第六章
第22話
それから5ヶ月が経った。設計図は4ヶ月前に送られてきており、コアの制作も終わっている。今日は、そのマシンとコアを組み合わせる日だ。
「おはようございます」
僕は出勤と同時に、中に向かってそう挨拶をする。研究室には教授と、見知らぬ二人が立っていた。おそらく岩崎重工の研究員だ。
一人は背の高い男性で、恐らく185cm以上はある。その体格に圧倒されてしまいそうになるが、優しい顔つきがそれを抑えている。
対してもう一人の女性は小柄で、こちらは145㎝を下回っている様に見えた。真円に近いくりっとした丸い眼を持つ顔つきも相まって、かなり幼くに見える。もっとも、実際の年齢は僕よりも上なのだろうが。
「湯川くん、おはようございます。ちょうどよかった。こちらは、岩崎重工社員の坂口くんと、笹近さんです」
「やはりそうでしたか。初めまして、コア担当の湯川と申します。よろしくお願い致します」
「坂口です。僕も数年前までここにいて、教授からは色々と教わったんだ。だから、湯川君は僕の後輩、ってことになるのかな」
教授からの紹介を聞いて二人に頭をさげると、まず男性の方がそう言って僕の握手を求めた。
「そうでしたか。ということは加藤さんともお知合いですか?」
「うん、そうだよ。あいつは僕の直接の後輩だね」
「なるほど……」
『直接の』ということは、彼もコア担当なのだろうか?ということは左手の指が……。
「笹近です、よろしくお願いします。私はここの出身ではありませんが、坂口から話は聞いているのでお役に立てるかと」
彼の指が揃っているか確認しようとしてしまったとき、今度は女性が言った。
その声は落ち着いてはいたものの、所謂アニメ声というもので、ますます年齢がわからなくなる。
挨拶を済ませた後、僕はマシンを近くで見ようと実験室へ移動した。
「湯川、久しぶり!」
そこには斎藤がいて、僕にそう声をかけてきた。あれからしばらく会っていなかったが、元の斎藤のままでいてくれていて安心する。
「元気そうでよかったよ」
「そんなに引きずる女じゃないよ、私は」
「僕と正反対だ」
「まぁそんなことはいいの、どう?新しいマシンは」
彼女はそう言うと、実験室に堂々と置かれたマシンを指した。それは以前のものよりずっと大きく、船やトラックに積むようなコンテナほどのサイズをしている。そして大きさもさることながら、見た目も大きく変わっていた。
表面には人工衛星にあるような金色のフィルムが貼られているし、中に入るためのドアは、銀行の金庫室や潜水艦のハッチを思わせる形状をしている。
「これは……人工衛星の断熱用フィルム?」
「そう……」
「そう。よく知っているね。これはサーマルブランケットと言って、温度から機器や人なんかを守るための物だよ」
まずそれについて訊ねると、斎藤が答えようとしたのに割り込む形で、後ろから坂口さんが答えた。それを受けて、彼女は「私が説明したかったのに」とでもいうような顔をする。
「へぇ、サーマルブランケットって言うんですね、これ」
そんな彼女を無視する形で、僕は彼に訊く。
「うん。壁に結構力を入れたんで要らないとは思うけど、一応つけておいたんだ」
「そんなオマケみたいな……」
「オマケみたいなもんだよ。せっかくだからつけた感じだね」
「……なるほど」
冗談めかして笑う彼に、思わず苦笑いをしてしまう。どうやら、加藤さんと同じく彼も適当なところがあるらしい。そうなると、二人は仲がよかったのかもしれない。
「湯川。こんな感じの人だけど、根は優秀だから安心してね」
そう思った時、斎藤が僕に耳を近づけて言う。
「わかるよ。岩崎の研究員がただふざけるだけの人なわけがない。それに、天才は不思議な人が多い気がする……」
「ああそうだ、湯川くん。少し見てもらいたいところがあるんだ。良いかな」
彼女に小声で返した時、彼が言った。僕は慌てて「はい」と答え、彼についてマシンの入り口に移動する。
開かれたドアから中に入ると、まず内装が眼に飛び込んできた。人工衛星のような外装とは対照的に、内部は木材を基調として作られていて、椅子や机、パソコンや各種計器と言った研究に必要なものが据え付けてあった。どうみても、人間が乗ることを前提に設計されている。まだ動物実験もしていないし、その実験が成功するかもわからないのにここまでするとは……。
「湯川くん、ここなんだけど」
驚く僕を他所に、彼はタイルカーペットの敷かれた床に膝をついて言う。
「はい……?どこですか?」
「ここだよ」
何もない場所を指した彼に困惑していると、彼は床を手のひらで軽く押したするとその一角が軽く沈み、パチリという音を立てて上側に開いた。床下収納のようになっているらしい。
「コアを入れるスペースなんだけど、大きさがどうかと思ってね。確認してもらえるかな」
「ああ、なるほど。わかりました。では失礼して……」
ポケットから巻き尺を取り出し、穴の大きさを測る。当たり前だが、それは以前提示したコアの寸法とピッタリ一致していた。
「大丈夫そうです。コアを入れてみますか?」
「それはよかった。でも、念のためお願いしてもいいかな」
「わかりました。取ってきます」
彼に言い、マシンを出て研究室へと移動する。
「おはよう。マシンが完成したらしいな」
その時ちょうど出勤してきたのか、加藤さんが僕に手を振る。
「おはようございます。あそこに置いてありますよ」
「おおー。かなり大き……坂口さんじゃないか!」
僕がマシンを指して見せると、彼は途端に大きな声を上げて実験室の方へと走って行った。
その際、持っていた鞄を机に投げるように置いたため、そこに建設されていた書類の山がたちまちのうちに崩壊した。ドサドサと音を立てて地面に落ちた書類が辺りに散らばる。
「加藤さーん、落ちましたよ」
ガラス越しに言ったが、彼の耳には届かない。
「まったく……」
仕方がないので、僕が片付けることにする。適当に重ねておいておけばいいだろう。
「手伝いましょう」
床に正座をする形で書類を拾い集めていると笹近さんの声がして、隣で僕と同じ姿勢になった。
「すみません、ありがとうございます。まとめ方は適当で大丈夫ですので……」
「了解です。ところで、彼はいつもあんな感じなんですか?」
「加藤ですか?まぁ、概ねあんな感じですね。優秀ではあるんですが……」
「なるほど、中々いいですね。これ、ここに置きます」
問いに答えると、彼女は無気味とも取れる笑みを浮かべて書類を置き、実験室へと歩いて行った。頭に疑問符が浮かぶ。
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