第七章

第28話

「湯川……大丈夫?」

 真っ暗な闇の中、そんな声がした。斎藤の声だ。声の方向に、僕は進もうとする。だが、身体に力が入らない。というより、思うように動かせない。足が、腕が、指が。言うことを聞かない。

 夢の中ではこういうことがよくある。現実では当たり前にできていることが、できなくなったりする。これは夢だ。僕は気付く。

 そして辺りは段々と明るくなり、記憶は薄れていく。



 次の瞬間には、ベッドに横になっている感覚がした。寝起きということもあり、まだ現実と夢の境界があいまいだ。

 でも僕はなんとなく、「なんだ、夢だったのか」と思う。

 当然だ。教授があんなことするはずない。そうなると大事なのは、今が何時なのかということだ。実験をしたところまで現実だとすれば、今日はその続き、分解作業がある。ならば、早く起きなければ……。


 ふわふわとした頭で考え、重い瞼を持ち上げる。しかし視界に入ったのは、見慣れた自室の天井ではなかった。その上、スマホを取るために動かそうとした左腕は、なぜだか言うことを聞かない。まったく動かせない。

 見ると左腕はギプスで固定されており、僕が寝ているのは病院のベッドだった。部屋は個室の様で、右手には棚とテレビ、左には窓、足元には応接間のような机とソファが並べてある。


 脳が覚醒するに連れて、昨日のことを思い出す。確か教授が過去へ行って……そのあとに大きな爆発が


 そこまで考えて、大きな不安が僕を襲う。爆発があった。そしてその時は確か、斎藤もその場にいた。彼女は、無事なのだろうか。

 不安と恐怖で、鼓動が早くなる。僕はすぐに確かめたくて、とにかく誰かを呼ぼうとナースコールに手をかけた。


 その瞬間、右ナナメ前に位置する引き戸が音もなく、滑るように開いた。

 姿を現したのは、坂口さんだった。彼はひどく疲れた顔をしていて顔色が悪く、いつもより背中を丸めている。

「斎藤は、斎藤は無事なんですか!?」

 そんな彼の状態に構わず、僕は質問を投げかけた。

 それを聞き、彼は僕の方を見る。

「ああ、眼が覚めたようだね。よかった」

 力なく言うと、彼は左隣の椅子に腰かける。

 そして息を整え、答えた。


「彼女は……。亡くなった」

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