第16話

 帰宅してからも、もやもやが消えない。彼女はなぜあんなに怒ったのか。僕が犯したミスはなんなのか。

 しかし考えても考えても、答えは出ない。だがあの急激な反応の変化、僕が何か決定的な無礼を働いたはずなのだ。

「後悔をなくすことができます……タイムマシン……」


 あの時言ったことを復唱する。何か問題があるとは思えない。

「はぁ……ダメだ!わからない!もう別の方法を考えよう」

 もはや何を考えているのすらわからなくなった僕は、頭を振ってベッドから起き上がる。

 そしてスマホを手にし、メッセンジャーアプリを開いた。

会話ログを遡り、ある人物との会話を探す。ある人物とは、五十嶺奈々のことだ。彼女は酒井と仲が良く、よく一緒にいるのを見かけた。

 僕自身も高校2年生の時に同じクラスで、それなりに話す仲だった。今から連絡をしたとしても、ギリギリおかしくないくらいの間柄のはずだ。それが酒井のこととなればなおさらに。


「久しぶり。高2の時同じクラスだった湯川だけど、少しいいかな」

 しばらく考え、そうメッセージを送った。無難で、おかしくない文だろう。

 

「ひさしぶり!どうしたの?」

 1時間ほどして、返信が来た。僕はすぐさま次を送る。

「少し聞きたいことがあってさ」

「なにー?」

「酒井に関することなんだけど、いいかな」

 円滑な会話に見えたがそう送ると、10分ほど返信が途絶えた。既読はついているというのに。流石に切り込むのが早かったか、もう少し別の話をしてから……

「会って話せる?」

 僕が焦り始めたころ、やっと返信が来た。どう返すか悩んでいたのか、単に何か用事があったのか、それはわからない。ただその返事は、僕にとってありがたいものに間違いなかった。

「わかった。いつがいいかな」


 時刻は夕方、僕はホームに足を踏み出す。暑くはない。ここには水冷式のクーラーが設置されていて、閉鎖空間ほどではないが気温はある程度保たれている。流石は大規模な駅だ。

「さて、東口は……」

 邪魔にならない場所で立ち止まり、案内板に眼をやる。この駅には何度も来たことがあるが、いつも迷ってしまう。今度こそちゃんと目的の出口に出たい。

 というのも、この駅は非常に入り組んだ構造をしている。東口と西口、南口がそれぞれ2つずつくらいあり、なのに何故か北口はない。

 酒井と映画を見に来た時のことを思い出す。あれも確か付き合う前、高校2年生の時だ。かなり余裕を持って集合時間を決めていたけどうまく合流できず、結局時間ギリギリで映画館に着いたんだったか。


 懐かしい記憶にふけりつつ、僕は駅を出た。……南口から。今回も僕は敗北した。

 仕方がないので駅の外周をなぞって東口へ行き、そこから約束の店へと向かう。半地下にある店へと続く階段には、黒を基調としたオシャレな看板がかかっている。店名からして、恐らく飲み屋だ。レンガ造りの模様とライオンを思わせるタペストリーは、イギリスをイメージしているのだろう。

 真剣に話がしたいのに飲み屋を選ぶとは、彼女は何を考えているのか。


 僕はそんなことを思いながら、先ほど送られてきた「ちょっと遅れるかも。先入ってて」という指示に従って店の扉を開ける。

「いらっしゃいませ!一名様ですか?」

 入るとすぐに、黒いエプロンを着た女店員が出迎えた。

「いえ、後から1人来ます」

「了解です。こちらの席へどうぞ」

 そう伝えると、壁際の二人席に案内された。僕はソファ席を開け、壁を向く形で椅子に腰かけた。まだ夕方ということもあってか、店内には落ち着いた音楽が流れている。暗い色の木材を基調に作られた内装も相まって、中々に居心地がいい。一人で飲みに来るのも良さそうだ。

 メニュー表を見るに、ここはハンバーガーやフライドチキンなんかのファストフード店と同じシステムらしい。自分で歩いて注文に行って、商品を受け取って席に戻る。注文場所はあの、酒瓶が上から逆さ向きにぶら下がっているところだろう。

 彼女が来るまで何も買わないわけにもいかず、とりあえず先に始めることにする。といっても、酒で思考が鈍っては嫌なのでオレンジジュースだが。


 2/3パイントのそれがなくなりかけた頃、不意に肩を叩かれた。

「ひさしぶり!ストーカーくん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る