第42話
駅に降り立ち、周囲を見回す。そして視界には赤いレンガの柱に、大きなガラス窓のあるカフェが入った。
彼が言っていたのはあそこのことだろう。通学路にあるので認知はしていたが、入ったことはない。高校生が入るような店ではないし、まして一人など。
そんなことを考えながら、私は入り口に立つ。中と外とを隔てるドアは今時自動ではなく、板チョコのような色と形をした重たい木の扉をしている。
それを押しのけて店内に入ると、すぐさま店員さんに話しかけられる。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店内が空いていたためかそう言われ、私は会釈をして奥に眼をやる。すると、彼と眼が合った。どうやら、入店を知らせるベルが鳴った時点でこちらを見ていたらしい。
「来てくれたんだね。ありがとう」
正面に座ると、彼は言った。声色は先ほどよりも落ち着いていて、いつもの彼と同じ雰囲気を持っている。さっきは動揺していたようだ。
「未来から来たっていうのは、本当なの?」
「うん……そうだ。僕は、酒井を助けに来たんだ」
単刀直入に訊ねると、彼は真面目な顔をして答えた。そんなことを言われても、やっぱりわからない。まるで漫画や小説、映画の世界だ。
だけど疑いたくなる思いを飲み込んで、彼の話に耳を傾ける。きっと彼は困っているのだろうから。誰にも相談できずに。
彼がまず話したのは、私のことだった。どうやら私は、一か月後に死亡するらしい。
といっても病気や災害と言った避けられない未来ではなく、自ら命を絶った、つまり自殺をしたとのことだった。その思考にさえ陥らなければ私は助かることができると、彼は言った。
正直、そんなに簡単なことで良いのかと思った。私は初めから自殺をする気などない。志望の高校に受かって楽しい学校生活を送り、大好きな彼氏までいる。家の中にも外にも悩み事はなく、可もなく不可もない、ある意味一番幸せな人生を送っている私が、なぜそんなことをする必要があるのか。
「そうは言っても、実際に君はしたんだよ。だから、何かあったら必ず僕に報告してほしい」
そのことを伝えると彼は鋭い目付きをして言い、さらに話を続けた。
次に彼がしたのは、進学した大学の研究室での話だ。先生や先輩、同期のこと。
驚いたことに、同期はあのひかりちゃんだと言う。彼女もあきらと同じように私の死を受け入れられず、過去を変えるために研究をしていたそうだ。私なんかのためにそこまでしてくれることに、思わず嬉しくなる。
だけど……彼女は事故に巻き込まれて、その命を失ってしまったらしい。いや、事故というのは、少し違うのかもしれない。
あきらの先生は「未来は決まっている」との考え方を持っていて、未来の自分から送られた「未来の日記」に書いてあった事故を再現したとのことだ。
私の中に、少しの怒りが生まれる。未来のことなのでまだ起こっていないとは言え、親友が一人の人間の思想に巻き込まれて死んだ。それに加えて、私の彼氏はそのことが原因で深い悲しみと、傷を負うことになった。傷とは腕の火傷と、髪の白髪のことだ。何らかの原因で一部の髪が白くなってしまったらしい。髪色が変わっていたのはそのためだ。
なんにせよ、自分の考えや信念によって他人を犠牲にするなんて、自分勝手だと思う。
「こういうわけだから、本当になにかあったらなんでも教えてほしい。あと、何もなくても週に一回はこうして会って話がしたい。面倒かもしれないけど、いいかな」
すべての説明を終えてから、彼はそう言った。
「……わかった。また、奢ってもらえる?」
「もちろんさ。ケーキでもパフェでも、好きなものを頼んでくれ」
冗談を混ぜて返すと、彼は軽く笑顔を見せて答えた。やっと笑ってくれた、よかった。
これまで笑顔とは無縁な生活をしてきたのだろうと思うと、それを見せてくれたことを嬉しく思う。
そして彼と別れ、私は帰宅した。机に着き、さっき言われたことを考えてみる。頭の中の、理性的な部分では理解できている。でも、どうにも、それ以外の部分での理解が追い付かない。『実感がわかない』という表現が適切かもしれない。
同時に、怖くなる。あれは本当にあきらなのかと。声や顔、背丈その他の特徴から疑っていなかったが、よく考えれば詐欺、という可能性もある。
でも、ただの高校生相手に詐欺をしてどんなメリットがあるのだろう。お金は持っていないし、その他の特性を狙うにしても、顔を変えて他人に成りすますというのは少し異常だ。
そんな考えが、数十分の間に交互にやってきた。耐えきれなくなった私は、先ほど教えてもらったホテルに電話をすることにした。あきらにしかわからない質問をして、本人かどうか確かめるために。
電話に出たフロントの人にお願いをして、部屋につないでもらう。
「どうしたの?なにかあった?」
電話に出るなり、彼は訊ねて来た。声には少しの焦りがある。ただその焦りは何か後ろめたいことを隠す様な焦りではなく、誰かを心配する種類の焦りだった。
「少し気になっちゃってさ。また質問しても良い?」
なるべく彼を刺激しないよう、静かに、落ち着いて訊ねる。
「うん、なんでも言って」
「私があきらを初めて『あきら』って呼んだのがいつか、知ってる?」
「ああ、なるほど。そういうことか。もちろん知ってるよ。高校一年の秋だったかな。図書室でだったよね」
すると、彼は納得したように、かつ余り長い間も開けずに答えた。そして内容は、私の記憶と合致していた。やっぱり私の気にしすぎらしい。
でも、念のため何個か質問を続ける。
「私たちが初めて二人で出かけた場所は?」
「映画館」
「あきらが告白してきたのはいつ?」
「高3の夏、定期考査が終わった日だ。場所は……駅と学校の間だったと思う。かなり緊張して言ったから、不格好だったかもしれない」
続く回答も、見事に合っていた。間違いない。彼は私の彼、湯川成章だ。
「ありがとう。疑ってごめんね」
「いや、僕が悪いんだ。急に信じがたいことを押し付けてしまった。改めて、信じてくれてありがとう」
そんな会話を終え、私は通話終了のアイコンをタップした。
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