第39話
僕は今自分の置かれている状況を、嘘を交えて説明した。嘘を交えて、というのは、酒井と斎藤の話はしなかったということだ。
教授がいなくなった後、言いつけを守らずに研究を続けようとした結果ミスをしてこの時代に飛んできてしまった。修理に時間がかかるから、それまでの生活費を貸してもらえないかと。
そう説明した。
「ふむ……。鳩羽様からある程度お話を伺っているので、言っていることは理解できるのですが、証拠がないことには……」
彼は僕の話を真剣に聞いてくれたらしく、眉に皺をよせ、机に組んだ手に顎を乗せる。
「そうだ、ではカードを見せていただけますか。お財布くらいは持っているでしょう?」
少し悩んだ仕草を見せた後、彼はそう言って手を伸ばした。僕は慌てて財布からこのカードを取り出す。
「ありがとうございます。ふむ、これは確かに、まぎれもなくうちのカードですね。番号は……」
「やはり……使えませんよね。作ったのは未来ですし……」
「ああ、いえ。少し気になることがありましてね。少し調べさせてもらいます」
番号を見て口を止めた彼にそう訊ねると、彼は顔を起こして答え、何やらパソコンから伸びた機器にカードを挿した。
「ああ、なるほど。はは、面白いことがあるものですね」
そして画面を見て何か操作したかと思うと、彼は突然笑みを浮かべて言った。
「あの……一体何が?」
「いえ、こっちの話です。それはそうと、お話のほどわかりました。お貸ししましょう、個人的に。1万ドルほどでよろしいですかな?」
どういう風の吹き回しか、次に彼はそう言って僕に向き直る。
「本当ですか!!ありがとうございます!!返済は必ず……」
「ただ、条件が二つあります」
感謝を伝えようとすると、彼は遮って続けた。何か条件があることは覚悟していたが、僕は思わず唾を呑む。
告げられた条件の一つ目は、簡単なものだった。カードを使えるようにするため、今から口座を作ってくれとのことだ。身分証は未来のもので構わないと言ってくれ、印鑑については海外の銀行なので元から必要ないらしい。
僕は言われるがまま、様々な書類にサインをする。それは以前僕がサインをしたものよりも項目が多かった。やはりロクな身分証がないと、手続きが煩雑になるらしい。お金を借りるだけでなく、こんなことまでさせてしまって申し訳なく思う。
「これでこのカードは使えるはずです。振り込みもすでに済ませておきました」
手続きを終えた後、彼は機器から引き抜いたカードを僕に渡す。
「本当に、色々とありがとうございます」
それを受け取り、深く頭を下げる。
「いえいえ、良いんですよ。大事なのは、二つ目の条件です。よろしいですか?」
「はい」
にやりとした笑みを浮かべる彼に、僕は覚悟を決めて答える。
「これから世界で何が起こるのか、知っている限りでいいので教えてください。それさえしてくれれば、返済は結構です」
それを聞き、笑みの理由がわかった。未来の出来事の情報、それは銀行や証券会社が喉から手が出るほど欲しいものだろう。
そんなことでいいならと、僕は覚えていたことを洗いざらい話した。
これからあるアメリカ大統領選の結果。22年2月に世界を巻き込んだ戦争が始まること。時を同じくして著しいドル高になること。23年3月にアメリカの聖クララ銀行が破綻すること。
「素晴らしいですね。ありがとうございます。大いに活用させてもらいますよ」
訊き終えた彼は背もたれに大きくのけぞって両手を上げ、これ以上ないという笑顔を浮かべた。綺麗にそろった真っ白な歯が露わになる。流石に銀行マン、身だしなみには抜かりがない。
「ですが……いいのですか?教えてしまって」
そんな時、彼は急に冷静になって訊いてきた。
「いい……とは?」
訳がわからず、僕は聞き返す。先のことを特定の銀行が知っては、世界が乱れる。それを案じないのか?ということだろうか。
確かに、少しは思った。特定の銀行だけが大儲けをして、他は大損し場合によってはたくさんの企業がつぶれることになる。そんなことになっていいのかと。
でも、思ったのは本当に少しだけだ。金融界がどうなろうと、僕には関係ない。むしろそれで酒井と斎藤の命を助けられるのなら、安いものだと考えている。
「いえ……。鳩羽様は、タイムマシンで過去を変えることをよしとしない様でしたから。貴方はそうではないのかと」
そんなことを考えたとき、彼は答えた。
なるほど、そういうことか。確かに彼からすれば不自然にかもしれない。上司が命を賭してまで守ろうとしたものを、その下に着いていたものが簡単に壊す。余り納得はしたくないシチュエーションだ。
だが、僕は。
「努力して関わってきた研究の成果を簡単に無にされたら、誰だって頭に来ますよ。私はマシンの完成を心待ちにしていたんです。なのに、彼の独断で壊された。…………それがきっかけで友人も失いました。恩師と言っても、多少恨みがあります。だから彼の思いなんて……僕は知りません」
「なるほど……。どうやら酷なことを聞いてしまったようですね。貴方が未来に帰れることを、心から願っております」
ほんの少しの、教授への怒りを込めてそう返してみせると、彼は申し訳なさそうな表情をして言った。
その後僕は改めて礼を伝え、銀行を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます