第五章

第19話

 岩崎に来て一か月が経った。つまり、その間湯川に会っていないということになる。

 ……寂しい。どうやら私はまた、恋をしているらしい。私は湯川のことを好いている。彼の慎重さ、頭脳の明晰さ、そっけないながらも時折見せる優しさ。そして何より、タイムマシンを見つめるその横顔に、私は惹かれている。

でも彼が見ているのはきっと、マシンではない。その先にある酒井千尋を見ているのだ。

 そんな一途な思いを持ち続ける彼に、研究室の同期という立場に過ぎない私が恋心など持って良いのだろうか。


「どうしたの?今日はいつもより元気がないね」

 昼休憩の間、食事も摂らずにそんなことを考えていると、坂口さんがそう声をかけてきた。

 彼は岩崎重工の社員で、今は一緒にマシン制作をしている。物腰が柔らかく優しい人で、所々適当ではあるがとても優秀な人だ。

「実は、少し悩んでいることがあって」

 少し悩んだが、私は彼に今の状況を説明した。


「うーん、そうだなぁ。なんとも言えないけれど、僕はそんなに悪いことじゃないと思うな」

 彼は私の隣に座って話を聞き終えると、こめかみに指をあてて少し考え、答えた。

「例えばの話だけれど、早くして夫を先立たれた奥さんが、同じ境遇を持つ男の人と出会って再婚して、死後の世界で元の夫と再会するまでの間、一時の幸せを得るのは、悪いことかな?」

 そしてそう続け、私に答えを求めるように首を傾げる。

「それは…………、悪いことじゃないと思います。前を向いて行くために支えてくれる人が必要だというのなら、そうすべきだと思います」

「そうだよね。僕も同意する。だから大事なのはその湯川くんがどう思うかじゃなくて、君がどう思うかだと思うな。もし彼が君のアプローチに応じたら、一時とは言え彼を浮気させることになるけど、それはいいの?」

「……少し、考えてみることにします。アドバイスありがとうございます」

「うん、何かあったらまたいつでも言ってね」

 彼は優しく言い放つと、椅子から立ち上がった。

そしてその日の作業を終えて帰宅し、私は心を決める。


 私は彼を、デートに誘う。そしてダメなら、潔く諦めようと思う。

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