第20話
五十嶺から話を聞いて、2週間が経った。斎藤のことはいまだに確認できていない。メッセージがやたら送られてくるので確認するチャンスはいくらでもあるのだが、どうにも聞くのを後回しにしてしまう。僕はどこまで行っても意気地なしだ。
そんなことを思っていると、スマホが振動する。プッシュ通知を見ると、例によってまた斎藤からのメッセージだった。ここから話をつないで、今度こそは確認を……。
「よかったら、今度ご飯でもいかない?」
予想外の内容に、思わず思考が止まる。まさか向こうから会うことを提案されるとは思っていなかった。だがこれはチャンスだ。文面では緊張するが、対面ならあるいは。
「いいね。どこにいつがいいかな」
僕はそう返信し、そこから日取りと時間、場所を決める。話し合いの結果、次の日曜日の夕方に、大学近くの店でということになった。僕は研究室帰りだからいいが、彼女はわざわざ来ることになるので大丈夫か不安だったが、定期を半年で購入しているので大学の方が都合がいいとのことだった。
当日、僕はいつもより早く作業を切り上げ、約束の少し前に集合場所の駅へと向かった。だが、そこではすでに斎藤が待っていた。
白いシャツに青いロングスカートを履き、頭にはベレー帽をかぶっている。どこか落ち着いた印象を持たせるその服装に、思わず惹かれそうになる。自分を恨んでいるかもしれない人間に何をしているのか。
「待たせちゃったみたいだ。ごめんね」
僕はその考えを振りほどき、普段通りを意識して声をかけた。
「ううん、私が早かっただけだから、気にしないで。行きましょ」
彼女は首を振って答えると、先導するように歩き出した。
店があるのは歩いて10分ほどの場所で、住宅街に佇むピッツェリアだ。外装はイタリアなど地中海沿岸の建築を思わせる白い石造りで、入り口上には赤文字でDal segnoと店名が書かれている。
「予約した湯川です。少し早く着いてしまったのですが、大丈夫ですか?」
店に入り、そう店員に訊ねる。
「ご予約の方ですね。大丈夫ですよ、お席にご案内致します」
「無事入れてよかった~。それにしても、いいお店。オレンジ色の照明が好きだな」
テラス席に着き、彼女が言う。半分外なので暑いかと思ったが、東側なのとファンの風が当たる様になっていることも会って過ごしやすかった。
「わかるよ。日本らしい白い照明も嫌いじゃないけど、たまにはこのくらいもいいね」僕は彼女にそう同調する。
少しして、それぞれの前にピザが一枚ずつ置かれる。分厚い耳を持つ生地にトマトソース、その上にモッツァレラチーズとバジルだけが載った純然たるナポリピッツァだ。ナイフで切り取って口へ運ぶと、バジルの香ばしい香りとほのかなチーズの甘味、酸味が鼻腔と味蕾を刺激する。ドリンクの白ワインも、ワインをあまり得意としない僕が好きな味をしていた。
「生地がもちもちしてる……。本格的なピザを食べたのは初めてだけれど、こんな感じなのね」
「僕も久しぶりに食べたよ。やっぱり、普段デリバリーで食べるようなピザよりもこっちの方が好きだな」
感動したように眼を見開いて言った彼女に、僕はそう返す。
そこから会話は進み、お互いに近況報告を行った。教授の論文は進んでいるか、岩崎製マシンの設計は進んでいるか、などだ。
だがしかし、酒井のことは切り出せなかった。対面ならいけるかと思ったのだが、そう簡単ではなかった。
「美味しかった!また来たいね!」
店を出た時、斎藤が緩い滑舌で言った。頬をほんのりと赤らめ、眼は3/4ほどしか開いていない。ほろ酔いと言ったところだ。
「そうだね。また近いうちに」
「……もう、おしまい?」
この状況から酒井のことを聞くのは無理だと思い、今日の所は諦めようとした時、彼女が言った。軽く前のめりになり、首を傾げて僕の方を見つめている。思わず、変な意味に捉えそうになる。
だが冷静に考えろ。そんなはずはないし、仮にそうだとしてもそれに乗るようなことがあってはいけない。僕には酒井がいる。目的がある。
でも、少し思う。『彼女が酔っている今の方が、聞きやすいのではないか』と。思えば五十嶺が僕と話すときに飲み屋を選んだのも、同じ理由かもしれない。重たい話をするときは、酒がある方がかえっていいはずだ。
「じゃあ、もう少しだけ飲む?」
そう提案すると、彼女は嬉しそうに頷いて、駅に向かって歩き出した僕の横に並んだ。
店もそれほど多くないので、駅近くのチェーン居酒屋に入る。先ほどのピッツェリアの様なオシャレさはないが席は半個室になっていて、話をするにはちょうどいいように思える。
席に着いて飲み物を注文する。斎藤はレモンサワー、僕はハイボールだ。そしてそれが机に運ばれて来た時、僕は覚悟を決めた。
「なぁ斎藤。聞きたいことが……」
「湯川、提案なんだけど」
だが僕が切り出すと同時に、斎藤がそう重ねた。全文はうまく聞き取れないが、提案……が何かと言っている。
「ごめん、良く聞こえなかった」
僕はすぐに自分の主張を引っ込め、彼女に訊ねた。またしても覚悟が薄かった。
そして彼女は引くことなく、続けた。
「マシンが完成するまでの間、私と付き合ってみない?」
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