第八章
第32話
その日から、僕は水野さんとともに二回目のタイムマシン研究を始めることとなった。
場所は彼女のアパートの一室で、まだ設計や計算などのソフト面で、ハードには手を出していない。
ただ、その道もすでに簡単なものではなかった。まず、データがない。設計図が失われているので新たに作り直すのに時間がかかる上に、なにも見ず自分の記憶だけを便りにするというのは厳しいものがある。
それは水野さんも同じのはずだ。さらに今回は坂口さんの協力も得られない。彼は教授側の人間だからだ。
そして次の問題は……
「ダメね。どんなに材料費を削っても、3000万円じゃ作ることはできない」
表計算ソフトを前に、水野さんが呟く。机に肘をつき、眼を覆っている。文字通り頭を抱えるという様子だ。
そう、次の問題というのは資金だ。会計はほとんど教授と庄司さんに任せていたので詳しいことはわからないが、部品ひとつで数百万円、全体で数千万、数億という額が飛んでいたらしい。
いくら1500万円×2、3000万円という額が大金でも、タイムマシン研究という目的から考えれば雀の涙にしかならない。
「なんとか加藤さんか笹近さんを引き込んで4500万円まで増やせませんかね」
コア設計の作業を休め、彼女に提案する。すると彼女はパソコンから眼を外し、オフィスチェアを回転させて僕の方を向く。
「ダメね。笹近って女の方は知らないけれど、加藤は『もう危険な研究はしたくない』って」
「なるほど……」
「大切な後輩と、恩師を失ったっていうのに動かないだなんて、ひどいと思わない?」
相槌を打った僕に、彼女はそう畳み掛ける。しかし、僕に彼の考えを否定する権利はなかった。
彼が研究を拒んだ裏には、きっと笹近さんの存在があるのだろう。どこまでの関係になっているのか、それはわからない。でも、間違いなく笹近さんは彼の中で重要な存在となっているはずだ。
僕は「酒井と斎藤、教授のためにタイムマシンを完成させたい」
彼は「笹近さんのために自分を危険に晒したくない」
この二つは、本質的に同じ行動原理にある。だから、僕に否定する権利はない。それは水野さんも同様だ。
「確かにそうね……私が勝手だったわ。それにしても、あの二人がそんなことに……」
それを説明すると、彼女は納得した様子で声色を弱めた。
予算がない。多くの研究者がぶつかる危機に、僕らは今直面している。
予算の内訳は材料費や工具のレンタル代、作業場の家賃。
削れるのはやはり材料費ということになるだろうが、どうするのが良いだろうか。
僕は考える。研究に限らず、料理や日用大工、洋服作りなどではどうやって材料費を節約するだろうか。
『再利用』考えはじめてすぐ、そんな単語が浮かんだ。環境保護の叫ばれる今、よく聞く言葉だ。元々完成したモノを材料に戻して、別のモノに作り替えたり、壊れたものを修理したりというのは基本的に新しいものを買うより安く済むだろう。
しかしマシンに作り替えられる道具は存在しないだろう。やはりこの方法は……。
しかしそうやって諦めかけたとき、僕の頭に疑問が湧いた。
教授と庄司さん、彼らが行ったのは幕末の日本。そしてマシンは坂口さんによってかなり頑丈に作られている。21世紀の技術、それも岩崎重工の技術でだ。
そんな現代の技術で作ったものを、江戸時代、明治時代に破壊することなどできるのだろうか。
もしできないのであれば、彼らは破壊することを諦めてそのまま山に埋めたり海に沈めるといった判断を下した可能性もあるのではないか。
仮にそうなら、それを今から掘り起こすなり引き上げるなりすれば、この予算でも作ることができるかもしれない。
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