第21話
何を言われたのかわからない。ということはなかった。ハッキリと聞き取れた。当たり前だ、聞き返したのは僕なのだから。
ただ、内容の意味については……どうだろう。彼女が僕に対しそんな想いを持っているなんて思わなかったから、驚いてしまうし頭も混乱して思考がしにくくなる。
「えーと。何に、かな」
わかっている。ほぼ間違いなく彼女は、交際をするという意味でそう言っていた。それ以外の意味はまずありえない。でも混乱していたことと関係の崩壊が嫌だったこととが合わさって、僕はそう訊ねた。
「……とぼけないでよ、わかってるくせに」
だが抵抗むなしく、彼女はまっすぐ僕を見つめて言った。
思えば、僕が酒井に告白をしたのも夏だった。もちろん当時は未成年だったから、場所は居酒屋ではない。7月のはじめ、期末の試験が終わった日の帰り道にしたのだ。
その時期にした理由の裏には、夏休みに色々と行事を楽しみたいという打算があったのを覚えている。「よろしくお願いします」の返事を貰えた時は、天にも昇る思いだった。
だから……断られた時の気持ちもある程度理解できる。きっと斎藤は、それなりの勇気をもってしたに違いない。でも僕は、それを断らなければならない。これは確定事項だ。
僕はまだ酒井のことを想っている。この2年の間、ずっと頭の中に彼女の姿がある。
特別なことは求めない。また会って、なんでもない日常会話がしたい。隣に立って、幸せそうな顔で笑う彼女が見たい。もう少しのはずなんだ。問題があるのは機体。その開発が終われば、僕は過去に……
「ごめん、迷惑だったよね。今の忘れて」
考え込んでしまった僕を現実に引き戻したのは、彼女のその一言だった。僕は、はっとして視線を上に向ける。彼女は眼に今にもこぼれそうなほどの涙をたたえていた。僕の返事を悟ったらしい。そして、僕が答える前にハンカチでそれを拭き取って、言う。
「まだ、千尋のことが好きなんだね」
またしても意外な発言に、思考が止まる。まさか彼女の方からその話に触れてくるとは思っていなかった。
「やっぱり、そうだったのか……。僕を、恨んでる?」
「恨む?どうして?私は湯川のこと、好きだよ。友達としても、……恋愛対象としても」
数秒考えてそう訊くと、彼女は寂し気に答えた。まだ、眼は赤く充血している。
「君が酒井の友達だったなら、聞いているはずだ。僕が、彼女の仇だって」
「うん、聞いたよ」
「じゃあ、なんで」
「出会って、話してみて、仲良くなってみて。湯川がそんなことする人だと思えなかった。優しくて、気遣いが出来て、…………一途に彼女のことを想い続けて」
「そして何より、どこまでも奥手で!」
僕の問いに、彼女は悲しそうなまま答えたかと思うと、とたんに笑顔で冗談を言った。下瞼が頬に押され、涙がこぼれる。だが、これは作り笑いではなさそうだ。彼女は心から笑っているように見える。
「結局そこに落ち着くのか……。もう少し積極的な方が良いのかもな」
「ううん、私はそんな湯川が好きだな。……千尋も、湯川のそんなところに引かれたんだと思うよ」
「そうか……。でも、ごめん。僕はその想いには……その」
「大丈夫。まず私がダメだったのよ。親友の彼氏と近づこうだなんて、どうかしてる。むしろ断ってくれてよかったとすら思ってる。おかげで、私と千尋の友情が崩れずに済んだ」
彼女はそこまで言うと、グラスに残ったレモンサワーを飲み干した。
「そう言ってもらえると僕も助かる」
「それで、もしよければなんだけど……。今日あったことは忘れてもらえるかな」
「もちろん」
そして僕らは会計を終え、店を出て解散した。家まで送って行こうかとも考えたが、この状況でなおも僕と二人でいるのは流石に酷だろうから、やめておいた。
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