」
何を言われるのかと期待していると、彼はそんな予想だにしないことを言った。何を意味わからないこと言っているのだろうか。
私に対して何かのサプライズなのか、と思った。でも、それをするには時期がおかしい。クリスマスも、私の誕生日もまだ先だ。
「えぇ……?状況が掴めないのだけれど……」
「詳しい説明はまたするよ。学校の最寄りまであまり時間がないから、今はここまでで勘弁してほしいい。あと、今日学校で会う僕にはこの話をしないでほしい」
そう訊ねた私に、彼は再度言った。見たことないくらい真剣な表情だった。とても演技とは思えない。そうなると、本当に未来から来たのか。
「わ、わかった……。学校が終わったら行くね」
「ありがとう。じゃあ、また後で」
そう答えた時、電車が駅に到着した。そして彼は後ろを向いて車両を降り、私の前から姿を消した。
茫然として、つい降りるのを忘れそうになる。そうだった、ここは私も降りる駅だ。委員会に遅刻してしまう。急いで足を動かし、扉に挟まれる寸前でホームに飛び移る。
バタン
その直後電車の扉が閉じる。それが去った時、反対のホームに彼の姿が見えた。彼は私の方を見ると、小さく手を振ってきた。
言われた内容が内容なだけに少し警戒心を持った私は、振り返すことなく改札を通過して外へ出る。カフェに行くかどうかは、これから学校で考えることにしよう。
それから一日の間、委員会も授業も集中できなかった。考えていたのは、彼のことだ。未来から来たと言っていたけれど、いったい何のために来たのか。その理由が気になる好奇心と、嫌な未来を知らされるかもしれない恐怖に挟まれる。
「どうした?何かあった?」
帰り際そんなことを考えていると、隣を歩くあきらが言った。こっちの彼はあの彼とは違い、制服を着て黒い髪をしている。
「ううん、なんでも、……ないよ。ちょっと疲れただけ」それに対し、私はあくびの真似を挟んで答えた。
「なるほど。今日は委員会のある日だから大変だね」
「そうなの。ほんと、なんで朝に……そうそう、そういえば今日の朝ね」
相槌を打つ彼に、私はカマをかけるつもりで話を切り出す。
「電車で、何があったと思う?」
「朝の電車?うーん……わからないな。奇抜な服の人がいたとかかな」
これは、違う。彼は嘘を吐く顔をしていない。2年間、私はずっと彼を見て来た。そのくらいはわかる。となれば、彼は本当に今朝起きたことを知らないのだ。
「ぶぶー。正解は、鳩が電車に乗っていた、でした」
私は適当に嘘を吐き、話に整合性を持たせて話を切り上げた。彼が「なるほど、前にネットで見たことあるな」とその出典を持ち出してきた時は焦ったが、何とか騙しとおすことが出来た。
駅で別れ、私は再び一人になる。でも、心は決まっていた。私はカフェに行く。言って、詳しい話を聞く。たとえ聞きたくない話だとしても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます